最新「がんゲノム医療」について、がん薬物療法専門医が解説 ~個別化されたがん医療とは?~
がんの新たな治療方法として、精密検査にもとづき個別のがんに対して治療する個別化医療(プレシジョンメディシン)が登場しました。そんな最新のがん医療「がんゲノム医療」について、江戸川病院腫瘍血液内科部長、がん薬物療法専門医の明星智洋先生に話を聞きました。
監修医師:
明星 智洋(江戸川病院)
現在は江戸川病院腫瘍血液内科部長・東京がん免疫治療センター長・プレシジョンメディスンセンター長を兼任。血液疾患全般、がんの化学療法全般の最前線で先進的治療を行っている。朝日放送「たけしの健康エンターテインメント!みんなの家庭の医学」などテレビ出演や医学監修多数。日本臨床腫瘍学会がん薬物療法専門医・指導医、日本血液学会血液専門医・指導医、日本化学療法学会抗菌化学療法認定医・指導医、日本内科学会認定内科医、日本がん治療認定医機構がん治療認定医。
個別化した最新のがん医療について知る
編集部
がんゲノム医療とはどのようなものですか?
明星先生
がんゲノム医療とは、患者さんのがん細胞もしくは血液中のタンパク質に対するがんゲノム検査(がん遺伝子パネル検査)によって、100種類程度のがん遺伝子を網羅的に調べ、見つかったがん遺伝子の変異に対して分子標的薬などを投与する治療です。
編集部
がんの持っている遺伝子と分子標的薬とのマッチングを行うようなイメージでしょうか?
明星先生
その通りです。この20年で出てきた分子標的薬を、上手く使いこなす医療とも言えます。たとえば、肺がんの検査をしてALK遺伝子という遺伝子が見つかった場合、ALK遺伝子に対応する分子標的薬を服用することで、ALK遺伝子が減少していき、結果としてがんが縮小していきます。
編集部
この治療は保険診療内で行えるのですか?
明星先生
ケースによって違います。「肺がんの方へのALK遺伝子に対応する分子標的薬の使用」は保険適用となります。一方、たとえば大腸がんの患者さんでALK遺伝子が見つかった場合も、同じ分子標的薬を使えば治療効果が期待されます。しかし、大腸がんの方に対して肺がんの薬を使用することは保険で認められていないので、同じ薬を使う場合でも大腸がんの方は自費で治療するということになってしまいます。
編集部
保険診療と自費診療の場合で手順に違いはありますか?
明星先生
がんゲノム検査が保険適用になるには、すでに標準治療が終了している状況で、他に治療法がない方に限られます。がん細胞、もしくは血液の検査を行います。期間としては、次世代シークエンサーという機械でがんゲノムを解析するまでに約1カ月、その後エキスパートパネルという有識者(臨床医、病理医など)による治療の検討会議で約1カ月かかるため、結果が分かるまでに2カ月程度を要してしまいます。
編集部
自費診療の場合は、結果が分かるまでの期間が短縮されるのでしょうか?
明星先生
最短で1週間程度です。当院の場合、急がなければならない状況のケースでは、来院いただいた日に採血をして、その日のうちにアメリカのガーダント社というがんゲノム検査において最大手の会社に検体を送っています。すると、1週間程度で結果が送られてきますので、その翌日には結果をお伝えできます。がん細胞を採取する必要がなく、結果も早く分かることで、患者さんの負担は少ないと考えています。
がんゲノム医療の可能性
編集部
がんゲノム医療の将来像はどのようなものなのでしょうか?
明星先生
通常は、臓器別のがん治療を行なっています。胃がんであれば消化器外科・内科、肺がんであれば呼吸器外科・内科が診ます。しかし、がん薬物療法専門医は、臓器横断的にどのがん種であっても化学療法を行えるため、臓器はどこであっても関係ありません。ゲノム変異に対応することが治療の近道だと考えていますし、今後は遺伝子別のがん治療に変化していくのではないかとも考えています。実際に、腫瘍内科やゲノム診断科というような診療科もできてきています。
編集部
がんゲノム検査は末期の方に対する治療ということでしたが、ステージが早い方でも使える可能性はあるのですか?
