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「19番目のカルテ」が描いた“総合診療医”の現実。地域医療は崩壊寸前?

 公開日:2025/09/29

専門医療が高度化する一方で「どの診療科を受診すればいいか分からない」「複数の病気を抱えているけれど、それぞれ別の病院に通うのが大変」といった悩みを抱える人が増えています。こうした中、注目を集めているのが総合診療医の存在です。筑波大学医学医療系地域医療学の前野哲博教授は「地域を丸ごと診る医師」として総合診療医の重要性を訴えています。少子高齢化と人口減少が進む日本で、総合診療医はどのような役割を果たすのでしょうか。

前野哲博先生

監修医師
前野 哲博(筑波大学医学医療系 地域医療教育学教授・筑波大学附属病院 副病院長・総合診療科長)

プロフィールをもっと見る

1991年筑波大学医学専門学群卒業。河北総合病院で初期研修後、1994年筑波大学総合医コースレジデントを経て、1997年川崎医科大学総合診療部で総合診療の体系的教育を受ける。筑波メディカルセンター病院総合診療科を経て、2000年より筑波大学講師、2009年より現職。日本プライマリ・ケア連合学会副理事長、日本医学教育評価機構研修委員会副委員長、全国地域医療教育協議会理事などを務める。日本内科学会認定総合内科専門医・指導医、日本プライマリ・ケア連合学会認定家庭医療専門医・指導医。

総合診療医の本質は「場を診る」こと

総合診療医の本質は「場を診る」こと

編集部編集部

総合診療医は、診断がつかない難しい症例を診る医師というイメージがありますが、実際はどうなのでしょうか。

前野先生前野先生

そのようなイメージで語られることが多いのですが、実は診断がつかない患者さんを診るウエイトはそんなに大きくないのです。総合診療医の本質は「場(地域)を丸ごとずっと診る」ことにあります。地域を診るということは、その地域の人々全体を診るということ。高血圧や糖尿病で通院している方、予防接種を受ける子ども、寝たきりの患者さんの褥瘡(床ずれ)予防など、あらゆる健康問題に対応しています。

編集部編集部

総合診療医の役割とはどのようなものでしょうか。

前野先生前野先生

サッカーに例えて説明すると、従来の医療は医師はほぼ全員が医療機関というペナルティエリアの中にいて、命というゴールを守っているようなものです。病気になった人が、患者として命のゴールをめがけて攻めてきて、医師はそのゴールを守る。それは重要な役割ではあるのですが、本来はそれだけでは不十分です。たとえばフォワードとして、命のゴールの対極にある健康というゴールに住民が到達できるように支援する。またディフェンダーとして、決定的なセンタリングを上げさせないように早めに攻撃の芽を摘む(早期発見・早期治療)というように、地域というフィールド全体に関わる医師が必要です。これが総合診療医の役割で、小学校での健康教育から高齢者の介護予防まで、地域というフィールド全体を使って活動します。もちろんゴールキーパーとして命を守る仕事もしますが、その場合もゴールの右側だけ守る、というようなことはなくゴール全体を守ります。先ほどの診断困難例への対応は、総合診療医というサッカーチームの中でゴールキーパーとしての守備範囲の広さを表しているに過ぎません。

編集部編集部

専門医との役割分担はどうなっているのでしょうか。

前野先生前野先生

地域ベースで見ると、専門医レベルの総合診療医は人口の約8~9割を診ることができると言われています。難しい病気は頻度が低いので、臓器別の専門医でないと診られないような場合は、コミュニティ単位で見れば、患者数としてはそれほど多くないのです。そのため臓器専門医は専門性が高まれば高まるほど大きな人口集団を対象にすることになるので、都市部の大病院に集約せざるを得ません。逆に言えば、地域で働く以上、総合診療医としての力が求められるのです。

