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不妊治療を「孤独な闘い」から「社会インフラ」へ―患・学・産で協働、共創会議が発足

 公開日:2026/04/07
不妊治療を「孤独な闘い」から「社会インフラ」へ―患・学・産で協働、共創会議が発足

不妊治療が2022年4月に公的医療保険の対象となりました。一方で、保険適用となる年齢や回数などの「制度の壁」、仕事との両立を阻む「職場の壁」など、不妊治療に関わる多くの課題は現在も未解消という現状があります。このような課題を解決するため、当事者団体、生殖医療専門家、産業界の「患・学・産」が協働し、不妊治療を社会全体で支えるインフラへと転換することを目指す共創プラットフォーム「社会で支える不妊治療共創会議」が2026年3月16日に発足しました。同日に東京都内で開かれた発足記者会見(社会で支える不妊治療共創会議主催)では、2028年度の診療報酬改定を見据えたビジョンや、各領域の代表者による課題提起が行われました。同会見の内容を再構成してお届けします。

当事者を追い詰める「3つの壁」

会見ではまず、NPO法人Fine理事長の野曽原 誉枝氏が「不妊治療をめぐる当事者の声と現状の課題」の演題で、保険適用後も当事者が直面している「壁」の実態を説明しました。

社会で支える不妊治療共創会議

費用の壁:保険適用後も当事者の経済的負担残る

Fineは、現在・過去・未来の不妊体験者を支援するセルフサポートグループです。不妊治療を取り巻く環境を改善するため、当事者の声を社会に届ける活動を20年以上にわたり続けています。2022年に不妊治療は保険適用となりました。しかし、当事者アンケートの結果から、現在でも「費用の壁」「制度の壁」「職場の壁」という3つの大きな壁が存在することがわかっています。

一つ目は費用の壁です。不妊治療で保険診療と先進医療(公的医療保険対象化の是非を評価中の新しい医療技術)を併用する人の割合は直近3年間で増加しています。しかし、先進医療にかかわる費用は全額自己負担となるため、当事者側の経済的負担は依然として大きいままです。

制度の壁:年齢制限、回数制限が精神的負担に

二つ目は制度の壁です。現在、保険適用条件には「治療開始時の年齢が43歳未満」、「回数は1子につき最大6回(40歳未満で開始の場合。40歳以上43歳未満は3回)」という制限が設けられています。Fineが当事者の皆さんに実施した緊急アンケートには、回数が減っていくことに対するプレッシャーが精神的な負担になっているという声が数多く寄せられました。特に若い世代ほど回数制限の撤廃を望んでいる傾向が明らかになりました。

職場の壁:社会全体の意識改革が必要

三つ目は職場の壁です。当事者の91%が働きながら治療を続けています。不妊治療は急な通院が必要になることも多く、休暇の取得や早退などを余儀なくされる場合もありますが、人員不足の職場で頻繁な勤務時間調整は困難です。さらに、職場での不妊治療に対する知識不足や偏見も見逃せない問題といえます。

子どもを望む人々を支えるため、今後は保険適用条件の緩和や費用の適正化、そして柔軟な働き方を推進する職場の意識改革が必要ではないでしょうか。私たちは不妊当事者が孤立せず前向きに輝き、いきいきと過ごせる環境を作るために、共創会議で生まれた知見が社会実装や政策形成に生かされるよう関係各所へ届けていきたいと考えています。

生殖医療の現場医師が指摘する「制度上の3つの課題」

続いて、JISART(日本生殖補助医療標準化機関)理事長/絹谷産婦人科院長の絹谷 正之氏が「不妊治療をめぐる医学的現状」の演題で、日本における生殖医療の現状と臨床現場の課題について解説しました。

年齢・回数制限で妊娠機会の損失か

日本国内では、生殖補助医療(ART)によって年間約8万5000人の子どもが誕生し、全出生児の11.7%(8.55人に1人)を占める時代になりました(2023年時点)。この割合は20年前の約6倍、10年前の約2倍です。保険適用は不妊治療へのアクセスを改善した一方で、現行制度には医学的な観点から見直すべき課題が存在すると考えています。

一つ目の課題は、野曽原氏も述べていた年齢と回数の制限です。日本の不妊治療患者は40代以上の割合が多い傾向にあり、「40歳以上は3回まで」という制限が患者さんの妊娠機会の損失につながっている可能性があります。実際にJISARTの調査では、制限回数を超えて治療を継続した場合でも、一定の確率で妊娠に至っているというデータが確認されています。出産時リスクを考慮した上で年齢制限の線引きを維持するとしても、43歳を超える人でも回数枠内であれば不妊治療を許容するなど、柔軟な運用を検討する余地があります。

