エコノミークラス症候群と下肢静脈瘤はどう違うの?
「エコノミークラス症候群は脳血栓を起こす」や「下肢静脈瘤も例外ではない」といった説をみかけます。たしかに血栓は血管の詰まりなのですが、そのことだけで結論を急ぎすぎてはいないでしょうか。足にできる血栓と身体の病気の関係について、「さかえ血管外科・循環器クリニック」の平本先生を取材しました。
監修医師:
平本 明徳(さかえ血管外科・循環器クリニック 院長)
名古屋市立大学医学部卒業。主に心臓血管外科の診療経験を積んだ後の2020年、愛知県名古屋市に「さかえ血管外科・循環器クリニック」開院。6000例以上の手術例を誇る下肢静脈瘤の日帰り治療に注力している。日本外科学会認定外科専門医、日本脈管学会認定脈管専門医・研修指導医、下肢静脈瘤血管内焼灼術指導医、日本静脈学会弾性ストッキング・圧迫療法コンダクター。
下肢静脈瘤とエコノミークラス症候群は違う病気
編集部
血液って、傷口などで固まりますよね?
平本先生
はい。それ以上の出血を防ぐための仕組みといえるでしょう。ただし、かさぶたは血管の内側にもできます。かさぶたが剥がれると、ほかの場所の血管の「栓」になりかねないので厄介ですよね。また、血液はもともとドロドロしていますので、渦を巻いたりすると固まってきます。心臓がテンポよく動いていないと、心臓内で血栓を生じさせることもあるのです。
編集部
「エコノミークラス症候群」にも、血栓が関係しているそうですが?
平本先生
そのとおりです。エコノミークラス症候群で突然、息苦しくなったりするのは、血栓が肺の毛細血管内に詰まってしまうからです。そして、もともとの血栓は、足の静脈で生じることがわかっています。飛行機や新幹線内では長時間、座り続けることで、“お尻の圧”などで足に血液の停滞を起こしているのでしょう。
編集部
それって、下肢静脈瘤とは呼ばないのですか?
平本先生
血栓のできる静脈が両者では異なりますので、「別」と考えます。エコノミークラス症候群が関係しているのは、足の深部を流れる「太い静脈」です。一方の下肢静脈瘤は、見た目のコブが問われるように、もっと皮膚に近い部分の「細い静脈」で生じます。そのため、下肢静脈瘤の中で血栓ができたとしても小さいのです。肺の血管を詰まらせるほどには育ちません。
編集部
一方のエコノミークラス症候群の血栓は、肺を詰まらせるのですね?
平本先生
そうです。太い静脈では、比較的大きな血栓が生じ得ます。そして静脈の血液は、太い血管にまとめられてひとまず心臓に戻り、そこから肺で酸素を補充して、全身に行き渡ります。ですから、静脈でできた血栓にとって「最初に通過する細い血管」が、肺の毛細血管なのです。脳梗塞や心筋梗塞が関係する毛細血管は、肺のもっと先にあります。つまり、下肢静脈瘤にしてもエコノミークラス症候群にしても、脳梗塞や心筋梗塞の原因にはなりにくいということですね。
動脈と静脈でも、それぞれの血栓症に違いがある
編集部
血栓って、静脈に生じるものなのですか?
平本先生
いいえ。「動脈血栓症」と「静脈血栓症」に分かれます。このうち「動脈血栓症」は、動脈硬化の影響によるところが大きいですね。動脈が柔軟なら、血の塊やコレステロールが付いても膨らみます。ところが硬化していると、詰まる一方になりかねません。
編集部
下肢静脈瘤やエコノミークラス症候群は「静脈血栓症」ということですか?
平本先生
はい。「静脈血栓症」の主犯格は、かさぶたなどを固める凝固物質です。遅い流れの中で突然できるのが「静脈血栓症」の特徴で、エコノミークラス症候群のように、そのときの環境にも左右されます。一方、速い流れの中で徐々に詰まっていくのが「動脈血栓症」で、いつかポロっと外れることもあります。
編集部
そして、静脈血栓症なら、脳梗塞や心筋梗塞は起こらないと?
平本先生
「絶対」とは言いきれませんが、可能性は限りなく少ないですね。その理由としては、「静脈でできた血栓にとって最初に通過する細い血管が肺の毛細血管」だからです。詰まるなら肺で詰まるでしょう。
編集部
一方の、動脈でできた血栓は、詰まる場所を問わない?
平本先生
はい。静脈のように心臓や肺に集結せず、全身の各所に出て行く側ですからね。どこかで動脈の血栓ができたら詰まりますし、ポロっと剥がれてほかの場所へ飛ぶこともあるでしょう。どこでできるかも、どこに詰まるかも、予測が困難です。
下肢静脈瘤は予防できる
編集部
話を下肢静脈瘤に戻します。予防ってできるのですか?
平本先生
できます。まずは、日中のお仕事などで「立ちっぱなし」にならないことですね。軽く歩くだけでもいいので、とにかく足を動かすようにしてください。このとき、医療用の弾性ストッキングを装着していると、予防効果はさらに高まります。ただし、治すほどの効果は望めず、あくまで悪化防止が目的です。
編集部
運動はどうでしょうか? ふくらはぎの筋肉を鍛えればいいのでは?
平本先生
ふくらはぎの筋肉が動かなければ、血液を押し上げてくれません。したがって、筋トレというよりも「歩くトレーニング」を心がけましょう。もっとも、筋肉量が増えれば、血液を押し上げる力も増します。歩くことで筋肉が付けば理想的です。
編集部
食事は関係していますか?
平本先生
下肢静脈瘤のような静脈血栓症には、さほど関係していないと思います。食事が関係してくるとしたら、動脈血栓症の方でしょう。いわゆる「ドロドロした血液」に含まれるコレステロールなどによって、詰まりを起こしてきます。
編集部
最後に、読者へのメッセージがあれば。
平本先生
やはり、「根拠のない都市伝説の類いに惑わされないようにしましょう」ということを伝えたいです。わからないことがあったら、その道の専門医師に質問してください。医療機関を、必ずしも「治療の場」だけでなく、「問題解決の場」として活用してみてはいかがでしょうか。
編集部まとめ
エコノミークラス症候群と下肢静脈瘤は別の病気で、生じる場所が異なり、できる血栓の大きさも異なるとのことでした。また、静脈でできた血栓は、あたかもフィルターのような役目を果たしている肺で詰まりやすいそうです。このため、脳血栓や心筋梗塞のリスクファクターとなることは、解剖学的に考えにくいということになります。このように、仕組みがわかれば、難しいことはありません。仕組みを飛ばして結論に急ぐと、得てして都市伝説が誕生してしまうのでしょう。
医院情報
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診療科目 | 血管外科、循環器科、内科 |