「腹膜播種は完治」する?完治が難しい理由と治療法を医師が解説!
公開日:2025/10/23


監修医師:
木村 香菜(医師)
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名古屋大学医学部卒業。初期臨床研修修了後、大学病院や、がんセンターなどで放射線科一般・治療分野で勤務。その後、行政機関で、感染症対策等主査としても勤務。その際には、新型コロナウイルス感染症にも対応。現在は、主に健診クリニックで、人間ドックや健康診断の診察や説明、生活習慣指導を担当している。また放射線治療医として、がん治療にも携わっている。放射線治療専門医、日本医師会認定産業医。
目次 -INDEX-
腹膜播種の完治が難しい理由
腹膜播種はがん細胞が腹膜全体に広がった末期的な状態であり、完治が難しい大きな理由はがんを完全に取り切れないことです。腹膜に散らばった微小ながんは手術で摘出しきることが困難で、腹膜播種(洗浄細胞診陽性を含む)がある時点で手術だけではがんを完全に取り除けない状態になっているとされています。
胃がんの分類では腹膜播種の程度が進むほど生存率が低下し、腹膜播種が軽度の場合でも5年生存率はわずか数%(約5%未満)、高度な腹膜播種では0〜1%程度と報告されています。また、腹膜播種が生じるがんは進行度や悪性度が高い傾向があります。例えば大腸がんでは、腹膜転移がある場合はほかの臓器転移に比べ予後(生存期間)が30〜40%短いとのデータもあります。
一因として、腹膜に播種したがんは抗がん剤が届きにくく効果が上がりにくいことが挙げられます。静脈や経口から投与された抗がん剤は腹膜と血液の間の壁(腹膜血液関門)によって腹膜上の病変に移行しにくく、ほかの転移に比べ治療効果が劣ると考えられています。さらに腹膜播種が進行するとがん性腹水が大量に溜まり、腸管や尿管の閉塞、腹膜炎症状(腹痛や発熱)を引き起こすがん性腹膜炎という状態に至ります。この段階では全身状態も悪化し、がんの制御が一層難しくなります。
以上のように、腹膜播種はがん細胞が広範囲に散らばり切除不能であること、抗がん剤の効果も限られること、病状が急速に悪化しやすいことから、完治が極めて難しい状態だといえます。
腹膜播種の治療法
腹膜播種が起こった場合でも、症状の緩和や生存期間の延長を目指してさまざまな治療が行われます。基本的な方針は全身化学療法(抗がん剤治療)を軸とし、これは腹膜播種を含む遠隔転移がある切除不能ながんに対する標準治療です。加えて、がんの原発部位や患者さんの状態によって、手術や腹腔内への局所療法を組み合わせる場合もあります。以下に主ながん種別の腹膜播種に対する治療法の特徴を解説します。
胃がんの腹膜播種
胃がんは腹膜播種を起こしやすい代表的ながんです。特にスキルス胃がん(びまん型)は腹膜転移をきたしやすく、初診時に腹膜播種が見つかることも少なくありません。胃がんの腹膜播種が認められた場合、基本的には抗がん剤治療(全身化学療法)が第一選択となります。 日本では経口の抗がん剤S-1とプラチナ製剤(シスプラチンやオキサリプラチン)の併用療法などが標準的で、これにより症状の改善や生存期間の延長が期待されます。近年では、腹腔内化学療法(腹腔内にカテーテルを留置し抗がん剤を直接腹腔内に注入する治療)も研究されています。例えばパクリタキセルの腹腔内投与を全身化学療法に加える方法が試みられており、日本の第III相試験(PHOENIX-GC試験)では統計的有意差は出なかったものの、腹腔内投与群で生存率の向上が示唆されました。 この試験では腹腔内+静脈抗がん剤併用群の3年生存率が約22%と、従来治療群の6%に比べ高かったことが報告されています。ただし現時点で腹腔内抗がん剤は標準治療ではなく、臨床試験や先進医療の位置づけです。 また、HER2陽性の胃がんではトラスツズマブ(抗HER2抗体)の併用、免疫チェックポイント阻害剤(ニボルマブなど)の使用など、個別化医療も行われます。腹膜播種による腸閉塞や腹水がひどい場合は、胃のバイパス手術や腹水穿刺・濾過再静注法(CART)などの対症療法を行いながら治療を続けます。根治手術(胃の切除)は腹膜播種がある場合通常は適応になりませんが、まれに抗がん剤が奏功して腹膜病変が消失・縮小した場合にConversion手術(救済手術)として胃を切除することがあります。ただしその有効性については現在検証中であり、慎重な症例選択が必要です。膵がんの腹膜播種
