「人生会議」とは? 誰にでもやってくる「もしものとき」に備えてしておいてほしいこと
急な事故や病気と言えば、何を思い浮かべますか? 医療ドラマなどで見かけるのは、救急車で運ばれ、命がつながり、どんどん回復していくような姿ではないでしょうか。しかし、実際の医療現場では、患者さんを取り巻く人々の「葛藤」が大きく治療を左右するということがあるようです。今回は、「もしものとき」に備えて今から私たちがどのようなことをできるかについて、看護師として「ACP(アドバンス・ケア・プランニング)」の普及活動をおこなっている橋本さんにお話を伺いました。
著者:
橋本 あり菜(看護師)
共著:
大森 泉(看護師)
医療現場における「方針を決定すること」の難しさ
編集部
医療では、実際にどのようなことがおこなわれているかわかりづらいと感じるのですが、看護師さんの立場としてはどのように感じていますか?
橋本さん
私は病院に入職したときに、それまでの医療現場のイメージと大きなギャップを感じました。それは、本人が意思決定をできない状況において、身内の方が突然「治療方針の決断を迫られる」ことがあるということです。
編集部
「本人が意思決定をできない」というのは、具体的にはどんなときですか?
橋本さん
例えば、認知症やほかの病気などが原因で医師の話を聞き、自分で方針を決めることが難しい場合があります。その際、代わりに説明を受けて治療方針を決定するのが、ご家族やその患者さんにとって大切な人です。若い患者さんの場合でも、事故や病気などにより意識不明の状態で、本人の意思を確認できない場合もあります。
編集部
そのような状況での決断はとても難しそうですね……。
橋本さん
おっしゃる通りです。突然の事故や病気が大切な人に起こったとき、その人の人生について大きな決断を下すことはとても困難です。その理由として、病気や治療についての医学用語が難しく、これから先どのようになるのか、その治療にどんなメリットやリスクがあるのかを想像するのが難しいことが挙げられます。例えば、「人工呼吸器を着けるか、着けないか」、「延命のために薬を使うか、使わないか」など、判断をする機会は様々です。実際、私の看護師としての経験として「患者さんの意思と反していた」なんてこともありました。だからこそ、そんな誰にでも突然起こり得る状況に備える必要があると思います。そのような場合に役立つのが「ACP」の考え方です。
ACP・人生会議とは?
編集部
ACPとは何ですか?
橋本さん
ACPとは「アドバンス・ケア・プランニング」の略で、「万が一のときに備えて、自分自身の大切にしていることや望み、どのような医療やケアを望んでいるかについて、自分自身で考えたり、大切な人と話し合ったりするプロセス」のことを言います。日本語では「人生会議」と表現することもあります。
編集部
「エンディングノート」とは違うのでしょうか?
橋本さん
はい、異なります。エンディングノートのように決めたことを書くだけではなく、「大切な人と話し合いを重ねる」ことがACPの特徴的な点です。話し合いを重ねることで、両者の気持ちや考えの過程を共有することが大切です。また、価値観は日々変化していくので、1回きりではなく、繰り返しおこなうのがいいと思います。「家族が集まるお正月に」「わかりやすく誕生日に毎年」などにおこなっているという話もあります。機会は人それぞれでいいので、年齢や健康状態に関わらず自分自身がこれからどう生きていきたいのかを考えたり、人生観や価値観を考えたりしていくことが、ACPをしていく上での大きなポイントとなります。
編集部
具体的には、どのようなことをおこなうのですか?
橋本さん
一番大事なのは、自分が「どんな価値観を大切にしたいか」です。これまでの人生を振り返ったり、これからの人生を考えたりして、「もしものときに自分の代わりに想いを伝えてくれる人」は誰かを考えます。その人たちと、自分の人生観や希望する医療やケアの方針について共有し合うという流れが一般的です。かかりつけ医がいる場合は、ご自身の病気について聞いておくことも大切です。
どのようにACPをおこなえばいい?
編集部
ACPが大切だということはわかりました。しかし、話の切り出し方がわかりません。人生の最期について家族と話すのはすごく難しそうですね。
橋本さん
私も以前はそうでした。2年ほど前は、インターネットで検索しても情報があまり出てきませんでしたが、現在はACPの概念や必要性は広まりつつあると感じます。例えば、カードゲームでお互いの価値観を話し合える「もしバナゲーム」や、質問に答えると自分の考えをまとめられる「ゼロからはじめる人生会議」といったACPのきっかけ作りをしてくれるコンテンツも増えています。私が所属するAC&LPという団体でも、手渡すと大切な方との話し合いのきっかけとなる「生き方デザイン手帳」というコンテンツを作成しました。
編集部
様々な方法があるのですね。それに、コンテンツに沿って進めると話しやすそうですね。ただ、細かい治療方針や遠い未来のことまで決めるのは難しそうです。
橋本さん
最初から細かく全部を決める必要はなく、「好きなことは何?」「どこで過ごしたい?」など何気ない価値観を共有するだけでいいんです。例えば、大切な人が「最後までこの家で家族と暮らしたい」という価値観を持っていたことを知っていて、それを医療者に伝えることができれば、その価値観に沿った方針を考え、そのお手伝いもしてもらえます。
編集部
今まで 最期について話し合うのはマイナスなイメージがありましたが、お互いにとって大切なことなのですね。
橋本さん
その通りです。ACPを元に医療を考える際は、「自分がどんな価値観を大切にして生きたいか」が重要です。そして、人生の終わりについて考えることで、これからの人生や周りの人を大切にすることにもつながると思います。難しいと感じると思いますが、じつは私も少しずつ家族と進めています。もし、治療方針の悩みが出たときや決断が難しいと感じたときには、医療者に「ACP・人生会議について相談したい」と伝えて、自分自身の人生観や価値観を元に考えてみてはいかがでしょうか。
編集部まとめ
自分が受けたい治療は何かを考えるのは難しいと感じましたが、「自分が何を大切にして生きていきたいか」というところから始めればいということがわかり、なんだか身近に感じました。最初家族に切り出すときは勇気がいりますが、もしものときのことを考えると、自分のため、ひいては家族のためにもACPについて考える機会を設けてもいいのではないでしょうか。