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“聞く・話す・食べる”を守る耳鼻科で広がる「優しさに満ちた治療」―第127回日耳鼻総会 香取幸夫会長に聞く

 公開日:2026/05/14
“聞く・話す・食べる”を守る耳鼻科で広がる「優しさに満ちた治療」―第127回日耳鼻総会 香取幸夫会長に聞く

「聞く・話す・嗅ぐ・味わう・食べる」という、QOL(生活の質)に直結する機能を守る耳鼻咽喉科頭頸部外科は、鎖骨から上(脳・眼・歯を除く)の全領域を担当する診療科です。特に頭頸部がんの治療では発声、嚥下、呼吸に関する機能温存が重要となり、近年では患者さんの命やQOLを守るための治療法が多数開発されてきました。2026年5月20~23日、第127回日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会総会・学術講演会が宮城県仙台市で開催されます。本会のテーマは「杜の都で学ぶ ~優しさに満ちた治療の開発と普及~」。会長を務める東北大学 耳鼻咽喉・頭頸部外科学教室教授の香取幸夫先生が、学会テーマに込めた想い、同時期に開かれる市民公開講座、そしてテクノロジーが変える耳鼻科診療の未来について語りました。

テーマに込めた思い―変革期の耳鼻咽喉科が目指す「治療の形」

医療は今、大きな変革期にあります。一つはAIを用いた画像診断や、内視鏡・ロボットに代表される手術支援機器、分子レベルの生体反応を標的にした免疫療法の登場といった「治療技術そのものの進歩」です。一つひとつの疾患に対して、体への負担が少ない低侵襲手術などが開発されてきています。
もう一つは、東北のような広範な地域で課題となる遠隔医療や訪問診療の広がりなど、「社会的要素に伴う診療形態の変化」です。このような「患者さんに優しい医療のかたち」はすでに始まりつつあります。耳鼻咽喉科頭頸部外科における治療の進展について全国の先生方と共有・議論し、各地で適切にその技術を活用してもらいたい――。そうした願いを込めて、今回のテーマを決めました。

高齢社会で増加する頭頸部がん、難聴の「優しい治療者」へ

また、当学会は「高齢社会への対応」という課題にも向き合っています。耳鼻咽喉科頭頸部外科は、「五感」のうち視覚を除く4つ(聴覚・嗅覚・味覚・平衡感覚)の感覚と、呼吸・嚥下・発声に関わる機能を担い脳を除いた首から上の頭頸部がんも対象にしています。頭頸部がんはからだ全体の中では希少ながんですが、高齢の人に多くみられる、数が増えてきています。患者さんの食べる機能や話す機能を温存しながらがんを治していくことが私たちの重要な課題です。
さらに強調しておきたいのは「難聴」に対する取り組みです。日本では65歳で約3分の1、75歳では約3分の2の人が難聴になると言われます。聞こえが悪くなって人とのコミュニケーションがとりづらくなると社会参加が減り、活動性が落ちて認知症にもつながりかねません。そのためできるだけ早く加齢性の難聴に対処し、一人ひとりが長く社会で活躍できるよう取り組みを進めています。

学会最終日には市民公開講座「難聴と誤嚥」を開催

学会最終日の5月23日(土)には、一般の人が無料で参加できる市民公開講座「難聴と誤嚥 よく聞き、よく話し、よく食べる!」を開催します。

先述したとおり難聴は認知症の重大なリスクファクターと言われています。早期に発見し、補聴器を活用して「音の刺激」を十分に脳に届けることが予防につながります。また、食べることは人生の大きな楽しみですが、誤嚥が増えてうまく飲み込めなくなると低栄養や誤嚥性肺炎を招き、場合によっては命にも関わります。加齢で嚥下機能が落ちるのは避けられません。ただし、食事の工夫やトレーニングで機能低下を補い、健康に食べ続けることができます。

「聞く」「食べる」機能は高齢の方々が自分らしく、最後まで健康に生きるために重要です。しかし、難聴と誤嚥の問題に対する社会への啓発は十分とはいえません。そこで学会の機会に、耳鼻咽喉科頭頸部外科を専門とする医師から直接、分かりやすく市民の方々にお伝えする場が必要だと考えました。

