目次 -INDEX-

  1. Medical DOCTOP
  2. 医科TOP
  3. コラム(医科)
  4. 人口減少で医療崩壊? 中小病院2600の生き残りをかけた現実と希望とは

人口減少で医療崩壊? 中小病院2600の生き残りをかけた現実と希望とは

 公開日:2025/11/07

全国約2600の会員を擁する「全日本病院協会」。その新会長に就任した神野正博氏が、人口減少時代における中小民間病院の厳しい現実と、それでも前を向く経営哲学を語りました。「経済予測と違って人口予測は基本的に当たる」。この冷徹な事実を前に、地域医療を支える中小病院はどう生き残りを図るべきか。30年の経営経験と革新的な取り組みから導き出された、具体的かつ実践的な解決策にメディカルドックが迫りました。

神野 正博

監修医師
神野 正博(全日本病院協会会長)

プロフィールをもっと見る
社会医療法人財団董仙会恵寿総合病院理事長。1995年から病院経営に携わり、日本初となる医療機関でのSPD導入、PHS導入、クレジットカード決済、院内コンビニ併設など、他業界の手法を医療に積極的に取り入れてきた革新的経営者。2024年1月の能登半島地震では被災地の医療支援に尽力し、全国キー局のテレビ出演も多数。2024年6月28日、全日本病院協会会長に就任。日本ホスピタルアライアンス(NHA)という共同購入組織を立ち上げるなど、中小病院の経営改善にも尽力。「明るく楽しく前向きに(ATM)」がモットー。

全日本病院協会とは—— 2600の中小民間病院が集う、経営者たちの砦

編集部編集部

はじめに、全日本病院協会について教えてください。

神野 正博先生神野会長

現在、会員数は約2600まで増加しており、順調に拡大しています。医師会との大きな違いは、医師会が医師個人を会員とするのに対し、我々は病院そのものが規模に関わらず1会員となる点です。

全日本病院協会は、主に中小民間病院が集まる団体です。ただし、公立病院の大規模施設も加盟しており、純粋な民間病院だけの組織ではありません。ほかの病院団体と比較すると、医療法人協会は医療法人に限定され、日本病院会は国公立・公的病院が多く加盟しているという特徴があります。

編集部編集部

民間病院の経営者は、どんな特徴があるのでしょう?

神野 正博先生神野会長

我々の会員は、真の意味で経営に責任を持つ人々です。民間病院が主体ですから、理事長や院長は借り入れ時に個人保証を求められ、返済の重い責任を背負います。返済不能となれば、倒産か廃業という苦渋の決断も迫られる。そうした覚悟を持った経営者が集まる組織なのです。

2040年問題—— 「経済予測と違って人口予測は基本的に当たる」

編集部編集部

人口減少が医療に与える影響をどうお考えですか?

神野 正博先生神野会長

経済予測と違い、人口予測は基本的に外れません。だからこそ、確実に対応する必要があるのです。人口減少はマーケットの縮小を意味し、地方ではその影響がより顕著に現れます。

興味深いのは、国民医療費が毎年1兆円増加している一方で、病院経営は赤字に苦しんでいることです。高齢化により医療需要は増えているはずなのに、パラドックスが生じているのです。

編集部編集部

医療費は増えているのに赤字の理由にはどんなことが考えられるのですか?

神野 正博先生神野会長

問題の本質は、収益からコストを差し引いた利益にあります。物価高騰と賃金上昇でコストが急上昇しているため、いくら医療の量が増えても、利益がマイナスなら結果もマイナスになってしまうのです。

診療報酬の引き上げという議論も出ていますが、行政は価格を上げる代わりに量を絞る可能性が高い。総医療費を抑制しようとする力学が働くからです。

編集部編集部

病院の統廃合も避けられないということでしょうか?