膵臓がんは早期に腹膜や肝臓へ転移しやすく、腹膜播種が見つかった時点で病状はかなり進行しています。膵がんの腹膜播種に対しては手術は原則行われず、抗がん剤治療が中心です。 膵臓がんの化学療法として、FOLFIRINOX(フォルフィリノックス)療法(5-FU+ロイコボリン+イリノテカン+オキサリプラチン)やゲムシタビン+ナブパクリタキセル併用療法などが用いられます。これら新しいレジメンの登場により、生存期間中央値は以前の約6ヶ月から11ヶ月程度へ延長しました。しかし残念ながら完治例は極めてまれであり、5年生存率も数%未満(ステージIV全体で約3%とも報告)と低いのが現状です。 膵がんでは腹膜播種により腹水や腸閉塞をきたすことも多く、その場合は腹水ドレナージや消化管ステント留置などの緩和処置を行いつつ、全身状態が許す限り抗がん剤治療を続けます。現在、膵がん腹膜播種に対する腹腔内抗がん剤や腹腔内温熱化学療法(HIPEC)の有用性も研究されていますが、標準治療として確立したものはありません。大腸がんの腹膜播種
大腸がん(結腸・直腸がん)の場合、肝転移に次いで腹膜播種が起こることがあります。大腸がんの腹膜播種に対する基本治療も全身化学療法です。5-FUを中心とした多剤併用療法(FOLFOX, FOLFIRIなど)や、RAS遺伝子野生型であれば抗EGFR抗体、BRAF変異例では分子標的薬併用など、個々の状態に合わせた薬物療法が行われます。 加えて、大腸がんでは腹膜内に限局した播種でほかに転移がなく、なおかつ患者さんの体力が保たれている場合に、外科的切除(腫瘍減量手術)を検討することがあります。腹膜播種病変を可能な限り外科的に切除し(細胞減少手術:CRS)、必要に応じて腹腔内温熱化学療法(後述のHIPEC)を併用する積極的治療です。選択された症例であればこのアプローチにより長期生存が期待でき、一部の患者さんでは根治も可能と報告されています。 実際、腹膜播種のみの大腸がんに対しCRS+HIPECを行った症例では、行わなかった場合に比べ5年生存率が有意に向上したとの報告もあります。しかし、近年のランダム化比較試験(PRODIGE7試験)では、細胞減少手術にHIPEC(オキサリプラチン温熱腹腔内灌流)を追加しても生存期間の延長効果が認められませんでした。この試験では両群の中央値生存期間が約42ヶ月と41ヶ月で差がなく、むしろHIPEC群で合併症が増加する結果でした。このため、大腸がん腹膜播種に対する治療は完全切除できる場合は手術+全身化学療法を基本とし、HIPECの付加価値については慎重に検討される状況です。 ただし粘液産生型(低異型度粘液性腫瘍に近いケース)など、一部の組織型ではHIPECが有用との指摘もあり、症例選択と専門施設での判断が重要です。いずれにせよ、腹膜播種を有する大腸がんでは根治目的の治療は限られた例にしか適応にならないことを理解しておきましょう。腹膜偽粘液腫の腹膜播種
腹膜偽粘液腫(ふくまくぎねんえきしゅ)は、虫垂(盲腸の虫垂)や卵巣由来の低悪性度の腫瘍から大量の粘液が腹腔内に貯留する希少疾患です。腹膜偽粘液腫では腹膜全体にゼリー状の腫瘍がこびりつき、一種の腹膜播種のような状態になります。特徴的なのは腫瘍の増殖スピードが遅く、遠隔臓器への転移は少ない点で、ほかの腹膜播種とは異なります。腹膜偽粘液腫の標準治療は外科的切除と腹腔内温熱化学療法の組み合わせ(CRS+HIPEC)です。欧米ではこれが確立した治療法であり、可能な限り腹腔内の腫瘍や粘液を徹底的に除去した後、温めた抗がん剤(主にミトマイシンCやオキサリプラチン)を腹腔内に循環させて残存腫瘍に作用させます。 