うつ病は心の風邪とも呼ばれますが、実際には脳の働きや神経伝達物質のバランスが崩れて引き起こされる精神疾患です。気分の落ち込みや無気力感だけでなく、睡眠障害や食欲不振、集中力の低下など、日常生活に支障をきたす多様な症状が現れます。
この記事では、うつ病の原因や症状、治療方法をわかりやすく解説します。
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島根大学医学部卒業。東京大学医学部附属病院精神神経科に入局後、東京警察病院、国立精神神経医療研究センター、都内クリニックにて薬物依存症、トラウマ、児童精神科の専門外来を経験。現在は和クリニック院長。愛着障害やトラウマケアを専門に講座や情報発信に努める。診療科目は精神神経科、心療内科、精神科、神経内科、脳神経内科。 精神保健指定医、認定産業医の資格を有する。
うつ病の基礎知識

うつ病の症状を教えてください
うつ病は、気分の落ち込みや意欲の低下が長期間続く精神疾患です。主症状として、抑うつ気分、興味や喜びの喪失、集中力の低下、希死念慮などが挙げられます。また、眠れない、食欲がない、身体がだるいなど身体的症状がみられる方も少なくありません。
これらは脳内のセロトニン、ノルアドレナリンなどの神経伝達物質の働きが乱れることと関係しています。日常生活への支障が続く場合、うつ病の可能性が高いため、早期に精神科や心療内科を受診し、治療を受けましょう。
なぜうつ病になるのですか?
うつ病の原因は一つではなく、遺伝的要因と環境要因が複雑に絡み合って発症します。遺伝的要因では、うつ病患者さんの近親者でうつ病を発症する割合が高い傾向です。また、双生児研究では一卵性双生児の発症率が二卵性よりも高いとされています。性格も関与しており、特に真面目で責任感が強い方、完璧主義の傾向がある方はストレスを抱えやすく、うつ病になりやすい傾向です。環境要因では、強いストレスやネガティブなライフイベント、虐待や逆境体験などが発症の誘因となります。
参照:『うつ病のメカニズム』(バイオメカニズム学会誌)
うつ病になる人の割合を教えてください
日本では、うつ病の有病率は3〜8%と報告されています。このうち女性は男性の約2倍多く、特に30〜50代での発症が多い傾向です。その要因として、更年期や妊娠・出産の影響が考えられます。うつ病の可能性があるが、診断を受けていない方もいると考えられるため、実際にはもっと多くのうつ病患者さんがいると考えられています。
参照:『うつ病の診断と治療』(順天堂医学)
うつ病の治療

うつ病は病院で治療すると治癒しますか?
うつ病は適切な治療により寛解が期待できる疾患です。寛解とは、症状がほとんど消失し、社会的・職業的な機能が回復した状態を指します。発症から早期に治療を開始するのが特に重要で、放置すると慢性化や再発リスクにつながります。うつ病の治癒には時間がかかる場合もあり、焦らず継続的に治療を受けましょう。また、回復後も一定期間の維持療法を続けることで再発予防につながります。
病院ではうつ病をどのように治療しますか?
うつ病の治療は、薬物療法、精神療法、生活指導を中心に進められます。日本うつ病学会治療ガイドラインによると、症状の重さに応じて段階的治療を行うことが推奨されています。軽症例ではカウンセリングや認知行動療法を中心に、重症例では抗うつ薬の投与を行います。日常生活では、休養を確保し、規則正しい生活リズムを整えることが基本です。最近では、オンライン診療による継続支援も広がっており、通院の負担を軽減しながら治療を続けられる環境が整いつつあります。
参照:『日本うつ病学会治療ガイドライン Ⅱうつ病(DSM-5)/大うつ病性障害 2016』
うつ病の薬物療法について教えてください
薬物療法では、主に抗うつ薬が使用されます。代表的な薬はSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)、SNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)、NaSSA(ノルアドレナリン・セロトニン作動性抗うつ薬)などです。上記の薬は神経伝達物質の再取り込みを阻害したり、受容体を調節したりして、脳内のセロトニン・ノルアドレナリンのバランスを改善し、気分や意欲を向上させます。
効果が現れるまで数週間かかるため、自己判断で中止せず医師の指示に従いましょう。突然の断薬は離脱症状を引き起こしてしまいます。副作用として眠気、吐き気、性機能低下などが生じることもありますが、多くは軽度で一時的です。
うつ病の精神療法とはどのようなものですか?
精神療法は、薬だけでは改善しにくい思考や行動パターンを修正する治療です。特に認知行動療法(CBT)が有効性を示しており、再発予防にも役立つとされています。CBTは自分を責める考え方、極端なネガティブ思考などを認識し、現実的な思考に置き換える練習です。また、対人関係療法は、人間関係のストレス要因を整理して感情を適切に表現する方法を学ぶ治療です。さらに、支持的精神療法では、安心して話せる環境を通して患者さんの自尊心を回復させます。これらの精神療法を薬物療法と並行して行うことで、より安定した回復を目指せます。
参照:『日本うつ病学会治療ガイドライン Ⅱうつ病(DSM-5)/大うつ病性障害 2016』
うつ病の治療中に気を付けたいこと