地域医療構想と総合診療医の役割

地域医療構想と総合診療医の役割

編集部編集部

国の方針ではどのような変化が求められているのでしょうか。

前野先生前野先生

厚生労働省が推進してきた「地域医療構想」では、急性期病床を3割削減し、回復期病床を3倍に増やす計画となっていました。今後もこの流れは続くため、急性期病院は今以上に集約化され、各地域には亜急性期・回復期を担う病院が必要になります。具体的には一次救急を受けて軽度急性期の診療に当たるとともに、急性期病院での治療を終えた患者さんを受け入れてリハビリをおこない、在宅への復帰を支援する。こうした機能を持つ病院です。

編集部編集部

そこで総合診療医が必要になるということでしょうか。

前野先生前野先生

その通りです。急性期病院と地域をつなぐ病院に求められるのは、臓器に特化した医療ではなく包括的な関わりです。こうした役割を喜んで担えるのは、幅広く診たい、全部支えたいというマインドを持った総合診療医です。各地にこうした医師がいて初めて、地域医療の崩壊を防ぎつつ、急性期病院の集約ができるのです。

編集部編集部

現在、地域を支えている診療所の状況はどうなっているのでしょうか。

前野先生前野先生

開業される先生の中には「専門診療を続けるスタンスを保ったまま独立したい」という方が多くおられます。しかし、○○病クリニックのように専門性に特化した形で経営を維持できるのは人口の多い都市部に限られるため、幅広い領域をカバーすることが求められる地域にはなかなか行ってもらえず、世代交代もうまく進んでいません。

2040年、診療所が半減する地域も

2040年、診療所が半減する地域も

編集部編集部

地域医療の将来はどうなっていくのでしょうか。

前野先生前野先生

厚生労働省の資料によると、診療所の医師が80歳で引退し、後継者も新規開業もないと仮定すると、全国の多くの地域で2040年には診療所が半減する地域が多数出てくると予測されています。実際、20年間以上も新規開業が全くない市町村も存在します。さらに、現在の診療所医師の半数以上は60歳を超えており、団塊の世代と同時期に引退するケースが急増すると考えられています。加えて、若い世代は専門医志向が強く、地域の幅広い医療ニーズに十分に応えることが難しい状況です。

編集部編集部

なぜ総合診療医が増えないのでしょうか。

前野先生前野先生

日本のプライマリケア(初期診療)は、もとは臓器別の専門医をされていた先生が支えています。トレーニングを受けた総合診療医でなくても開業できますし、保険診療上は、専門的なトレーニングを受けた総合診療医も昨日まで臓器別専門医だった人も診療報酬は同じです。医学生の多くは入学時に「総合診療医になりたい」と言いますが、専攻医になるときには約97%が総合診療以外の専門医を目指します。その大きな理由の一つとして、臨床実習を行う大学病院で診るのは専門診療ばかりなので、総合診療のイメージをつかむのは難しいことが影響していると思います。

編集部編集部

政府はどのような対策を考えているのでしょうか。

前野先生前野先生

医師の偏在解消パッケージの中に「総合的な診療能力を持つ医師を増やす」ことが政策目標として掲げられています。このように、社会からの地域を支えてほしいというニーズは非常に高いです。私たちは学生や研修医に対して、総合診療の専門性や社会からの高い期待や将来性について正しく伝え、そのキャリアを支援していきたいと思っていますし、現在は臓器専門医でこれからプライマリケアを取り組もうとする人のリカレント教育も充実させるなど、様々なフェーズにコミットして地域で活躍する総合診療医を幅広く育成していきたいと思っています。

編集部まとめ

前野先生が描く総合診療医像は、単に幅広い疾患を診断する医師ではなく、地域という「場」全体を診る医師でした。2040年には診療所が半減する地域が多いと予測される中、専門分化した医療だけでは地域医療は成り立ちません。医学教育の改革、診療報酬制度の見直し、そして総合診療医の価値を社会全体で認識することが、日本の地域医療を守るために不可欠だと痛感しました。

関連:
【厚労省】医師偏在の是正に向けた総合的な対策パッケージ
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_48023.html

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