人口減少で医療崩壊? 中小病院2600の生き残りをかけた現実と希望とは

全国約2600の会員を擁する「全日本病院協会」。その新会長に就任した神野正博氏が、人口減少時代における中小民間病院の厳しい現実と、それでも前を向く経営哲学を語りました。「経済予測と違って人口予測は基本的に当たる」。この冷徹な事実を前に、地域医療を支える中小病院はどう生き残りを図るべきか。30年の経営経験と革新的な取り組みから導き出された、具体的かつ実践的な解決策にメディカルドックが迫りました。
目次 -INDEX-

監修医師:
神野 正博(全日本病院協会会長)
全日本病院協会とは—— 2600の中小民間病院が集う、経営者たちの砦
編集部
はじめに、全日本病院協会について教えてください。
神野会長
全日本病院協会は、主に中小民間病院が集まる団体です。ただし、公立病院の大規模施設も加盟しており、純粋な民間病院だけの組織ではありません。ほかの病院団体と比較すると、医療法人協会は医療法人に限定され、日本病院会は国公立・公的病院が多く加盟しているという特徴があります。
編集部
民間病院の経営者は、どんな特徴があるのでしょう?
神野会長
2040年問題—— 「経済予測と違って人口予測は基本的に当たる」
編集部
人口減少が医療に与える影響をどうお考えですか?
神野会長
興味深いのは、国民医療費が毎年1兆円増加している一方で、病院経営は赤字に苦しんでいることです。高齢化により医療需要は増えているはずなのに、パラドックスが生じているのです。
編集部
医療費は増えているのに赤字の理由にはどんなことが考えられるのですか?
神野会長
診療報酬の引き上げという議論も出ていますが、行政は価格を上げる代わりに量を絞る可能性が高い。総医療費を抑制しようとする力学が働くからです。
編集部
病院の統廃合も避けられないということでしょうか?
神野会長
公民格差の構造的問題——「根比べ」で先に倒れるのはどちらか
編集部
公立病院と民間病院の格差についてはどうお考えですか?
神野会長
公立病院のあり方には、どうしても政治的な要素が絡みます。市長や知事の意向が大きく影響するため、合理的な議論が難しい。極論すれば、財政破綻でもしない限り、この構造は変わらないかもしれません。
本来、補助金による補填のない民間で対応可能な医療サービスまで公立病院が担う必要があるのか、この根本的な問いに、社会全体で向き合う時期に来ています。
編集部
中小民間病院の役割とは何でしょうか?
神野会長
編集部
具体的にはどんな場面で必要になるのでしょうか?
神野会長
また、風邪をこじらせて軽い肺炎になった患者さんにも必要でしょう。点滴のために1日3回通院するのは現実的ではありません。3〜4日の入院で集中的に治療を受けられる環境が必要なのです。
編集部
在宅医療の限界もあるということですね。
神野会長
共同購入で年間数千万円削減—— 日本ホスピタルアライアンスの実践
編集部
コスト削減の具体策について、伺ってもよろしいでしょうか?
神野会長
私が立ち上げた日本ホスピタルアライアンス(NHA)という共同購入組織には、多くの病院が参加しています。現在は大規模病院が中心ですが、スケールメリットを生かした大幅なコスト削減を実現しています。
編集部
中小病院向けの仕組みもあるのですか?
神野会長
DX加算などの診療報酬を当てにする声もありますが、本質的な解決にはなりません。人手不足の時代、テクノロジーと共同購入による効率化こそが生き残りの鍵となります。
医療ツーリズムより現実的な「ふるさと納税型」医療支援
編集部
医療ツーリズムについて神野会長のご意見をお聞かせください。
神野会長
タイのバムルンラード病院のような医療ツーリズム専門施設と、日本の地域医療を担う病院では、そもそも土俵が違います。我々はまず日本国民のための医療を確立すべきです。
編集部
では、新たな収益源として何が考えられますか?
神野会長
社会医療法人や持ち分なし医療法人への寄付に、ふるさと納税と同様の全額控除制度を導入できれば、新たな資金調達の道が開けます。
編集部
返礼品なども考えられますか?
神野会長
編集部
診療報酬改定についてはどうお考えですか?
神野会長
国の裁量一つで赤字にも黒字にもなる。こんな不安定な経営環境はほかに例がありません。
編集部
安定した経営の見通しが必要ということですね。
神野会長
「復活プロジェクト」—— 地域の健康を足元から支える
編集部
現在取り組んでいる健康支援事業について教えてください。
神野会長
多くの方が左右のバランスの悪さや、かかと重心・つま先重心といった癖を持っています。かかと重心は転倒リスクが高く、つま先重心は安定します。こうしたデータに基づいて歩くことの楽しみの復活や転倒予防プログラムを提供しています。
編集部
地域の反応はいかがですか?
神野会長
編集部
今後の展望についてもお聞かせください。
神野会長
私の世代の発想には限界があります。若い世代は、我々が想像もつかない革新的なアイデアを持っているはずです。その可能性に期待しています。
編集部
対応型ではなく提案型を目指すということですね。
神野会長
国民向けのYouTube番組の制作も検討中です。3分程度の短い動画で、わかりやすく医療の現状と未来を伝えていきたい。国民との対話こそが、医療改革の第一歩だと信じています。
編集部まとめ
「病院の7割は民間」「人口予測は基本的に当たる」。この厳しい現実を直視しながらも、神野会長が示した中小病院の生き残り戦略は、決して悲観的なものではありませんでした。
共同購入による年間数千万円規模のコスト削減、寄付金税制を活用した新たな資金調達、「復活プロジェクト」のような地域密着型の健康支援事業。いずれも机上の空論ではなく、実践に裏打ちされた具体的な解決策です。
特に印象的だったのは、「地域の駆け込み寺」としての中小病院の存在意義への揺るぎない確信でした。診療報酬改定に翻弄されるのではなく、2060年を見据えた長期ビジョンを若手経営者と共に描こうとする姿勢は、閉塞感漂う医療界に新たな希望をもたらすものだと感じました。