神野 正博先生神野会長

統廃合は選択肢の一つです。しかし我々は、集約だけでなく戦略的撤退や業態転換も含めて、あらゆる可能性を検討すべき段階にきています。

公民格差の構造的問題——「根比べ」で先に倒れるのはどちらか

編集部編集部

公立病院と民間病院の格差についてはどうお考えですか?

神野 正博先生神野会長

全国の支部から必ず挙がるのが「公民格差の是正」という声です。政治家にも訴えていますが、構造的な問題であり、一朝一夕には解決できません。現状は、補助金を潤沢に受ける公立病院と我々民間病院が、いわば「根比べ」の状態にあります。どちらが先に持続不可能になるか、そんな不毛な競争を強いられているのが実情です。

公立病院のあり方には、どうしても政治的な要素が絡みます。市長や知事の意向が大きく影響するため、合理的な議論が難しい。極論すれば、財政破綻でもしない限り、この構造は変わらないかもしれません。

本来、補助金による補填のない民間で対応可能な医療サービスまで公立病院が担う必要があるのか、この根本的な問いに、社会全体で向き合う時期に来ています。

編集部編集部

中小民間病院の役割とは何でしょうか?

神野 正博先生神野会長

数の上では、日本の病院の約7割が民間病院です。「これを全て潰して本当に良いのか」という問いかけが必要です。病院と診療所の決定的な違いは入院機能の有無です。20床以上の入院機能を持つ病院は、地域にとって不可欠な「駆け込み寺」なのです。

編集部編集部

具体的にはどんな場面で必要になるのでしょうか?

神野 正博先生神野会長

例えば、激しい腰痛で動けない患者さんですね。「家で安静に」と言われても、食事も入浴も、排泄さえ困難です。そんな時、1〜2日でも入院できる場所があれば、心強いと思います。

また、風邪をこじらせて軽い肺炎になった患者さんにも必要でしょう。点滴のために1日3回通院するのは現実的ではありません。3〜4日の入院で集中的に治療を受けられる環境が必要なのです。

編集部編集部

在宅医療の限界もあるということですね。

神野 正博先生神野会長

まさにその通りです。在宅医療を継続するためにも、それをバックアップする入院機能は不可欠です。この役割こそ、地域に根ざした中小民間病院の存在意義だと考えています。

共同購入で年間数千万円削減—— 日本ホスピタルアライアンスの実践

編集部編集部

コスト削減の具体策について、伺ってもよろしいでしょうか?

神野 正博先生神野会長

コスト削減は喫緊の課題です。医薬品や医療材料だけでなく、電気の共同購入やコピー機、医療機器まで、あらゆる分野で共同購入の仕組みを構築しています。

私が立ち上げた日本ホスピタルアライアンス(NHA)という共同購入組織には、多くの病院が参加しています。現在は大規模病院が中心ですが、スケールメリットを生かした大幅なコスト削減を実現しています。

編集部編集部

中小病院向けの仕組みもあるのですか?

神野 正博先生神野会長

中小病院でも活用できる仕組みの構築を進めています。九州で中小病院向けのモデル事業を開始しており、成功すれば全国展開を検討します。

DX加算などの診療報酬を当てにする声もありますが、本質的な解決にはなりません。人手不足の時代、テクノロジーと共同購入による効率化こそが生き残りの鍵となります。

医療ツーリズムより現実的な「ふるさと納税型」医療支援

編集部編集部

医療ツーリズムについて神野会長のご意見をお聞かせください。

神野 正博先生神野会長

医療ツーリズムの収益貢献度は限定的です。通常の病院には1日800〜1000人の患者さんが来院しますが、医療ツーリズムでそれだけの集客は不可能です。単価が高くても全体への影響は薄いのです。

タイのバムルンラード病院のような医療ツーリズム専門施設と、日本の地域医療を担う病院では、そもそも土俵が違います。我々はまず日本国民のための医療を確立すべきです。

編集部編集部

では、新たな収益源として何が考えられますか?

