「溜める」と「出す」が上手くできなければ「排泄の障害」
排泄の不都合は、60歳以上の8割が抱える問題とも言われます。加齢に伴って、誰にでも起こる可能性はありますが、事前にどのようなトラブルが発生しやすいのかを知り、適切な対応を学んでおけば、問題が大きくなる前に解決の糸口を見つけることができます。今回は、日常生活に大きな影響を及ぼす排泄障害の基本的な知識と、ケアするときの考え方について、「認定排泄ケア専門員」の大関さんにお話を伺いました。
監修:
大関 美里(介護福祉士・社会福祉士)
東北文化学園大学卒業。社会福祉士の資格取得後、特別養護老人ホームにて介護職として働く。祖父の在宅介護、看取りを経験。リアルな現場と祖父の介護経験に対する後悔から、排泄ケアを追及するべくおむつメーカーのケアアドバイザーとなる。その後、一般社団法人にて介護教育や研修の意義を痛感。2017年より、「DASUケアLAB®︎」として排泄ケアサポートや講師活動を開始し介護現場での「より良い出し方」を探求している。
排泄障害になる前の「正常な状態」とは何か
編集部
排泄の障害にもたくさん種類があると思いますが、ケアする上で共通の「押さえた方がいい」ポイントはありますか?
大関さん
排泄はプライベートな行為であり、各人が自分の価値観や習慣を「普通」と考えてしまっていることが多いようです。介護の際もその価値観を無意識に当てはめてしまうことがあります。ですから、まずは排泄障害になる前の「正常な状態」を知っておくことが大切です。
編集部
では、正常な排尿とは?
大関さん
膀胱(ぼうこう)は、尿を漏らすことなく200〜500ml貯められ、残すことなく排出することができる状態が正常です。また、1回の排尿は10〜30秒以内で出すことができ、1日の量はだいたい1000〜1500mlです。色は透明か薄黄色で、悪臭や痛みもなく、尿意がないときにも出すことができることも条件になります。また、回数は昼間4〜7回が目安で、夜に寝ている間は排尿よりも睡眠を優先させるため、1回くらいというのが正常範囲となります。
編集部
もし、昼間に8回以上トイレに行ってしまったら、頻尿と診断されてしまうのでしょうか?
大関さん
いいえ。もとから8~9回トイレへ行く人や、それによって本人や周囲が困っていなければ、頻尿の診断にはなりません。また、お酒などを飲んだり、夜寝る前に一気に水分補給したりすると、正常値の回数を超えることもありますが、それが続かなければ大丈夫です。
編集部
次に、正常な排便についても教えてください。
大関さん
まず、よく言われるバナナ状の便がするりと出て、排便後に残便感なく「すっきりした」と感じることができれば良好な状態です。これは「ブリストルスケール」といった便性状の分類を参考にするのがおすすめです。type3〜5の形状であれば、正常な範囲と言われています。また、匂いがキツくなく、色も黄土色〜茶色で、100〜250gほどの量が出ているのが正常です。
具体的な排泄の障害とは
編集部
それでは、排泄障害の種類にはどんなものがありますか?
大関さん
排泄は便と尿に分かれていますが、それぞれが「溜める」と「出す」働きをしています。大きく分けるとこの「溜める」と「出す」が上手くできなくなった場合、またはその両方が起こる場合を排泄障害と呼びます。排尿だと「失禁」と「尿閉」ですね。溜めている状態の条件として、膀胱は弛緩、尿道は収縮していなくてはいけません。排尿時は逆の働きとなりますが、協同運動が上手くできなくなった時に排尿障害が起こり、蓄尿障害や尿排出障害(排尿困難)が起こります。
編集部
膀胱と尿道がどんな状態にあるかで、起こってくる症状が決まるのですね。
大関さん
そうです。蓄尿や排尿症状などをあわせて「下部尿路症状」と呼びますが、これは下部尿路の解剖学的疾患、機能性の疾患だけが原因となるわけではなく、多飲多尿や夜間多尿、睡眠障害によっても頻尿や夜間頻尿といった蓄尿症状がもたらされます。また、いくつかの要因が重なって様々な症状が生じていることがあります。
編集部
どのような症状が出るのでしょうか?
大関さん
例えば、「昼間・夜間頻尿」や、「尿意切迫感」と呼ばれる急に起こる抑えられないような強い尿意、尿意切迫感を伴って漏れてしまう「切迫性尿失禁」、咳やくしゃみなど腹圧のかかった時に生じる「腹圧性尿失禁」、膀胱に尿が充満し尿道から漏れ出てくる「溢流(いつりゅう)性尿失禁」、認知症やADL障害によってトイレに行くのに時間がかかる、トイレの位置が分からないことによって尿がもれる「機能性尿失禁」などが、蓄尿症状に含まれます。
編集部
排便には、どんな種類の障害がありますか?
大関さん
蓄便障害と便排出障害(排便困難)、つまり下痢や便失禁、便秘などですが、便はここに「食事」が大きく関係してくるのが特徴です。排便の仕組みは、食事(食物繊維量)、腸のトランジット、肛門の排出の働き、腹圧をかける腹筋の働き、そして脳からの適切な指令によって保たれています。そして、トイレで排泄する習慣が保たれていることによって、一般的な排便は成り立っています。このどこかに不都合が起こることが、排便障害(排便機能障害)と言われます。
見逃せない排泄障害の状態
編集部
排泄障害の中でも、注意した方がいいものはありますか?
大関さん
残尿が溢れ出る溢流性尿失禁は、尿が出なくなる尿閉と同様に排尿障害の最もひどい病態と言われます。この状態を見逃し、単におむつで対処していると、腎不全や尿路感染症から命に関わることも考えられます。
編集部
排泄障害は高齢者に多いようですが、こちらの注意点も教えてください。
大関さん
高齢者の排尿障害には、多尿も大きな影響を与えています。夜間2回以上トイレのために起きる夜間頻尿の人は、そうでない人と比較して、骨折の危険性が約2倍となり、生存率が下がるという調査もあります。多尿は24時間の尿量が40ml/kg(体重)以上あるときとなりますので、尿量の測定と飲水量の確認も大切なポイントとなります。
編集部
排便障害で注意したいことはありますか?
大関さん
慢性期医療や高齢者介護における便秘症状へのケアにおいては、一般外来における考え方とは異なることがあります。そのため、「3日出なかったら便秘」など日数でカウントするのではなく、出すべき便がないならば無理に出す必要はないという考え方が大事です。不要な下剤によって下痢や便失禁などを引き起こし、排便障害をかえって悪化させることのないように、正しい評価に基づいてケアする必要があります。2017年に出された慢性便秘症ガイドラインでは 「なぜ便が出ないのか」、「本当に出すべき便はあるのか」、「出すべき便はどこにあるのか」、この3点がケアの指針となっています。
編集部まとめ
排泄トラブルによって引き起こされている生活上の問題を解決するには、適切なアセスメントとセルフケア、受診による治療をベースに、排泄用具などの選定によって、それ自体が問題にならないようにしていくことが求められます。その際、ケアする側は「どんな状態が正常なのか」を見極めた上で、「誰にとっての問題なのか」を整理し、問題の主語がぶれないようにしていくことも必要です。年齢のせいだからといって排泄障害は治らないと諦めるような安易な決め打ちは控え、個人ごとの原因を調べてもらいましょう。とくに溢流性尿失禁の症状や夜間頻尿が続くようなことがあれば、専門医を受診することをおすすめします。