アルツハイマー病の脳内変化は30年前から始まる? 身近な「あの検査」で早期診断可能な未来も

認知症は「年を取れば仕方ない」「予防は難しい」病気というイメージが根強く、症状が出てから初めて向き合うケースが少なくありません。しかし近年、アルツハイマー病では発症の20〜30年前から脳内変化が始まっていること、そしてその兆候を血液検査で捉えられる時代が近づいていることが分かってきました。今回は、アルツハイマー病と認知症の違い、診断技術の最新動向、誰もが実践できる認知症予防の具体策について、マウントサイナイ医科大学 老年医学・緩和医療科の山田悠史先生が堀江貴文氏との対談形式で解説を行いました。
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山田 悠史(米国老年医学専門医)
マウントサイナイ医科大学 老年医学・緩和医療科 アシスタントプロフェッサー。2008年慶應義塾大学医学部卒。東京医科歯科大学医学部附属病院(現・東京科学大学病院)にて初期研修後、米国ニューヨークのマウントサイナイ医科大学ベスイスラエル病院内科、同大学病院老年医学科フェローを経て現職。2021年、日本における新型コロナウイルスワクチンの正確な情報発信と医療現場の負担軽減を目的に「コロワくんサポーターズ」を結成し、LINEチャットボット「コロワくんの相談室」をリリース。同年、医療従事者向け医療英語学習プログラム「Medical English Hub(めどはぶ)」を設立し、代表を務める。フジテレビ系列「FNN Live News α」公式コメンテーター、Podcast「山田悠史の医者のいらないラジオ」パーソナリティ。 著書に『最新科学が覆す 体にいいのはどっち?』(サンクチュアリ出版)、『認知症になる人 ならない人 全米トップ病院の医師が教える真実』(講談社)などがある。日本総合内科専門医、米国内科専門医、米国老年医学専門医。

堀江 貴文(実業家/一般社団法人予防医療普及協会 理事)
福岡県出身。実業家、著作家、投資家、タレント。東京大学在学中にライブドアの前身となるオン・ザ・エッヂを設立し、IT企業として急成長させる。プロ野球球団買収やニッポン放送への敵対的買収など、その型破りな手法で世間の注目を集めた。現在は予防医療普及協会の理事を務め、医療業界にも携わるほか、ロケット開発を行うインターステラテクノロジズのファウンダー、会員制オンラインサロン「堀江貴文イノベーション大学校(HIU)」の主宰、SNS media&consulting株式会社のファウンダーなど多岐にわたる分野で活動している。
アルツハイマー病とはどのような病気? 認知症との違いは?

編集部
アルツハイマー病とはどのような病気でしょうか?
山田先生
アルツハイマー病は、特定の異常なタンパク質が脳の中に蓄積して脳がダメージを受け、記憶や判断などの認知機能が低下していく進行性の病気です。現時点では確実に進行を止める治療は確立していません。
編集部
アルツハイマー病と認知症は混同されがちですが、実際には別物なのでしょうか?
山田先生
アルツハイマー病は「原因」、すなわち脳で何が起きているかを指す言葉です。一方、認知症は「症状・状態」を表し、記憶を中心とした認知機能障害が成人以降に起こり、日常生活に支障が生じた状態を指します。したがって、アルツハイマー病による変化があっても認知症の症状がない方もいれば、認知症があっても原因がアルツハイマー病ではない方もいます。
編集部
アルツハイマー型認知症という言葉もありますが、これはどのような意味なのでしょうか?
山田先生
認知症の原因がアルツハイマー病の場合、アルツハイマー型認知症と呼びます。原因(病理)と症状(状態)を分けて理解することが、正しい情報整理の第一歩になります。
脳で何の変化が起こっている? 「アミロイド」と「Pタウ」の正体とは
編集部
アルツハイマー病では、脳内でどのような変化が起こるのでしょうか?
山田先生
主に2つの変化が知られています。1つはアミロイドと呼ばれる物質がプラーク(塊)として蓄積することです。もう1つはタウというタンパク質が異常な形になり、脳内に蓄積することです。とくに異常リン酸化したタウは、Pタウと呼ばれます。
編集部
アルツハイマー病で起こる脳内の変化と順番について教えてください。
山田先生
アルツハイマー病の進行は、A(アミロイド)→T(タウ)→N(神経変性)の順に起こると捉えられています。まずアミロイドが蓄積し、次にPタウが増えます。Pタウが増えると神経に障害が起こり、脳が萎縮します。この結果、認知症の症状につながるという流れです。
負担の少ない血液検査によるアルツハイマー病診断の未来

