「感染症が流行する理由」を医師が解説 コンゴで流行した謎の感染症「疾病X」が広がった背景・対策とは

2024年12月、コンゴで発生した謎の感染症「疾病X」のニュースが世界を駆け巡りました。一時は未知の感染症かと疑われ、各国で大きな話題となりました。しかし、その正体はマラリアと呼吸器感染症の合併であることが後に判明しました。この疾病Xが新たな感染症と考えられた背景には、どのような要因があったのでしょうか。感染症がどのように広がり、診断が難しくなるのか、またその対策について、感染症専門家である忽那賢志先生にお話を伺いました。

監修医師:
忽那 賢志(大阪大学大学院医学系研究科 感染制御医学講座教授)
目次 -INDEX-
疾病Xの正体に迫る

編集部
「疾病X」として世界的に注目された感染症の正体は何だったのでしょうか?
忽那先生
疾病Xの正体は、マラリアと呼吸器感染症が同時に発症したケースでした。マラリアの特徴的な症状である発熱や貧血に加え、咳や鼻水など通常マラリアでは見られない呼吸器症状が多発しました。このため、一見すると新しい病気のように見えたのです。しかし、現地調査の結果、多くの人でマラリアと一般的な呼吸器感染症(インフルエンザやライノウイルス)が併発していることが分かりました。
編集部
なぜマラリアと呼吸器感染症が同時に発症するケースが増えたのでしょうか?
忽那先生
一因として、栄養失調や地域の流行状況が挙げられます。マラリアは通常、発熱や貧血が中心の症状ですが、栄養失調で体力が著しく低下した患者では、重症化しやすくなります。また、今回のコンゴ民主共和国の特定の地域では呼吸器感染症も同時に流行していたため、これらの感染症も併発しやすくなったと考えられます。このような異なる感染症の同時発症が、診断をより難しくしたと考えられます。
編集部
具体的な診断方法はどのようなものでしょうか?
忽那先生
マラリアの診断については、現地で一般的に使われるのは、血液をスライドガラスに塗り、顕微鏡でマラリア原虫を確認する方法です。また、迅速診断キットを使用すれば20分程度で結果が出ます。しかし、コンゴのような医療資源が限られた地域では、これらの方法を十分に活用することが難しい場合もあります。そのため、正確な診断が遅れることが流行拡大の一因ともなりました。
感染症が流行する背景

編集部
今回の流行がこれほど拡大した背景には、どのような要因があったのでしょうか?
忽那先生
まず、医療資源の不足が大きな要因です。例えば、コンゴ民主共和国では、感染症の診断や治療に必要な機器や医薬品が不足しています。さらに、医療スタッフの数も限られているため、感染症への対応が遅れがちです。加えて、この地域はマラリアが世界で2番目に多い国であり、エボラ出血熱などの重症感染症も繰り返し発生しています。これらの条件が、感染症の流行を助長する土壌となっています。
編集部
医療資源の不足以外に、流行を助長する要因はありますか?
忽那先生
栄養失調が挙げられます。栄養状態が悪いと体力が低下し、感染症が重症化しやすくなります。特に、貧困層が多い地域では、早期に医療機関を受診することが難しく、症状が悪化してしまうことがよくあります。また、マラリアの流行が拡大する背景には、熱帯地域に特有の地理的な要因も関係しています。
編集部
その地理的な要因とは、具体的にどのようなものですか?
忽那先生
マラリアを媒介するハマダラカという蚊が多く生息していることです。この蚊が感染者の血を吸い、その後、別の人を刺すことでマラリアが広がります。また、熱帯地域は気温や湿度が高く、蚊の繁殖に適した環境です。さらに、雨季になると蚊の産卵が増え、蚊の発生率がさらに高まります。こうした環境要因も感染症流行を助長します。
マラリアを防ぐには

編集部
マラリアを予防するにはどのような方法がありますか?
忽那先生
蚊に刺されないことが最も効果的です。具体的には、成分として「ディート」や「イカリジン」を含む虫除けスプレーを使用したり、長袖や長ズボンを着用して肌の露出を減らしたりことが重要です。また、マラリア流行地域では、防虫ネットや蚊帳を使用することも推奨されます。
編集部
予防薬の効果について教えてください。
忽那先生
予防薬は、抗マラリア薬を飲み続けることでマラリアの感染を防ぐものです。現地滞在中、定期的に服用する必要があります。種類によって服用スケジュールが異なるので、渡航前に医療機関で相談してください。特にサハラ以南のアフリカ地域に行く場合は、予防薬の服用が強く推奨されます。
編集部
地球温暖化がマラリアの流行に影響を与える可能性はありますか?
忽那先生
可能性はあります。地球温暖化によって蚊の生息域が広がると、これまでマラリアが発生しなかった地域でも感染リスクが高まる恐れがあります。実際に、一部の地域では蚊の分布が変化し始めています。このような環境変化に適応するため、早めの予防対策が必要です。
編集部まとめ
感染症は、私たちの生活に深刻な影響を与える脅威です。「疾病X」の事例から、感染症が広がる背景には医療資源の不足や栄養失調といった社会的要因、さらに環境や地理的な条件も無視できないということが理解できました。私たち一人ひとりが正しい知識を持ち、感染症リスクを減らす行動を取ることが、流行を抑える鍵になるものと思われます。本記事がその理解の一助となりましたら幸いです。