I-HDF(間歇補充型血液透析濾過)とは? 従来の透析方法との違いを医師が解説
透析とは「水分や老廃物の引き算」と言えるでしょう。水分を引くスピードが適切でないと、血圧が下がるようです。そこで、正確な引き算についての最新事情を「医療法人社団大坪会 東和透析クリニック」の大坪先生に解説いただきます。
監修医師:
大坪 茂(東和透析クリニック)
引くスピードが早すぎると、低血圧が起きる
編集部
腎臓疾患が重篤化すると、血液透析を受けることになるんですよね?
大坪先生
血液透析以外にも、腹膜透析や腎移植、保存的腎臓療法があります。それぞれ利点・欠点があるので、患者さんやご家族とよく話し合い、治療法を吟味することが重要です。我が国の現状では、大部分の患者さんが血液透析をおこなっています。血液透析の場合は週3回、各4時間程度、透析施設に通院して治療を受けるのが一般的です。自宅に透析装置を設置する在宅透析も、少数ですがおこなわれています。
編集部
血液透析の目的は、老廃物の除去と水分調整ということでいいでしょうか?
大坪先生
はい。腎臓が悪くなると十分な尿が排泄できなくなり、余分な水分や毒素が体に蓄積されます。なお、血液透析は「拡散」と「濾過(ろか)」という仕組みを利用しています。「拡散」は、水の中に青いインクを垂らした際、均一の青い水になる現象で、血中の老廃物が濃度勾配に従って透析液へと移動していきます。一方の「濾過」では、血液側に圧力をかけ、強制的に水分や老廃物を移動させます。透析液と血液は「小さな穴の空いた膜」で遮られ、膜の穴より小さな老廃物や水分だけが移動します。
編集部
血液透析では、血圧が下がることがあると聞きますが?
大坪先生
あり得ます。透析によって血管内の血液から直接、水分を取り除くので、循環血液量が減少し、心拍出量が低下して、血圧低下を起こすことがあります。ただし、余分な水分は血管の外にもあって、むくみの原因になっています。透析では、こうした血管外の水分が血管の中に引き込まれます。しかし、そのスピードに限界があるため、時間あたりの除水量にも限りがあります。
編集部
血管外の水分が引き込まれるスピードは、人によって違うのですか?
大坪先生
はい、まず体格に左右されます。体格の大きい人ほど、血管外から血管内に移動する水分量が多いですね。また、どれだけ余分な水分が血管外にあるかによっても左右されます。さらに、栄養状態が悪く、血中のアルブミンなどのタンパク質が少ないと、水分を血管内に引き込む量は少なくなります。
透析中の低血圧を予防する「I-HDF」の仕組み
編集部
上記のような問題点は改善されないのでしょうか?
大坪先生
2007年に「I-HDF」という新しいタイプの透析療法が発表されました。I-HDFでは30分に1回などの頻度で、血液中に100~200mlほどの補液を急速におこない、補液した分も含めて除水をします。その利点の一つは、透析中の低血圧の回避が挙げられます。I-HDFでは補液することで、一過性に循環血液量が増えることと、より多くの血管外の水分が血管の中に引き込まれるため、透析中の低血圧を予防できると考えられています。
編集部
ほかにI-HDFには、どのような効果がありますか?
大坪先生
末梢循環の改善効果があります。低血圧状態になると、血管は収縮して血圧を保とうとします。この収縮が起きると当然、循環は悪くなりますよね。そこで、I-HDFでは、急激に補液をおこなうことで、収縮した血管を広げ、末梢血流を改善させます。補液に伴って末梢血流が増加し、血管外の水分のみならず、老廃物も血管の中に引き込み、透析で効率よく除去できる効果も認められています。
編集部
末梢循環に関連して、下肢切断のような「足が問題になる」のはどうしてですか?
大坪先生
足は長く、心臓から遠いことが関係しています。「酸素や栄養素を多く含んだ血液を最も届かせにくい箇所が足の先」です。そのため、動脈硬化による血流低下の影響を足のつま先が一番受けやすく、血流不足による壊死が起こることがあります。また、ちょっとした傷が原因でそこに感染を合併して傷口がどんどん広がり、下肢切断が必要となる場合もあります。なお、I-HDFを用いたとしても、下肢切断が必要なほどの進行した末梢循環不全の患者さんに対し、手術を回避するまでの効果は、今のところ報告されていません。
編集部
そのほかにも、I-HDFの効果があればお願いします。
大坪先生
先ほど「透析膜の穴」の話をしましたが、この穴は老廃物によって“目詰まり”していきます。このとき、I-HDFで逆向きの補液、つまり透析液側に一時的に圧をかけると、逆流によって目詰まりがある程度は解消され、透析効率を後半まで保ち続けられます。もっとも、直接回路に補液する方法もあり、その場合、この効果はありません。
除水や補液の自動計算化は可能か
編集部
現在、I-HDFは広く導入されているのでしょうか?
大坪先生
I-HDF施行患者数は年々上昇しており、2020年末に4万5162人、全透析患者の約13%に達しています。多くの施設でI-HDFがおこなわれるようになってきたものの、いまだ“限られた医療機関”でしか受けられません。
編集部
大きくまとめると、I-HDFには3つの効果が望めるということでした。
大坪先生
はい。「透析中の血圧の安定」「末梢循環改善」「逆濾過による透析膜の洗浄」ですね。「透析中に随時、少量の補液をする」という考えは以前からありました。今は医師の調整のうえ、機械がおこなってくれるということです。
編集部
最後に、読者へのメッセージをお願いします。
大坪先生
今後は個々の透析患者さんに対して、血圧や循環血液量などをモニタリングしながら補液量や間隔などの条件を設定していくオーダーメイド治療が発展していくでしょう。AIなどの活用によって、「全自動式」の“安全な透析”が可能となるかもしれません。
編集部まとめ
I-HDF登場の背景には、「血圧の安定維持」と「末梢循環改善」という要因があったようです。そのうえで、逆濾過による透析膜の洗浄という効果も期待できます。ただし、「血圧の安定維持」という目的を解決する手段は、ほかにもあります。けっして、「I-HDFを備えていない医療機関だから血圧の安定維持ができない」わけではありません。