明星先生
現在は、末期がんでほかに治療法が無い人を対象に、ゲノム医療を行っていますが、もっと活用方法があると考えています。たとえば、手術でがんを切除した人の再発予防や、早期がんでもハイリスクと言われた場合などに、治療を追加するかどうかの判断に使用することも考えられます。
編集部
様々ながんの状態に適応できる可能性があるのですね。
明星先生
はい。さらに、コストの問題はありますが、がん検診にも使えるのではないかと思っています。胃カメラや大腸カメラを行う前に血液検査を実施して、がん遺伝子があった場合にのみカメラで検査をすると、患者さんの負担が減ると考えます。このような臨床試験がアメリカでは進んでいます。
がんゲノム医療の限界
編集部
がんゲノム医療の可能性をすごく感じました。反対に、がんゲノム医療でできないことはありますか?
明星先生
がん遺伝子を調べたときに、ゲノム変異が見つかったとしても、まだこの世の中に薬が開発されてないということがあります。または、国内に薬があったとしても、適応外使用する場合は製薬会社から買うことができませんので、海外から個人輸入しなければいけません。さらに、費用の問題があります。具体的に、薬価だけで、月々30〜100万円程度、薬剤によっては数百万円かかる場合もあります。
編集部
なるほど。薬の個人輸入はどのような手順で行われているのですか?
明星先生
医師個人が公的機関に届け出てから輸入する形になります。また、薬の到着までに3~4週間かかりますので、治療開始が遅くなってしまいます。
編集部
ほかに障壁となり得ることはあるのでしょうか?
明星先生
何科の医師が患者さんを診るのか、というところです。たとえば、肺がんの患者さんに大腸がんの薬を使用するときに、呼吸器内科の医師は大腸がんの薬に詳しくない、消化器内科の医師は肺がんに詳しくないですよね? そこで、がん薬物療法専門医が登場するのですが、約1600人しかいませんので、診る医師が少ない事も障壁だと考えています。
気をつけてほしい「トンデモがん治療」
編集部
最後に、これだけ進化しているがん医療ですが、患者さんが医療を選ぶときに気をつけてほしいことはありますか?
明星先生
今の時代、様々な自費診療があります。中には、間違った医療を行なっている自費診療も存在します。インターネット上にたくさんの情報がありますが、医師でもわからない部分がありますので、患者さんが判別することはさらに難しいと思います。しかし、院長のプロフィールを見て、がんと全然関係ない経歴の方が行っているがん治療は、「トンデモ医療」である場合が多い気がします。
編集部
確かにインターネットの情報を判別することは難しいと感じます。誰に相談すると良いのでしょうか?
明星先生
明確な答えはないと思うのですが、自分が困った時のホームドクター(家庭医)を作っておくことは大事だと思います。ホームドクターがいなければ、セカンドオピニオンに行くという方法もあります。セカンドオピニオンであれば、主治医に言いづらい事も相談できると思いますし、そうすることで、トンデモ医療に引っかからないと思います。がん医療の場合は、がん薬物療法専門医がいる病院にセカンドオピニオンに行くことをお勧めします。日本臨床腫瘍学会のホームページにがん薬物療法専門医の一覧が出ていますので、そこから検索することも可能です。
編集部まとめ
がんゲノム医療の内容、有用性や今後の可能性について、大変勉強になりました。様々な障壁がある中で、実践されていらっしゃる数少ない医師のお一人、明星智洋先生に貴重な話を聞くことが出来ました。さらに、自費診療が多く存在する今、医療に対して不安を感じる事も少なくないはずです。怪しい医療に惑わされないためにも、ホームドクター、セカンドオピニオンを考える一助となれば幸いです。
医院情報
所在地 | 〒133-0052 東京都江戸川区東小岩2-6-1 |
アクセス | JR「小岩駅」から京成バス2番乗場から72番系統バスにて約8分「江戸川病院」下車すぐ 京成線「江戸川駅」から徒歩15分 |
診療科目 | 内科、糖尿病内科、循環器内科、神経内科、消化器内科、腫瘍血液内科、呼吸器内科、膠原病内科、外科、整形外科、外科、泌尿器科、心臓血管外科、ほか多数 |