【闘病】「ただの口内炎」が一転、『舌がん』に。消えない再発の恐怖と闘う40代母

ただの口内炎だと思っていたのに、なかなか治らない——小さな違和感から、「舌がん」という思いもよらぬ診断を受けたhinakakaさん(仮称)。一度は痛みが引いたことで受診を中断してしまった裏で病魔は進行し、手術後の転移、再手術、そして過酷な放射線・抗がん剤治療へと彼女を巻き込んでいきました。しかし、彼女は決して諦めることなく、職場復帰を果たすまでに回復しています。hinakakaさんに口内炎の陰に潜むリスクや治療を乗り越える原動力、そして現在の生活について、話を聞きました。
※本記事は、個人の感想・体験に基づいた内容となっています。2025年11月取材。

体験者プロフィール:
hinakakaさん(仮称)
治りにくい口内炎が実は…

編集部
最初は、どのような症状から始まったのでしょうか?
hinakakaさん
舌の裏側の口内炎ですね。治りが悪く、自宅近くの歯科医院で軟膏(なんこう)を処方してもらい、しばらく様子を見ていました。それでも治らないため、紹介状を書いてもらい、大学病院の歯科口腔外科を受診したんです。医師から「歯が当たる位置だから口内炎になる」と言われ、該当している部分の歯を丸くしてもらいました。その時に「念のために」と表面の組織を採って検査をしてもらうことになって。結果は「がんかどうかはグレー」ということで、経過観察になりました。その後、口内炎自体は痛みもなく落ち着き、仕事が忙しかったこともあり、受診を自己中断してしまったんです。
編集部
痛みが引いてしまうと、どうしても病院から足が遠のいてしまいますよね。
hinakakaさん
ええ。でも、今までを振り返ってみて一番後悔しているのが、歯科口腔外科への受診を一時中断してしまったことです。自分の体調不良にしっかり目を向け、一時的に良くなっていたとしても、専門家の言うことをちゃんと聞いておくべきだったと強く思います。半年後、再び痛みが出たため再度大学病院の歯科口腔外科を受診し、少し大がかりに組織を採って検査をしてもらうことになりました。
編集部
そこでがんと診断されたのでしょうか?
hinakakaさん
はい。2週間後、それまでの処置室とは違う別室に呼ばれ、担当医師から「舌がんです」と告げられました。最初は青天の霹靂(へきれき)という感じで、あまり何も考えられない状態でした。舌がんは、初期には粘膜が白くなっている程度だったり、口内炎のように見えたりすることがあるそうです。また歯が当たる、同じ場所を繰り返しかむといった慢性的な刺激が、発症に関与する可能性もあるとのことです。がん全体の中では比較的数が少ないことから「希少がん」と言われることもあるそうです。
編集部
告知は大変なショックだったと思います。そこからどのように治療を進めていきましたか?
hinakakaさん
その施設では頭頸部がん(脳と目を除いた、顔から首の範囲にできるがんの総称)としての就学的治療体制が整っていないとのことで、「がん専門病院の耳鼻咽喉科・頭頸部外科を受診するように」と言われました。さらに、「通常は受診まで2週間程度かかる」とも。仕事でお世話になっている人経由で別の大学病院の頭頸部外科を紹介してもらい、そこで手術を含めた治療を行うことになりました。しかも、偶然翌日に空きがあり、すぐに受診できたんです。当時はショックというより、突っ走っていくという感じだったと思います。診断から病院決定、検査、手術日決定という流れが非常にスムーズだったので、「自分はツイている!」とポジティブに捉えられていたかもしれません。
編集部
治療方針は、どのようなものでしたか?
hinakakaさん
治療は基本的に、手術でがんとその周辺の部位を切除するというものでした。主治医からは、「舌がんは頸部リンパ節への転移がしばしばあり、昔は転移がなくても頸部リンパ節郭清(けいぶりんぱせつかくせい/首のリンパ節とその周囲の組織を取り除く手術)を行うのが一般的だった。しかし、現在は『頸部リンパ節郭清を行わなくても経過観察をきちんとすれば予後は変わらない』という報告もある」と説明を受けました。
ちょうどそのころ、全国の施設が連携し、郭清を行う群と行わない群に分けて治療する臨床研究が行われていたんです。私は手術前の時点で他部位への転移がなく、研究の登録基準を満たしていました。自分自身で治療を選ぶこともできましたが、主治医の「参加してどちらの治療に振り分けられても、しっかり経過観察は行うから大丈夫」という言葉を信じ、全て任せて登録をお願いしました。
結果として、私は「頸部リンパ節の郭清は行わない群」に分けられ、最初に診断を受けた日から約1カ月で、リンパは残してがんの部分のみを切除する舌の部分切除手術を行いました。手術後の入院中は舌が腫れ、飲み込みづらさや喋りづらさがあったものの、退院後はほぼ元通りに回復しました。
放射線&抗がん剤治療と副作用