うつ病の治療中に避けた方がよい行動や生活習慣を教えてください
うつ病の治療中は、脳の回復を妨げる行動を避けましょう。例えば、睡眠不足、過度な飲酒、過労、スマートフォンの長時間使用が再発や症状悪化の要因になります。特に夜更かしや不規則な生活は、神経伝達物質のバランスを乱し、気分の不安定さを助長させる原因です。また、自己判断で薬を中止することや、調子がよいからと無理をして仕事量を増やすことも禁物です。ストレス耐性が完全に回復するまでには時間がかかるため、焦らず休養を優先しましょう。
うつ病の治療中に心がけたい行動や生活習慣はありますか?
治療中は休養、栄養、生活リズムの3点を意識するのが重要です。十分な睡眠と栄養バランスのとれた食事が神経伝達物質の安定に影響し、精神的な不安定さを軽減します。特に、トリプトファンを含む大豆製品や魚、ビタミンB群、オメガ3脂肪酸は脳の働きを支えるとされています。日中は太陽光を浴びて体内時計を整え、軽い散歩やストレッチを取り入れると睡眠の質が向上しやすいです。また、完璧を求めすぎず、できたことに目を向ける思考法を実践するのもおすすめです。焦らず、少しずつ生活リズムを整えましょう。
うつ病は治療後に再発することはありますか?
うつ病は再発しやすい病気であり、研究では再発率が約60%とされています。特に初回発症から1年以内は再発リスクが高く、治療終了後も注意が必要です。再発の背景には、ストレス環境の再出現、睡眠不足、服薬中断、社会的孤立などが挙げられます。再発を防ぐためには、医師の指導のもとで維持療法を一定期間続けることが大切です。また、再発サインとして朝の気分の落ち込み、集中力低下、趣味への関心喪失などが現れる場合があります。これらの変化に気付いたら早めに医療機関へ相談しましょう。
参照:『反復性の大うつ病エピソード経験者が示す認知的反応性の特異性』心理学研究)
編集部まとめ

うつ病は、ストレスや遺伝、脳内物質の不均衡などが関与する精神疾患で、強い抑うつ気分や意欲の低下、身体的疲労などが主な症状です。日本では多くの方が発症する可能性があり、決して珍しい病気ではありません。
治療は主に薬物療法と精神療法を組み合わせて行われ、抗うつ薬で神経伝達物質を整えつつ、カウンセリングで思考の歪みを修正します。再発率は高いため、医師の指導に基づく維持療法と自己管理が不可欠です。治療中は無理をせず、十分な休養と規則正しい生活を意識しましょう。うつ病は正しい理解と適切な治療で寛解が期待できます。