腹膜偽粘液腫は完全切除が達成できれば予後良好で、CRS+HIPEC後の10年生存率が50〜60%との報告もあります。これはほかの腹膜播種では考えられない高い生存率で、腹膜偽粘液腫が適切な治療で完治できる代表的な病態であることを示しています。ただし、腫瘍の悪性度(病理組織分類による)が高いケースや不完全切除の場合は再発も多く、その際は再手術を行うことも検討されます。 腹膜偽粘液腫に対する全身化学療法の効果は限定的で、手術不能例で試みられることもありますが標準的ではありません。基本的には専門施設で集学的治療を受けることが特に重要といえます。卵巣がんの腹膜播種
卵巣がんは初期から腹膜播種を起こしやすい腫瘍であり、ステージIII以上ではほとんどの症例で腹膜への転移が認められます。卵巣がんの場合、腹膜播種は病期進行がんとして標準治療の一部に組み込まれており、基本戦略は手術(腫瘍減量手術)+抗がん剤治療です。 まず可能な限り腫瘍を外科的に切除し、その後、プラチナ製剤+タキサン系薬を中心とした全身化学療法を行います。卵巣がんでは腹腔内投与による化学療法(IP療法)が有効であることも知られており、米国NCIやNCCNのガイドラインでも一次治療の選択肢として推奨された経緯があります。実際、腹腔内投与を組み合わせた群で生存期間が延長したとの報告が複数あり(Armstrongらの研究など)、副作用管理が可能な施設では検討されます。ただし高度の腹膜播種で癒着や腸管障害が強い場合にはIPポート留置が困難なこともあります。卵巣がんの腹膜播種は、術後にPARP阻害剤や分子標的薬(ベバシズマブ)を維持療法として用いる新たな戦略も加わり、治療成績が向上しつつあります。 卵巣がんはほかの腹膜播種を起こすがんに比べ寛解や長期生存が得られるケースも多く、実際ステージIIIでも適切に治療すれば5年生存率は50%前後に達します。したがって、卵巣がんの腹膜播種はあきらめずに集中的な治療を受ける価値が高い代表といえるでしょう。なお、卵管がんや原発性腹膜がん(腹膜から発生するがん)も卵巣がんとほぼ同様の振る舞い・治療法であり、併せて考えられます。尿管がんの腹膜播種
尿管がん(尿管に発生する移行上皮がん)は頻度の低いがんですが、進行すると腹膜への播種をきたす場合があります。尿管がんの腹膜播種も病期的にはステージIVであり、基本的対応は全身化学療法による延命・症状緩和となります。膀胱がんや腎盂がんなどほかの尿路上皮がんに準じて、シスプラチンを含む多剤併用療法(例えばGC療法:ゲムシタビン+シスプラチン)が第一選択です。シスプラチン使用不能例ではカルボプラチン併用療法や免疫チェックポイント阻害剤(ペムブロリズマブなど)の投与も考慮されます。 しかし、尿管がん自体まれな疾患でエビデンスが限られており、腹膜播種を伴う場合の治療成績も厳しいのが現状です。報告は少ないものの、尿管がんが腹膜転移を起こした場合の5年生存率はほぼ0%に近いと考えられ、完治は困難です。症状(腰痛や水腎症など)の緩和目的で尿管ステント留置や腎瘻造設術を行いつつ、患者さんの状態に合わせて化学療法を行います。尿管がん腹膜播種に特有の治療法は確立されていないため、専門医と相談し標準的ながん薬物療法を行うことになります。腹膜播種の完治を目指せる治療法とは
以上のように、腹膜播種の治療はがん種ごとに組み合わせが異なりますが、共通していえるのは複数の治療法を駆使しても完治できる例は限られるという現実です。腹膜播種そのものを完全に治せるケースはまれですが、一部の症例では集中的な治療により5年以上生存し事実上治癒した状態が得られることもあります。完治を目指せる可能性がある治療法やアプローチとして、以下のようなものが挙げられます。
細胞減少手術(減量手術)