ゲストに落語家も登壇、笑い交え“楽しい会”に

本公開講座の目玉の1つが、ゲストに迎える落語家・六華亭遊花(ろっかてい ゆうか)さんの登壇です。遊花さんは岩手県遠野市出身、東北弁での古典落語や民話を得意とし、2018年には文化庁芸術祭大衆演芸部門で優秀賞も受賞しています。専門家の話だけだと、どうしても堅くなりがちです。遊花さんに加わってもらうことで、笑いを交えながら大切なメッセージを心に残してもらえたらと期待しています。
なお講座中は、演者の発言がリアルタイムで文字化されモニターに投影されるため、聞こえにくい人も安心して参加できます。第二部には補聴器の体験ブースも設置される予定です。

市民公開講座 開催情報

 

日時:2026年5月23日(土)14:00~15:00(13:30開場)
会場:東北大学百周年記念会館 第1会場 川内萩ホール2F
「よく聞き、よく話し、よく食べる!」
「よく聞いて、おしゃべりして、認知症の予防につなげましょう」
演者:澤田朱里氏(JR仙台病院)
「むせないでおいしく食べるコツ、伝授します!」
演者:太田 淳氏(石巻赤十字病院)
司会:鈴木 淳氏(東北大学病院)/ゲスト:六華亭遊花氏(落語家)
※参加費:無料、申し込み不要

「技術はあくまで手段」―大切なのは傾聴し、患者の希望に寄り添うこと

私自身、約40年にわたり耳鼻咽喉科医としてこの領域の進歩を目の当たりにしてきました。若手だったころ、耳の手術と言えば大きく切開して顕微鏡で行う手法が標準的でした。ところが現在では内視鏡の普及により、非常に小さな切開で低侵襲に手術できるようになっています。
頭頸部がんも同様に、大きく切除して再建する方針から、放射線治療や化学療法、分子標的薬(がん細胞の特定の分子を狙い撃ちにする薬)、免疫療法を活用してできる限り機能を温存しながら治療するという方針に大きくシフトしました。診断機器の進歩も目覚ましいものがあります。
一方、私が臨床で今も変わらず最も大切にしているのはシンプルな姿勢です。「患者さんの話をよく聞く」、これに尽きます。耳鼻咽喉の疾患は外から見えない部分が多く、めまいにしても難聴にしても、つらさは本人にしか分かりません。何に困っているのかを本人に言葉でどう伝えてもらうかが、診療の出発点になります。
だからこそ、一人ひとりの話に耳を傾け、その人に寄り添った治療を提案していくことが重要です。診断・治療技術がさらに進化するこれからの時代においても、「便利だから」と一律に新しい技術を患者さんに押しつけてはならないと思っています。

テクノロジーが進歩しても「人と人とのつながり」は不変

では、テクノロジーの進化と優しさに満ちた治療は共存できないのかというと、そのようなことはありません。むしろテクノロジーの進化が耳鼻咽喉科頭頸部外科における医療の在り方を大きく変えていくと考えています。AIによる画像診断支援や音声認識は、私たちの診療をサポートしてくれる強力なツールになるでしょう。ロボット手術もさらに進化して、より精密で安全な手術が可能になっていくと推測します。

こうしたツールの活用で生まれた時間と余力をいかに患者さんとの対話や心のケアに注いでいくかが、私たち医療従事者に求められている役割であり、テクノロジーと共存する「優しさに満ちた治療」の未来の景色だと考えています。

未来を担う若手医師への期待―「五感と命」の両方を担うやりがい

耳鼻咽喉科頭頸部外科の魅力は、やはり「五感」に関わるというところだと思います。当科の医師数は約1万1000人と全医師の約4%にすぎません。しかし少数ながら、人が人らしく生きる土台に直結する領域を担当し、新生児から高齢の人まで幅広い年齢層の患者さんを診ています。さらに、内科的治療から外科手術まで、一科で完結して担えるという点も大きな魅力です。
5月21日(木)には医学生・臨床研修医向けセミナー「杜の都で耳鼻咽喉科頭頸部外科のリアルを学ぶ!」、翌22日(金)には「診療体験ハンズオン」も実施します。ぜひ多くの人に本領域の魅力を知ってもらい、一緒に未来の医療を創っていってほしいと願っています。

「優しさに満ちた治療」を開発する人・届ける人・受ける人が一堂に会する4日間が、間もなく開催されます。新緑が鮮やかになる5月、耳鼻咽喉科頭頸部外科の「現在」と「これから」を、ぜひ杜の都・仙台で体感してみてください。