つらい思い「上手に話そうと思わなくて大丈夫」 孤独な若者と向き合う訪問看護 #今つらいあなたへ
若者の孤立が社会問題化する中、看護師という立場で支援にあたる中川麻衣子さん。不登校の子どもたちに向けた訪問看護に取り組み、「うまく言い表せない『モヤモヤした困りごと』があるのなら、身近な人に一度話をしてみてほしい」と語りかけます。看護師の視点から、若者の孤独感や自殺願望の背景にある複雑な要因に迫りました。
監修看護師:
中川 麻衣子(看護師)
目次 -INDEX-
自傷繰り返した少女 戸惑いながらも打ち明けた気持ち
「どうしていいかわからないの」
17年前、児童思春期を対象とする精神科病棟で看護師として勤務していた中川麻衣子さん(45)に対し、入院していた18歳の少女がつぶやきました。
「彼女は週末に外泊したり、自宅で家族と過ごしたり、友人とも穏やかに過ごしていましたが、主治医以外に死にたい気持ちがあることを伝えられず、あるがままの自分を表現できないという感覚を抱きながら、自傷を繰り返していました」(中川さん)。
その日、少女はナースステーションの近くで何かを話したそうに立っていました。転職したばかりで児童思春期の精神科分野での経験が浅かった中川さんは「不意に話した言葉が相手を傷つけてしまったらどうしよう」と不安を抱きつつ、 勇気を出して声をかけてみました。すると、少女は戸惑いながらも「今、とてもつらい気持ち」と話してくれました。
その場ではそれ以上の会話はありませんでしたが、その日を境に少しずつ中川さんは少女と話をするようになりました。
「あなたの気持ちを全て理解できるとはいえない、でもあなたの話を聞いて一緒に考えていきたい」
中川さんがありのままの気持ちを伝え続けると、少女は「死にたい気持ち」について話してくれるようになったといいます。
この出会いは中川さんに大きな影響を与えました。退院後の生活環境、家族や友人との関係、社会との繋がり。これらすべてが重要だと考え、退院後の支援や地域でのケアについて、深く調べるようになったといいます。同時に、日本のメンタルヘルスの予防対策や地域における支援などが不足していると感じるようにもなりました。
つらい気持ちを「上手に話そうと思わなくて大丈夫」
中川さんのキャリアのなかでも特徴的なのが、2021〜2023年まで勤めた東京都福祉保健局自殺総合対策室での経験です。厚生労働省による労働安全衛生調査などから、コロナ禍の生活が多くの人のメンタルヘルスを悪化させていることを認識し、危機感を抱いていたと中川さんは話します。とくに若者たちへの影響は深刻で、学校や職場に行けなくなり、人との接触が制限される中で、多くの若者が孤立感を深めていったそうです。
研修やパンフレットなどの作成業務に携わっていた中川さんは、相談するハードルを感じやすい方ができるだけ気軽に行動してもらえるように、相談窓口のリーフレットに「上手に話そうと思わなくても大丈夫」「一言でもいいから話してみてください」というフレーズを入れました。
中川さんが制作に関わった自殺予防のリーフレット(東京都保健医療局提供)
中川さんは「困っている人は言葉に出ない場合が少なくない。上手く話せなくていいから、とりあえず何かを表出していただく、その表出されたものから困りごと等の悩みを探っていくということが大事だと思っています」と力を込めます。
また、都庁では様々な職種の研修にも触れ、その重要性を認識したそうです。中川さんは、救急隊員の方々に自傷行為や自殺を企図された方への対応を学んでもらうための自殺対策研修を企画しました。
自傷行為を発見したほとんどの人が119番通報をしますが、一般的には軽傷であれば止血の処置をして終わりになってしまうケースが多いといいます。
自傷行為や自殺企図に及んだ方の再発を防ぐためには、救急隊員を含めた関連職種の方やその場にいる人たちが、適切に相談窓口や専門家に繋ぐことも重要だと指摘します。
当事者だけでなく遺族の支援も重要だといいます。身近な人の自殺によって孤独や責任を感じ、その思いをどこに相談したら良いのかわからないケースは多いのです。
東京都は2024年6月に「とうきょう自死遺族総合支援窓口」を公開しました。自治体による遺族支援は珍しく、悩みを抱える人の受け皿になり得るとして、この取り組みをより多くの人に知ってほしいと中川さんは感じています。
訪問看護の道へ 悩んでいる人と伴走
これまでの経験を踏まえ、より子どもたちと近い距離で支援に携わるため、中川さんは現在、不登校の子どもなどの支援に特化した訪問看護ステーションで働いています。
「とくに不登校の生徒たちは、学校にも病院にも行けず、家族ごと社会から孤立してしまうケースが多いです。子どもたちの生活に直接入って支援でき、これまでの自分の経験を活かすことができると思いました」
一方で、訪問看護だけで全てが解決できるとも思っていません。学校、児童相談所、子ども家庭支援センター、放課後等デイサービスなど、地域との協働が必要だと感じています。
当事者やご家族の悩みを解決するというよりも、伴走していくイメージで活動を続けています。
「死にたい」という言葉の裏にある「死ぬほどつらい」という思い
悩みを抱える若者に向けて、中川さんが一番伝えたいことは「上手に話そうと思わなくても大丈夫。まずはご自身の悩みを一言でも話してみてください」ということです。
「言葉にならないモヤモヤした気持ちが自分の中にあって、普段の生活を維持することが難しく感じるような時は相談する時なのかもしれません。一歩とは言わず、半歩くらい踏み出す気持ちで、行動してもらえたらと思います」
また、周りにいる人に対しては、「まずは本人の様子がいつもと違うと感じたときに、声をかけてみてください『今日はいつもと様子が違うね』など、相手を気にかけるような言葉をかけてみていただくと良いかもしれません」と強調します。
中川さんは、「死にたい」という言葉の裏に「今の状況から逃れたい」や「助けてほしい」といった悲鳴に似た気持ちがあることを多くの人に知ってほしいと感じています。
「相談を受けた側も、『自分がなんとかしないと』と思って一人で抱え込みすぎないことも大切なことです。ぜひ相談窓口に繋げるなど専門家を頼っていただきたいです」
※この記事はMedical DOCとYahoo!ニュースによる共同連携企画です。