編集部
これまでアルツハイマー病はどのように診断されてきたのでしょうか?
山田先生
医師の診察と認知機能テストに加え、原因となるタンパク質を評価するために、髄液検査(腰のあたりから針を刺し、脳や脊髄の周りの液体を採取して調べる検査)やPET検査(陽電子放出断層撮影)などが用いられてきました。いずれも時間・費用・侵襲(痛みや負担)の面でハードルが高い検査です。
編集部
最近、血液検査でアルツハイマー病を診断できる時代が近いと聞きます。実際に進歩してきているのでしょうか?
山田先生
米食品医薬品局(FDA)は2025年5月16日、血液中のp-tau217とβ-アミロイド1-42という物質の比を用いた血液用体外診断用医薬品を承認し、低侵襲な方法でアルツハイマー病における脳の変化を捉える道が開けました。両者の比率は脳内のアミロイドプラークの有無と相関しており、この比を見ることでアルツハイマー病の診断補助ができる可能性が示されています。
編集部
今後、健康診断で認知症の血液検査が受けられるようになる可能性はありますか?
山田先生
現時点ではまだ、その段階には至っていません。FDAの承認も、本検査は単独のスクリーニング目的ではなく、物忘れなどの症状がある方に対して、診察や認知機能テストと組み合わせて行うという位置づけです。したがって現状は、症状のない人が自主的に受ける検査というより、診断をより正確にするための補助ツールといえます。ただし将来的には低侵襲検査としての普及に伴い、無症状の段階からリスクを把握し予防介入につなげるといった使い方も視野に入ってくる可能性があります。
アルツハイマー病は20〜30年間無症状? 長い助走期間が示す「予防の重要性」
編集部
アルツハイマー病は認知症状が表れる20〜30年前から始まるという話を耳にしますが、本当でしょうか?
山田先生
認知症発症の20〜30年前から脳内で変化が始まっていると考えられています。認知症の発症時点から巻き戻すと、アミロイドの蓄積が20〜30年前、Pタウの増加が25年前、脳萎縮が15年前から始まると考えられています。たとえば70歳で認知症を発症した場合、40歳代から脳内変化が始まっていた可能性があります。
編集部
不安になる事実ですが、見方を変えると「予防できる期間」が長いとも言えますね。
山田先生
おっしゃる通りです。現状はアルツハイマー病診断に使う場面が中心ですが、将来的にPタウを下げる介入方法が確立すれば、コレステロール値を測って心筋梗塞を予防するように、Pタウを測って将来の認知症リスクを下げるという予防医療の発想が現実味を帯びてきます。
最大45%は防げる? 生活習慣でリスク下げられる可能性も

