「海外で承認された薬が使えない」ドラッグ・ロス/ラグ解消目指し厚労省が相談窓口事業開始

海外で使える薬があるのに日本に入ってこない「ドラッグ・ロス」、日本で使えるようになるまでに長い時間がかかる「ドラッグ・ラグ」を、産官学協働で解消するための国際共同治験ワンストップ相談窓口事業「ENSEMBLE x J(アンサンブル・クロス・ジェイ:以下ExJ)」が、まずはがん領域で始動しました。日本に拠点を持たない海外の製薬ベンチャーなどに対してさまざまなサポートを提供し、新薬が迅速に患者さんに届くことを目指す事業です。2026年2月17日に東京都内で行われた説明会から、この事業の狙い、日本におけるドラッグ・ロス/ラグの現状と課題などについてまとめました。
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新興バイオ企業が日本で治験を行う環境構築が必要
欧米では承認されているのに日本では承認されていない医薬品は2023年3月時点で143品目あり、うち86品目については国内開発*未着手でした(厚生労働省の集計)。
ドラッグ・ロス/ラグが生じる背景として、国立がん研究センターの間野博行理事長は「日本国内に開発拠点を持たないEBP(Emerging Biopharma:新興バイオ医薬品企業)による創薬が増加していること、小児用医薬品や希少疾患用医薬品などの国際共同治験に日本が乗り遅れていること」があると指摘します。
薬剤のモダリティー(創薬基盤技術の方法・手段の分類)が変化して開発の主体がEBPとなっている現状で、日本におけるドラッグ・ロスを抑えるためにはEBPが日本市場を意識して日本で治験を実施するような環境を構築していくことが必要とされています。
国立がん研究センター中央病院 国際開発部門の中村健一部門長は「海外の創薬企業の本社に行って、もっと日本に治験に来てくださいとアピールしています。ところが、日本では費用がかかる、承認までに時間がかかる、手続きなどが煩雑――といった誤解があると、強く感じます」と話します。こうした誤解を解き、日本の治験環境についての事実をタイムリーに正しく、もれなく伝えることが足りていないのではないかという認識が、ExJの背景にあるといいます。
*医薬品の開発:医薬品の開発プロセスには「探索研究」「開発研究」「臨床研究」の3段階があり、ヒトを対象とした治験を経て国の承認を得る過程も「開発」に含まれます。

「本当に必要なもの」を見分ける“目利き”の重要性
ただし、海外で承認された薬をすべて日本に持ってこなければならないというわけでもありません。令和6(2024)年度厚生労働科学特別研究事業「ドラッグ・ロスの実態調査と解決手段の構築」(研究代表者:国立がん研究センター中央病院先端医療科 佐藤潤医員)での整理によると、前述の国内開発未着手86品目のうち「グループA(開発の必要性が特に高い医薬品)」に分類された医薬品は14品目であった一方、「開発の必要性がない」あるいは「すでにドラッグ・ロスが解消されている」に分類された医薬品も計20品目ありました。
中村部門長は「アカデミア(大学や公的研究機関)がしっかりと関与して、本当に必要なものを優先度高く入れるような仕組みが必要だと考えます」と、“目利き”の重要性を指摘しました。
そのうえでExJがすべきことは、日本の治験環境に関する正しい知識をアピールする、日本における開発の必要性に関する専門家の意見を届ける、日本で開発するためのコンサルテーションといった機能を提供する――ことだといいます。また、実際の事業ではCRO(開発業務受託機関)や、販売チャンネルを持つ製薬企業とのマッチング機能も求められます。
全ナショナルセンターと連携、全領域で取り組みを
ExJは、日本に開発拠点がない海外バイオテック企業などを対象に、日本での治験実施や承認申請に向けた開発に関する相談やコンサルティング、マッチング支援などを通じて積極的に支援することによってドラッグ・ロス/ラグ解消を目指すものです。厚生労働省の事業で、国立がん研究センターが中心となりPMDA(医薬品医療機器総合機構)と連携して実施します。
がん領域での「プレキックオフ」という位置づけでスタートしましたが、ドラッグ・ロス/ラグの品目はがん領域に限られません。2026年度(4月)以降、国立がん研究センター以外の全ナショナルセンター(国立循環器病研究センター、国立精神・神経医療研究センター、国立健康危機管理研究機構、国立成育医療研究センター、国立長寿医療研究センター)とも連携し、あらゆる領域のドラッグ・ロス/ラグ対策に取り組んでいくといいます。
中村部門長は今後の展開について「諸外国では猛烈に治験の誘致活動が行われており、我々もそれらに伍してしっかりとアピールしていく必要があります。アピールするだけではなく、治験がやりやすいような国内の制度改革も同時に進め、それをタイムリーに伝えることが我々の使命だと思います」と説明しました。
「受け」「攻め」の戦略で日本と世界の懸け橋に
ExJが対象とするものとして、一つには海外で開発もしくは発見されてベンチャー化している製品の、日本での開発促進があります。これを「受けの戦略」と呼んでいます。
日本で事業展開を考えている海外のバイオテック企業がウェブサイトやメーリングリストから登録するとすぐに相談ができる体制を確立。実際に展開を検討する段階では、日本市場における可能性やポテンシャルなどに関して日本の専門家が検討した結果のレポートを提供します。相手企業がさらに相談を希望した場合、コンソーシアムに参加している日本の製薬メーカーやCROとのマッチングを行うまでがExJとしての公式なアクションになります。ただし、その先も両者が良好な関係で開発できるよう、引き続き随伴サポートを提供します。
もう一つ、「攻めの戦略」もあります。日本のメーカーがほしい、患者さんが必要としている、もしくは日本の医師が患者さんを治療するうえで「ほしいけれどない」薬をしっかり見極め、海外企業へ積極的に働きかけて日本に持ってくるというケースです。製薬メーカーやCROの希望を聞き、海外のバイオテック企業に対して、革新的な薬になる可能性について研究者視点からのアドバイスや、目的とは異なる疾患で開発中の薬について「この疾患で日本の企業と話をしませんか」と対象疾患を変えての開発提案などをします。
企業のコンソーシアムへの参加費は無料で、開発に関するノルマなどはありません。

国立がん研究センター研究所 ビジョナリー戦略室の鈴木敦室長は「日本のドラッグ・ロス/ラグを解消したいというパッションを持っている相手と、関係を構築したい」と、参入を呼びかけました。
間野理事長は「私が理事長に就任したときに自分に命じたのは、ドラッグ・ロス/ラグ解決に全力を傾けるということでした。転換点となるようなワンストップサービス事業が立ち上がることを幸せに思います。ENSEMBLE x Jが、日本と世界をつなぐ窓口、懸け橋になることを願っています」と期待を述べました。