神野 正博先生神野会長

寄付金税制の活用に注目しています。能登半島地震ではクラウドファンディングで多くの支援をいただきましたが、寄付者への税制優遇がありませんでした。

社会医療法人や持ち分なし医療法人への寄付に、ふるさと納税と同様の全額控除制度を導入できれば、新たな資金調達の道が開けます。

編集部編集部

返礼品なども考えられますか?

神野 正博先生神野会長

健診の割引券などを返礼品として提供することも可能でしょう。地域医療を支える新たな仕組みとして、大きな可能性を秘めています。

編集部編集部

診療報酬改定についてはどうお考えですか?

神野 正博先生神野会長

2年ごとの診療報酬改定に一喜一憂する業界体質から脱却すべきです。2年後、4年後の見通しが立たない不透明な業界に、誰が希望を持てるでしょうか。銀行も融資を躊躇します。

国の裁量一つで赤字にも黒字にもなる。こんな不安定な経営環境はほかに例がありません。

編集部編集部

安定した経営の見通しが必要ということですね。

神野 正博先生神野会長

物価や賃金にスライドする明確なルールが必要です。上昇時は診療報酬も上げ、下降時は下げる。そうした予測可能な制度設計が求められます。30年間のデフレ時代とは異なる、インフレ時代の新たな枠組みが必要なのです。

「復活プロジェクト」—— 地域の健康を足元から支える

編集部編集部

現在取り組んでいる健康支援事業について教えてください。

神野 正博先生神野会長

「復活プロジェクト」「Foot活」という語呂合わせで、足の健康づくりに取り組んでいます。センサー付きのベルトを装着して10m歩くだけで、歩行の癖やバランスをAIが解析し、可視化します。

多くの方が左右のバランスの悪さや、かかと重心・つま先重心といった癖を持っています。かかと重心は転倒リスクが高く、つま先重心は安定します。こうしたデータに基づいて歩くことの楽しみの復活や転倒予防プログラムを提供しています。

編集部編集部

地域の反応はいかがですか?

神野 正博先生神野会長

非常に好評です。公民館などに出向いて、ワンコイン(500円)で歩行解析をおこない、改善体操を指導しています。「見える化」により、参加者の健康意識が大きく変わりました。出前講座の依頼も増えており、地域の健康づくりに確かな手応えを感じています。

編集部編集部

今後の展望についてもお聞かせください。

神野 正博先生神野会長

病院のあり方に関する報告書作成を、若手病院経営者に全面的に委ねる準備を進めています。委員会メンバーを刷新し、次世代の視点で未来を描いてもらいます。

私の世代の発想には限界があります。若い世代は、我々が想像もつかない革新的なアイデアを持っているはずです。その可能性に期待しています。

編集部編集部

対応型ではなく提案型を目指すということですね。

神野 正博先生神野会長

まさにその通りです。厚生労働省の方針に対応するだけでなく、我々から2040年、2060年の医療ビジョンを提示したい。強い決意を持っています。

国民向けのYouTube番組の制作も検討中です。3分程度の短い動画で、わかりやすく医療の現状と未来を伝えていきたい。国民との対話こそが、医療改革の第一歩だと信じています。

編集部まとめ

「病院の7割は民間」「人口予測は基本的に当たる」。この厳しい現実を直視しながらも、神野会長が示した中小病院の生き残り戦略は、決して悲観的なものではありませんでした。

共同購入による年間数千万円規模のコスト削減、寄付金税制を活用した新たな資金調達、「復活プロジェクト」のような地域密着型の健康支援事業。いずれも机上の空論ではなく、実践に裏打ちされた具体的な解決策です。

特に印象的だったのは、「地域の駆け込み寺」としての中小病院の存在意義への揺るぎない確信でした。診療報酬改定に翻弄されるのではなく、2060年を見据えた長期ビジョンを若手経営者と共に描こうとする姿勢は、閉塞感漂う医療界に新たな希望をもたらすものだと感じました。

この記事の監修医師