「医学的流産」と「行政上の流産」で異なる定義

二つ目の課題は、流産の取り扱いです。現行制度では妊娠12週以降を死産と定義しており、妊娠12週未満は流産扱いとして保険適用の治療回数を1回分消費したとカウントされます。しかし、流産の原因の約65%は偶発的な胎児の染色体異常です。また、医学的な流産の定義は妊娠22週未満であり、医学的定義と行政上の定義に乖離が生じています。医療保険上の取り扱いとする以上、どちらの定義を基準にするべきかは見直しが必要と考えます。

流産リスク減らす先進医療PGT-A、保険併用実施は不可

三つ目の課題はPGT-A(着床前胚染色体異数性検査)の保険併用です。PGT-Aは次世代シーケンサーを用いて胚移植の前に染色体数を調べて異常が確認された胚盤胞を除くことにより、流産リスクの減少ならびに着床率の向上が期待される技術です。現在、PGT-Aは先進医療Bに指定されており、保険診療との併用が原則として認められていません。本技術が保険と併用で実施可能になれば、結果に結びつかない移植や流産のリスク削減のみならず、患者さんの負担軽減や医療費の適正化にもつながります。

不妊症の患者さんが直面する「制度の壁」は、医療機関単独では解決できません。JISARTは今後も蓄積されたデータを共創会議へ提供し、2028年の診療報酬改定に向けて、国や行政が納得できる論理的提言の作成に協力していきます。

不妊治療で産業界が担う役割-政策提言、社会実装、啓発

産業界からは2企業が登壇し、メルクバイオファーマ株式会社 代表取締役社長のジェレミー・グロサス氏は「不妊治療をめぐる社会環境の変革に向けたビジョンとロードマップ」の演題で、ヴィトロライフ株式会社 コマーシャル部門 最高執行責任者の阿木 宣親氏は「不妊治療をめぐる共創の意義と参画企業の役割」の演題で、それぞれ講演しました。

メルクバイオファーマ、社会を変革する「3つの行動軸」提示

メルクバイオファーマでは「As One for Patients」というビジョンのもと、患者さんが直面する課題軽減のために立ち向かっています。2017年より、「YELLOW SPHERE PROJECT(YSP)」という活動を通じて不妊治療の啓発やそれに通ずるライフプランニング、プレコンセプションケア、およびファミリーフレンドリーな社会の実現に向けた理解推進に取り組んできました。しかし2022年の保険適用拡大後も、依然として不妊治療を受けられる患者さんは、治療サイクルの制限や年齢制限といった制度上の壁、そして治療と仕事の両立を難しくする職場での制約といった社会的な壁に引き続き直面しています。そして不妊治療をめぐる課題は複雑であり、単一組織による解決はもはや不可能です。「子どもを授かりたい」と願うすべての人をサポートする社会インフラへと進化しなければなりません。そのためには患者、医学界、産業界が対等に対話する“共創”の枠組みが不可欠です。

2028年の診療報酬改定は、日本の不妊治療の未来を形作る可能性を秘めた重要なマイルストーンになると考えています。成果へとつなげるため、我々は以下の通り、3つの戦略的な行動軸を追求します。

1:政策提言
医学的および経済的エビデンスに基づき、年齢や回数制限の妥当性の再評価や保険適用範囲の見直しなどについて政策立案者に働きかけます。

2:社会実装
不妊治療とキャリアの両立を支援している企業のベスト・プラクティス・モデルを特定し、可視化することで、支援の枠組みを社会全体に広げることを目指します。

3:啓発と教育
プレコンセプションケア(将来の妊娠に向けた健康管理)の理解を促進し、すべての世代で生殖リテラシーを向上させます。

メルクバイオファーマ、社会を変革する「3つの行動軸」提示

ヴィトロライフ、科学的知見で議論の橋渡しを担う

ヴィトロライフグループは、胚を連続観察できるタイムラプス技術搭載の専用機器や、PGT-Aを含む包括的な遺伝子検査サービスを提供しています。本会議参画における当社の最大の役割は、世界の臨床データと科学的知見を用いて議論の橋渡しをすることだと考えています。医師の専門知識、当事者の声、産業界の実行力がそろうことで、制度改善に必要な説得力を持った提言が可能になるでしょう。政策決定を後押しできるよう、科学的根拠を整理し提示してまいります。

*「社会で支える不妊治療共創会議」には上記の登壇者のほか、蔵本ウイメンズクリニック 理事長/院長 蔵本 武志氏、英ウィメンズクリニック 理事長 塩谷 雅英氏、株式会社ニコンソリューションズもコアメンバーとして参画しています。
*本稿には特定の治療法についての記述がありますが、情報提供のみを目的としたものであり、医療上の助言や受療促進などを目的とするものではありません。