腹膜に播種した病変を可能な限り外科的に切除する手術です。原発巣や転移巣を含めて肉眼的に腫瘍を取り切る(R0切除)ことを目標とします。大腸がんや卵巣がん、腹膜偽粘液腫では、この手術が長期生存に直結する重要なステップです。完全切除が達成された症例では、不完全切除の場合に比べ生存率が大幅に向上すると報告されています。腹腔内温熱化学療法(HIPEC)
手術で腫瘍を切除した後、温めた抗がん剤溶液を腹腔内に循環させる治療です。残存する微小ながんに高濃度の薬剤を直接作用させ、熱による相乗効果で殺細胞効果を高めます。HIPECは大腸がん腹膜播種や腹膜偽粘液腫、卵巣がんに対して世界各国で試みられており、特に腹膜偽粘液腫では標準的に行われています。一方で、大腸がんでは大規模試験で有用性が明確でないなど議論が続いています。腹腔内抗がん剤(IP療法)
腹腔内に留置したポートを通じて抗がん剤を反復注入する方法です。腹膜播種病変へ直接薬剤を届けられる利点があり、卵巣がんでは標準療法の一部として認識されています。胃がんでもパクリタキセルの腹腔内投与の研究が進み、一部に有望な結果が得られています。IP療法は全身療法と組み合わせることで腹膜内外の両方にアプローチでき、完治を目指す治療戦略の一環となりえます。ただし腹膜播種が高度な場合は実施困難なこともあり、適応は限られます。集学的治療の組み合わせ
上記の手術+全身化学療法+腹腔内療法を組み合わせ、さらに分子標的薬や放射線療法など必要に応じ追加する集中的治療です。例えば、胃がんで腹膜播種がある場合に全身化学療法→腹膜播種縮小→胃切除+術中HIPECのように複数の治療を順次行う試みもあります。患者さんとがん種ごとにがんの性質や全身状態は異なるため、主治医と十分に相談し適切な治療の組み合わせを検討することが大切です。まとめ
腹膜播種はがんが腹膜に散らばった進行状態です。近年、抗がん剤の進歩や外科的手技の向上により、生存期間の延長や症状緩和は以前より可能になってきました。胃がん・膵がん・大腸がん・卵巣がんなど各臓器ごとに適切な化学療法が開発され、場合によっては手術や腹腔内治療(HIPECや腹腔内投与)を組み合わせて積極的に治療することもあります。
特に腹膜偽粘液腫では手術+HIPECで完治しえることが明らかになっており、卵巣がんでも高度な腹膜播種を克服して長期寛解する例が見られます。エビデンスやガイドラインに基づき、主治医と相談しながら納得のいく治療方針を立てることが重要です。
関連する病気
- 胃がん(胃がん) – 腹膜播種をきたしやすい代表的ながん
- 大腸がん(結腸がん・直腸がん) – 腹膜転移が起こることがある消化管がん
- 膵がん(膵臓がん) – 進行すると腹膜播種を伴いやすい
- 卵巣がん(卵巣がん) – 腹膜播種が病期進行時にほぼ必発する婦人科がん
- 卵管がん・原発性腹膜がん – 卵巣がんと類似し、腹膜播種を呈する婦人科がん
- 腹膜偽粘液腫 – 虫垂など由来の粘液産生腫瘍による腹膜播種様の病態
- 尿管がん(尿管がん) – 進行例では腹膜転移を生じうる泌尿器のがん
- 腹膜中皮腫 – 原発が腹膜に発生する希少ながん(腹膜播種と症状が類似)
関連する症状
- 腹部膨満感(お腹のハリ)
- 腹痛・腹部不快感
- 食欲不振・体重減少
- 便秘や腸閉塞(腸の通過障害)
- 悪心・嘔吐(吐き気と嘔吐)
- 腹水貯留(お腹に水がたまる)
- 尿管の狭窄・水腎症(腎臓から尿が排出されにくくなる)
- 黄疸(胆管の閉塞による皮膚や白目の黄染)
参考文献
- Chua TC, et al. “Clinical HIPEC for Pseudomyxoma Peritonei: 10-year Survival.” BJS Open. 2019;3(3):367-372
- 日本胃癌学会『胃癌治療ガイドライン 第6版』補遺:腹膜播種症例の予後改善に関する記述
- Conroy T, et al. “FOLFIRINOX vs Gemcitabine for Metastatic Pancreatic Cancer.” N Engl J Med. 2011;364(19):1817-1825/li>




