「未来の糖尿病治療」は自動でインスリンを注入できる? 最新技術が切り拓く糖尿病治療を専門医が解説
糖尿病治療は今、患者さんの生活に寄り添う形で進化し続けています。最新技術である「インスリンポンプ」や「連続血糖測定(CGM)」が実現した治療の自動化に加え、大規模なリアルワールドデータの活用も注目されています。AIやリモートモニタリングがもたらす近い将来の糖尿病治療は、どのように変化するのでしょうか? 国立国際医療研究センター糖尿病情報センター長の大杉満先生に解説していただきました。
監修医師:
大杉 満(国立国際医療研究センター 糖尿病情報センター長)
臨床試験とJ-DREAMSの違いとは
編集部
糖尿病治療が進歩するためには、どのような手続きが必要なのでしょうか?
大杉先生
医療の進歩には「臨床試験」という大規模なテストが必要です。臨床試験とは、新しい治療法や薬の効果を確認するために、多くの患者さんの協力のもとにおこなわれます。小規模な試験でも被験者が3000人ほど、大規模な場合は1万5000人以上が対象になることもあります。非常に厳格な方法で進められ、何十人もの医療スタッフがデータを正確に評価するため、試験は最低でも3年ほどかかります。
編集部
この方法における問題点はあるのでしょうか?
大杉先生
臨床試験の結果が実際の医療に反映されるまで、5年ほどかかることが一番の問題です。この間に新しい治療法や技術がどんどん進歩してしまうため、試験が終了した段階で、試された治療法が古くなってしまう場合もあります。
編集部
J-DREAMS(診療録直結型全国糖尿病データベース事業)とは、どのようなことができる事業なのでしょうか?
大杉先生
J-DREAMSは「リアルワールドデータ」を活用し、実際の医療現場で使用される薬や治療法と、その結果(患者さんの健康状態など)を集めたデータベースです。臨床試験と比べると厳密さは劣りますが、様々な方法を用いて信頼度の高いデータを集めることができます。これにより、臨床試験では得られないような薬の使い方や組み合わせの効果を探ることが可能になります。
編集部
臨床試験との違いについて具体的に教えてください。
大杉先生
通常の臨床試験では、薬の組み合わせについて比較できるのは限られた数、例えば2〜3通りの組み合わせだけです。一方で、J-DREAMSのデータを活用すると、多くの薬の組み合わせを調査することができ、糖尿病治療薬に関しては約1400通りの異なる組み合わせがあるようです。このように、多様な組み合わせをデータに基づいて検討できるのがJ-DREAMSの大きな特徴です。
糖尿病治療とJ-DREAMSの可能性を知る
編集部
実際の糖尿病治療の現状はどのような診察がおこなわれているのですか?
大杉先生
現在の臨床ですと、例えば「ヘモグロビンA1cを見ると血糖が高い状態なので、もう1つ薬を増やす必要があります」といった説明が一般的です。また、多くの臨床試験から得られたデータで、半年後に「ヘモグロビンA1cがどの程度下がるか」の予測はできますが、患者さんは千差万別なので、実際に治療してみないと結果はわからないのが現状です。
編集部
J-DREAMSの仕組みを使うと、どのような変化が期待できますか?
大杉先生
J-DREAMSのデータを活用する仕組みができあがれば、同じような背景を持つ患者さんに対して、具体的な薬剤や治療の効果を個別の患者さんに合わせて説明できます。たとえば、「3ヶ月後や6ヶ月後にはヘモグロビンA1cがこのくらい下がるでしょう」と伝えることで、患者さんの理解を深めることができると思います。
編集部
改めて、J-DREAMSの仕組みを使うメリットを具体的に教えてください。
大杉先生
1つは大規模なリアルワールドデータを活用できる点、もう1つは、個別化医療が可能になる点です。AIや機械学習を用いて、どのような背景を持つ患者さんに対してどの薬が選ばれやすいかを総合的に分析できます。具体的には、血糖コントロールや肥満、腎機能など、さまざまな要素を考慮しながら、治療効果の期待値を算出できると考えています。
最新技術とAI活用の可能性とは
編集部
近年の臨床現場において、技術的な面での画期的な変化はありますか?
大杉先生
世界的に注目されている技術の1つに「インスリンポンプ」があります。これは、毎日の注射が不要で、持続的にインスリンを注入できる技術です。また連続血糖測定(CGM)システムと連携させることで、アプリケーションを通じてインスリンの注入量を自動的に調整してくれます。患者さんの血糖値の変動を2週間ほど記録し、そのデータを基にインスリン量を補正してくれる機能があります。
編集部
インスリンポンプや連続血糖測定(CGM)システムに今後期待する点はどのようなことでしょうか?
大杉先生
食事による血糖値の変動は、患者さん自身の食事内容や量を基に手動で調整する必要があるため、現時点では完全な自動化には至っていません。しかし、CGMとインスリンポンプの技術が進化したことで「人工膵臓」と呼ばれるほど、血糖コントロールが劇的に改善されつつあります。これは、今後のインスリン治療の未来像を示していると考えています。
編集部
リモートでのモニタリングは、糖尿病患者の生活習慣改善にどのように役立つと考えられますか?
大杉先生
CGMの導入により、治療薬だけでなく生活習慣が血糖値にどう影響しているかを目に見える形で把握できるようになりました。例えば、食べたものや運動した内容が血糖値の変動にどう影響するかが分かるため、患者さんは「食事内容や体の動かし方によっては血糖値が上がる・下がるかもしれない」と日常生活で意識するようになります。また、医療者と患者さんが共通のデータを見ながらコミュニケーションを取れるため、生活習慣の改善や薬の調整について、より効果的なアドバイスを提供できるようになりました。
編集部
AI(人工知能)を活用した糖尿病管理システムは期待される効果について教えてください。
大杉先生
将来的には、患者さんと伴走してくれるようなデバイスができれば理想的だと考えています。例えば、1週間ほど装着するだけでAIが生活習慣を分析し、「あなたの生活はこういった傾向がありますよ」とフィードバックをくれる技術や、体調が悪い時にデバイスを数日つけると、AIが体調の変化を察知してくれるようなシステムができればと期待しています。
編集部まとめ
糖尿病治療は、AIやリモートモニタリングなどの最新技術やデータを活用して大きく進化しています。インスリンポンプや連続血糖測定(CGM)による自動化が進み、患者さん自身が血糖値の変動を把握しやすくなっています。さらに、リアルワールドデータの活用により、より実践的で患者さんの日常生活に寄り添った治療が可能になると期待されているようです。本稿が糖尿病治療への理解を深める一助となれば幸いです。