編集部
術後の経過はいかがでしたか?
hinakakaさん
退院後は基本的に1カ月に1回、病院に通っていました。しかし、最初の手術から7カ月後、あごの下が痛くなったんです。
通院予定日ではありませんでしたが、急きょ受診し、その場で細胞を採って検査を実施。翌週受診すると、主治医より「左の頸部リンパ節への転移があった」「2週間後に手術をする」と有無を言わさず告げられました。ほかへの転移や再発のリスクも考慮して、今回は両側の頸部リンパ節の郭清を行いました。さらに手術後、切除した細胞で「細胞外にがん細胞が滲出(しんしゅつ)しているもの(がん細胞がリンパ節の被膜を突き破って外に広がっている状態)」があったため、抗がん剤治療と放射線治療も追加で実施することになったんです。
編集部
転移に加えて追加治療。身体的にも精神的にも計り知れない負担があったと思います。
hinakakaさん
そうですね。放射線治療を行うためには、照射部位の精密な設計図を作らなければいけません。そのためには、口内にある歯のかぶせものなどの金属を全て除去する必要がありました。少しでも早く抗がん剤などの治療を開始できるよう、毎日のように大学病院の歯科に通い、金属を全て抜去する処置を受けました。
頸部リンパ節郭清の手術から1カ月後、通院での抗がん剤(週1回)と放射線治療(月~金)がスタート。放射線の影響で襟足の髪の毛が抜け、味覚が一切なくなりました。抗がん剤の翌日は疲労感が強く、気分不良もあったため、毎日の通院がただただつらかったですね。
約1カ月半の治療を終えた後は、白血球数が低下し、疲れやすい状況だったため、しばらくの自宅療養期間を経て職場復帰しました。最初の手術時は2週間休みをもらっただけでしたが、2回目の時はトータルで4カ月も休職してしまいました。
編集部
治療後の後遺症などはありましたか?
hinakakaさん
後遺症としては2種類あります。一つ目は首と肩の動かしづらさです。手術直後は、頸部にある副神経(首や肩の筋肉を動かす脳神経)を少し触っていた影響で、肩を動かす僧帽筋(首から背中にかけての筋肉)が一時的に麻痺し、肩が上がらなくなってしまいました。休職期間中はほぼ毎日病院に通って早期からリハビリテーションを行い、現在は肩が上がるようになりました。しかし、首から肩にかけての筋肉が短縮しており、強い「肩こり」が今も続いています。
二つ目はむくみです。頸部のリンパ節を切除したことで、顔の周りがむくみやすくなりました。今はマッサージなどで対応して落ち着いていますが、むくみの影響で感染を起こしやすいらしく、先日も手術跡の小さな傷から蜂窩織炎(ほうかしきえん/皮膚の深い層から皮下脂肪にかけて細菌が感染し、炎症を起こす病気)になり、短期間の入院治療をしました。
モチベーションは「SnowManのコンサートに行く!」

編集部
家族の存在は、闘病中の支えになりましたか?
hinakakaさん
はい。実は、私の両親は共にがんを患ったことがあり、母親はがんが原因で亡くなっています。そういった経緯もあり、隣県に住んでいる兄夫婦が「がんと診断されて落ち込んでいるんじゃないか」と心配し、すぐに飛んできてくれました。治療の流れがスムーズで比較的ポジティブだったことを報告したら、二人共安心してくれましたね。兄には「あなたもがんにかかるリスクがとても高いはずだから、しっかりと健康診断を受けるように」と伝えました。
編集部
つらい治療を乗り切るためのモチベーションは何でしたか?
hinakakaさん
放射線治療の際、担当の放射線技師が「好きな音楽はありますか?」と聞いてくれ、SnowManがとても好きなことを伝えました。すると、別の技師が「私もなんです!」と言ってCDを準備してくれ、準備と照射を含めた30分程度の治療時間中、ずっとアルバムの曲を流してくれたんです。「早く良くなってコンサートに行くんだ!」という思いが、治療の大きなモチベーションになりました。
編集部
病気の前後で、自身の生活や心境に変化はありましたか?
hinakakaさん
なるべく野菜を食べ、運動するようになりました。また、好きだった神社仏閣巡りにさらに力を入れるようになり、「生かしてもらっていることに感謝をする」ことが少し増えた気がします。現在の体調は問題なく、2カ月に一度の受診と半年ごとの造影CTで経過観察をしながら、フルタイムで働いています。ただ、マインド的には「大丈夫」とは言えません。すでに一度再発していることもあり、再発の不安は常に付きまとっています。
編集部
これまでの治療を通じて、医療機関へ期待したいこと、望むことはありますか?
hinakakaさん
今回対応してくれた医療従事者のほとんどは、細かいことに気を配り優しい対応をしてくれました。しかし、こちらの気持ちが沈みがちなこともあり、ささいな言動で落ち込んでしまうこともありました。がんが不治の病という感覚は過去のものになりつつあります。それでもやはり、「命の期限・死」を感じざるを得ない病気です。たとえ何げない発言であっても、気に病んでしまうことがあるため、「相手をおもんぱかる」ことが重要だと思います。
編集部
最後に、読者へのメッセージをお願いします。
hinakakaさん
がんは誰でもなる可能性がある病気です。何か症状が長引くときには「大したことはないだろう」と思うのではなく、早めに受診することが大事だと思います。 舌がんに関しては、「治りにくい口内炎は本当に危険!」と声を大にして言いたいです。気になる症状のある人は、先延ばしせずにきちんと受診しましょう。
編集後記
「ただの口内炎だろう」と軽視されがちな症状が、実は命に関わる重大なサインであることもあります。hinakakaさんの経験は、がんの早期発見には「自分の体の変化に気付くこと」「少しでもおかしいと思ったら自己判断せず受診すること」がいかに重要かを教えてくれます。がん治療による身体的・精神的な負担、そして再発の恐怖は決して小さくありません。しかし、「またコンサートに行く」という希望を胸に、前を向いて日々を生きるその姿は、病と向き合う多くの人に勇気を与えてくれるでしょう。
本稿には特定の医薬品、医療機器についての記述がありますが、情報提供のみを目的としたものであり、医療上の助言や販売促進などを目的とするものではありません。
なお、メディカルドックでは病気の認知拡大や定期検診の重要性を伝えるため、闘病者の方の声を募集しております。皆さまからのご応募お待ちしております。

記事監修歯科医師:
手塚 充樹(ヘルシーライフデンタルクリニック)
※先生は記事を監修した歯科医師であり、闘病者の担当医ではありません。