編集部
認知症は予防できないという声も根強いですが、最新の医学的な知見はいかがでしょうか?
山田先生
近年は、認知症の発症リスク全体を100%とした場合、そのうち最大45%は、生活習慣や環境などの修正可能な要因で説明できる可能性があると報告されています(Lancet. 2024 Aug 10;404(10452):572-628)。つまり、遺伝など変えられない要因もある一方、日々の選択でリスク低減に寄与できる部分が半分近くあるということです。ここで重要な点は、根拠のある要因に焦点を当てることです。
編集部
「変えられるリスク」として具体的にはどのような要因が挙げられますか?
山田先生
たとえば、難聴、喫煙、高血圧、アルコール、頭部外傷、身体活動の低さ、社会的孤立、視力の問題などです。幼少期の教育機会も含め、人生の各段階でリスクが整理されており、多くは日々の選択や医療アクセスで改善余地があります。
編集部
すぐに実践できる予防のポイントを教えてください。
山田先生
「これで認知症が予防できる」などと謳った派手な情報に飛びつくのではなく、運動、血圧・糖代謝・脂質の管理、難聴対策、頭部外傷の予防、そして社会参加による孤立の回避といった、再現性の高い対策を積み上げることが現実的です。
血液検査が拓く「発症前」へのアプローチ。治療から予防へ、認知症対策の転換
堀江氏
血液検査でアルツハイマー病の兆候が分かるようになってきたという話は非常にインパクトがありますよね。一方で個人的には「このような技術が確立されるまで、なぜこれほど時間がかかったのか」とも感じるのですが、技術的には何が大きく変わったのでしょうか。
山田先生
最大の要因は血液検査の精度向上です。血液中には非常に多くのタンパク質が含まれているため、以前はアルツハイマー病と関係の深いPタウの安定的かつ正確な測定が難しい状況でした。しかし近年、特定のタンパク質だけを高精度で検出できる技術が進歩したことから、実用化の段階に入ったと考えられています。
堀江氏
発症までに20〜30年のタイムラグがある、という話を聞くと、正直かなり怖いですよね。一方で、血液検査があるなら、まだ症状はないけれど将来認知症の発症リスクが高い人を見つけられるのではないかとも思います。実際に、発症前の患者さんはすでに確認されているのでしょうか。
山田先生
認知症の症状はないものの血液検査でPタウが高い方を対象に、経過観察を行った研究ではすでに確認されています。さらに近年Pタウは、神経障害や認知機能低下を比較的正確に予測しやすい指標であることも示されてきており、早期介入を考えるうえで重要な手がかりになりつつあります。
堀江氏
最近はアルツハイマー病の治療薬も話題になりますが「思ったほど効果が感じられない」という声も耳にします。個人的には「そもそも使うタイミングが遅すぎるのでは」と感じるのですが、この点はいかがでしょうか。
山田先生
非常に重要な視点だと思います。現在の治療薬は主にアミロイドを標的にしていますが、最近の研究でアミロイドの蓄積量と神経障害は必ずしも強く相関しないことが分かってきました。一方で、Pタウは神経変性や認知機能低下とより関連が深い可能性が示唆されています。
加えて、治療開始時点ではすでに脳の萎縮がかなり進行しているケースが多く、タイミングの問題も効きにくさの一因だと考えられます。
堀江氏
そのように考えると、症状が表れてから高額な薬を使うよりも、もっと早い段階で運動や生活習慣の改善に取り組んだほうが現実的で、コストパフォーマンスも高いように感じます。
山田先生
血液検査によって比較的負担の少ない形でアルツハイマー病の兆候を捉えられるようになれば、運動や生活習慣の見直し、既存薬の活用といった介入を、より早い段階で検討できるようになります。これこそが現在注目されている「予防医療としての認知症対策」です。
堀江氏
一方で、世の中には「認知症予防」という言葉のもとに、科学的根拠が定かではないサプリメントや情報が多く出回っているのも事実ですよね。個人的には一番の問題だと感じています。
山田先生
だからこそ、科学的根拠が積み重なってきた生活習慣や医療介入という側面にきちんと光を当てる必要があります。血液検査の進歩は診断を楽にするだけでなく「本当に意味のある予防とは何なのか」を見極めるための基盤にもなります。正しい情報を伝えていくことが重要だと考えています。
編集後記
今回の対談では、アルツハイマー病は症状が表れる20〜30年前から脳内の変化が始まるという事実が明示されました。しかし、この一見不安な事実は、予防に取り組むための期間が長いという“希望”でもあります。血液検査の進歩により、認知症は今後「発症前からリスクを把握し備える病気」へと位置づけが変わる可能性があります。一方で、いまだ根拠に乏しい情報が溢れている点も見逃してはなりません。運動や生活習慣の管理といった確かな対策を積み重ねることが、将来の認知症リスク低下につながります。本稿が、一人ひとりが今からできる予防を考えるきっかけとなれば幸いです。
なお、メディカルドックでは病気の認知拡大や定期検診の重要性を伝えるため、闘病者の方の声を募集しております。皆さまからのご応募お待ちしております。



