“病”院をぶっ壊せ! 全日本病院協会・神野会長が語る医療の未来図とは?

2024年6月28日、全日本病院協会の新会長に就任した神野正博氏(恵寿総合病院理事長)。就任演説で発した「病院をぶっ壊せ」という衝撃的な発言が医療界に波紋を広げています。人口減少という避けられない未来を前に、従来の病院経営では生き残れない。30年の経営経験と数々の日本初の取り組みから導き出した、医療機関の革新的な未来像とはどういうことなのか。メディカルドックが取材しました。

監修医師:
神野 正博(全日本病院協会会長)
目次 -INDEX-
“病”院をぶっ壊せ—— 衝撃発言に込められた真意
編集部
2024年6月28日の会長就任演説で“病”院をぶっ壊せ、と仰っていましたが、どういった意味なのか教えてください。
神野会長
病院の“病”は病気や怪我を意味します。しかし、病気や怪我の患者さんを治療して「はい、さようなら」と送り出すだけでは、私たちの仕事はなくなってしまいます。
つまり、従来の「病院」という概念そのものを破壊し、再構築する必要があるのです。病院の“病”にカッコをつけて、その固定観念を打ち破る。高齢社会では同じ患者さんが何度も医療機関を利用します。そのエコシステム、循環システムを構築し、包括的なケアを提供しなければ生き残れません。
編集部
“病”院ではなく、どのような方向を目指すべきなのでしょうか?
神野会長
特に全日本病院協会の会員の多くを占める中小民間病院にとって、この転換は生き残りの鍵となります。生活支援や健康増進といった「病」以外の領域に早急に進出しなければ、マーケットの縮小とともに仕事そのものが消滅してしまう。そう強く警鐘を鳴らしたいのです。
30年前の経営危機—— 「泥船に乗っていられない」と言われた試練
編集部
神野会長は30代から病院経営に携わってこられたそうですね。
神野会長
それまで銀行といえば、定期預金口座を作ればティッシュペーパーをくれる優しい場所だと思っていました(笑)。しかし現実は違った。支店長から「ボーナスはどう工面するのですか? うちは融資しませんよ」と冷たく突き放されました。銀行の怖さを身をもって知った瞬間でした。
編集部
賞与カットまで決断されたのですね。
神野会長
楽しかった記憶は薄れても、苦しいときの記憶は一生消えません。しかし驚いたことに、文句を言いながらも、多くの職員が残ってくれました。彼らがついてきてくれたからこそ、再建を果たせたのです。
編集部
その経験が今の経営哲学につながっているのですね。
神野会長
コンビニエンスストアから学んだ物流革命—— 日本初の挑戦の数々
編集部
神野会長は他業界から学んだイノベーションが多いと伺いました。
神野会長
編集部
具体的にはどんなことを導入されたのですか?
神野会長
90年代当時でさえ、私たちの日常生活ではクレジットカード決済は当たり前でした。「なぜ病院だけが例外なのか」この素朴な疑問から始まりました。健診ではクレジットカード決済を導入している施設もありましたが、通常の医療費での導入は前例がありませんでした。カード会社に相談したところ、すぐに協力を得られ、実現に至りました。
編集部
電子カルテも早期から導入されていたそうですね。
神野会長
既製服のように標準化されたシステムを使う代わりに、価格を抑える。これが基本方針です。最近導入した施設から「全然要望を聞いてくれない」と苦情を受けることがありますが、「だからこそ、この価格で導入できるのです」と説明しています(笑)。
生成AIで年間4000万円削減—— デジタル革命の最前線
編集部
最近は医療DXにも力を入れているそうですね。
神野会長
当院では生成AI導入により、時間外手当が大幅に削減されました。年間の効果を計算すると、4000万円から5000万円の削減を実現しています。
もちろん、職員の時間外手当としての手取りが減少する面はありますが、その分はベースアップで対応しています。。現代の若い世代にとって、長時間労働よりもワークライフバランスの充実の方が重要でしょう。
編集部
スマートウォッチを使った新事業も始めていると伺いました。
神野会長
将来的には、退院後も希望者にスマートウォッチを購入していただき、継続的な健康管理サービスを提供することも視野に入れています。
高齢者のベッドにはセンサーが設置されていますが、リハビリ中やトイレ、歩行時の状況は把握できません。転倒してもリアルタイムで検知できない。スマートウォッチなら、転倒検知はもちろん、リハビリ時の心拍数変化まで、全てのデータを収集できる可能性があります。
編集部
人員配置基準についてはどうお考えでしょうか?
神野会長
重症患者さんが多く在院日数が短い急性期病院は確かに忙しく、人手が必要です。しかし、DXやロボティクスの導入により少人数でも運営可能になってきています。問題は、現行制度では人員配置が診療報酬に直結するため、効率化が逆にペナルティになってしまうことです。
護送船団方式からの決別—— 「ATM」で切り拓く未来
編集部
全日本病院協会会長として、どのような方針で臨まれますか?
神野会長
危機感を共有し、変革への意志を持つ人々と手を携えて前進したい。そこで会長就任演説では「ATM(明るく楽しく前向きに)」というモットーを掲げました。危機的状況だからこそ、前向きな姿勢で乗り越えようというメッセージです。
編集部
診療報酬改定についてはどうお考えですか?
神野会長
急激な量の削減は、現場の病院にとって致命的です。新たな地域医療構想や診療報酬による集約化の動きも注視が必要です。
編集部
厚生労働省の方針に従うだけではダメだと?
神野会長
現在、「病院のあり方報告書」の作成を若手経営者に委ねる準備を進めています。私が提唱する「健院」やエコシステムの概念を超える、革新的なアイデアが生まれることを期待しています。
編集部
今後の情報発信についてはどうお考えですか?
神野会長
医療界という「小さな池」の中だけで議論していても意味がない。この認識を強く持っています。国民に直接メッセージを届ける必要があるのです。
編集部まとめ
「病院をぶっ壊せ」。この衝撃的な言葉の背後には、30年の経営経験に裏打ちされた深い洞察と、医療の未来への強い危機感がありました。
1990年代の経営危機で「泥船」と罵られながらも、他業界の知恵を貪欲に吸収し、日本初の試みを次々と実現してきた神野会長。その革新的な取り組みは、PHSやクレジットカード決済の導入から、生成AIによる年間4000万円のコスト削減、スマートウォッチを活用した新サービスまで、常に時代の最先端を走り続けています。
医療界という「小さな池」から飛び出し、国民との直接対話を目指す姿勢も印象的でした。医療の未来は、医療者だけでなく、私たち国民一人ひとりが当事者として考え、行動すべき課題であることが、神野会長のインタビューから見えてきました。


