【世界初】水疱性角膜症患者にiPS細胞移植 ドナー不足問題の打開策となるか
藤田医科大学らの研究グループは、「水疱(すいほう)性角膜症の臨床研究で、ヒトのiPS細胞由来の角膜細胞を目に移植する手術をおこなった」と発表しました。このニュースについて郷医師に伺いました。
監修医師:
郷 正憲(医師)
目次 -INDEX-
研究グループが発表した内容とは?
今回、藤田医科大学らの研究グループが発表した内容について教えてください。
郷先生
今回紹介する研究は、京都市で開催された日本再生医療学会で、愛知県の藤田医科大学と慶應義塾大学らの研究グループが発表した内容です。研究グループは、水疱性角膜症という失明の恐れがある疾患の臨床研究において、ヒトのiPS細胞(人工多能性幹細胞)から作った角膜細胞を患者の目に移植する手術を世界で初めておこないました。研究グループによると2022年10月、過去に二度の角膜移植をしたものの、再発してしまった70歳代の男性を対象に1例目の移植手術をおこなったとのことです。研究では、iPS細胞を内皮細胞と同じ機能を持つように変化させた細胞を約80万個用意し、患者の角膜内部に注入しました。男性の術後経過は順調で、第三者の専門家委員会は2023年1月に、安全性に問題はないとする評価結果をまとめました。
研究グループは「新しい治療法を患者に届けるため、実用化に向けた手続きを急ぐ」と話しています。今後、グループは1年かけて経過観察を実施し、視力回復などの有効性も確かめる方針です。
水疱性角膜症とは?
今回の研究対象になった水疱性角膜症がどのような病気か教えてください。
郷先生
水疱性角膜症は、角膜の一番内側で角膜内の水分を適切な量に調節している角膜内皮細胞が減ることで不具合が起き、角膜が水膨れして混濁状態になって視力障害を起こす疾患です。水疱性角膜症は進行性の疾患で、治療せずに放っておくとやがて失明に至ります。現在おこなわれている治療法では、正常な機能を持つ角膜内皮細胞を角膜移植で補うことでしか治療することはできませんでした。日本では1万人以上、欧米では20万人以上の患者がいると推定されています。
発表内容への受け止めは?
藤田医科大学らの研究グループが発表した今回の研究内容について受け止めを教えてください。
郷先生
iPS細胞の研究は、様々な臓器でおこなわれています。その中でも特に実用化が待たれるのが、生体内のほかの組織で代替ができない組織を人工的に作る研究です。例えば、がんで消化管を切除しても、多くの場合はほかの消化管を利用して再建し、機能を維持することができます。しかし、代替できない心臓などの臓器や損傷した後に回復が見込まれない神経や角膜などの再生治療は早期の実用化が期待され、研究が盛んにおこなわれています。現在では脳死患者からの移植に頼るしかないため、治療を待っている間に臓器の機能が低下してしまい、死亡してしまったり、機能を完全に失ってしまったりするケースが多かったのですが、人工的に作ることができるようになれば診断がついた時点で自分自身の細胞から臓器を合成して移植できるようになります。
角膜内皮細胞は角膜の透明度を維持するために存在する細胞ですが、神経細胞のように一度損傷してしまうと回復しません。水疱性角膜症であれば、正常な角膜内皮細胞がどんどんと減っていってしまい、いずれ失明してしまいます。そして、一度失明してしまうと、仮に角膜移植が可能になっても視神経や視細胞が萎縮してしまい、視力の回復は望めません。そのため、視力があるうちに角膜を移植して再建する必要があるのです。このようなタイムリミットがある進行性の疾患である本疾患で、iPS細胞による治療が成功したというのは非常に意義のある研究結果と言えるでしょう。
今後、研究が進めば水疱性角膜症の治療に革命的な変革が起こると考えられます。また、水疱性角膜症に限らず、外傷やそのほかの眼疾患など、角膜の再生を必要とする状態の人にとって一筋の光となる可能性が非常に高く、実用化が待たれます。
まとめ
藤田医科大学らの研究グループが、水疱性角膜症の臨床研究で、ヒトのiPS細胞由来の角膜細胞を目に移植する手術を世界で初めておこなったことが今回のニュースでわかりました。iPS細胞がドナー不足という問題の解決策になるのか、今後の研究報告にも注目が集まりそうです。