脚の付け根の膨らみ、この中身は自分の“腸”だった?【鼠径ヘルニア】
通常、消化器は筋肉の膜に支えられ、さらに腹膜で覆われています。例えるなら風船の中で、その位置を安定させているのです。しかし、この風船は、加齢や環境要因などによって弱ってきます。もし、この風船の中身がはみ出てしまったらどうなるのでしょうか。そんな病気について、「東京デイサージェリークリニック」の柳先生を取材しました。
監修医師:
柳 健(東京デイサージェリークリニック 院長)
日本医科大学卒業。大学病院の外科助教や外科クリニック院長などを歴任後の2014年、東京都中央区に「東京デイサージェリークリニック」開院。日帰り外科手術に特化した診療を提供している。医学博士。日本医科大学消化器外科講師。日本ヘルニア学会評議員、日本外科学会外科専門医・指導医、日本消化器外科学会専門医・指導医、日本消化器内視鏡学会専門医・指導医、日本がん治療認定医機構がん治療認定医ほか。
ヘルニアも含めた用語解説
編集部
脚の付け根に、目立つ膨らみがあります。これは一体なんですか?
柳先生
調べてみないとわかりませんが、「鼠径(そけい)ヘルニア」かもしれませんね。ヘルニアというと背骨や首を連想しがちですが、「はみ出ること」そのものをヘルニアと呼びます。また、脚の付け根は医学的に「鼠径」といいますので、鼠径ヘルニアという病名が使われています。
編集部
なにが「はみ出て」いるのですか?
柳先生
多くの場合、ご自身の“腸”です。ポケットのように膨らんだヘルニアの中には、腸が通っています。ですから、お尻の脱肛とは別の「脱腸」と解されます。ただし、例外として、卵巣や内臓脂肪がはみ出しているケースもあります。
編集部
腸が脚のほうまで落ちてきているということですか?
柳先生
その可能性はあり得ます。また、下腹部に同様のヘルニアが起きるケースもみられますね。腸の位置は通常なら「筋膜」で固定されています。しかし、なにかしらの理由で筋膜が弱くなったり穴が空いたりすることで、脱腸に至るという仕組みです。
編集部
なにがきっかけなのでしょう?
柳先生
先天要因と後天要因があります。先天要因の場合、体質と考えていただくほかありません。後天要因としては、女性ならおなかが膨らむ妊娠、男性ならおなかに力を入れる仕事などでしょうか。加えて、便秘やせきによる力みのほか、加齢によって内臓を支える筋肉が弱まることも、きっかけのひとつです。
放置していても、自然には治らない
編集部
下着の種類によっては、ヘルニアがうまく収まってくれますか?
柳先生
「ヘルニアバンド」という下着が市販されているものの、外からヘルニアを押さえてくれるだけで、治す効果は望めません。むしろ重篤化のリスクがあります。もっとも、ヘルニアの中に挟まって腸が閉塞(へいそく)する「嵌頓(かんとん)」を防ぐといわれているので、受診までの“時間稼ぎ”としては有効でしょう。
編集部
そのうち治るということはないのですか?
柳先生
タイヤのパンクと一緒で、基本的に成人の鼠径ヘルニアが自然に治ることはありません。また、腹圧の影響を受け続けますので、時間と共に進行していく病気です。外科手術が唯一、効果的な対処方法といえるでしょう。
編集部
鼠径ヘルニアだと自覚するキッカケとかはありますか?
柳先生
初期の自覚症状は「ふくらみ」だけです。しかし、やがて閉塞を起こすと、腹痛や吐き気などの症状が生じます。このレベルに至ると命の危機も考えられるため、違和感があれば受診してください。
編集部
水などがたまっているだけということはないのですか?
柳先生
たしかに、ヘルニアの前触れとして、女性に多くみられます。しかし、それがわかるのはクリニックでの検査のみです。楽観視や臆測で決めつけないようにしましょう。進行度合いによっては、大がかりな手術が必要となりますので、早めにご相談ください。
非現実的な予防より、「できたら手術」で治す
編集部
先ほど、手術で治るとのことでしたが?
柳先生
はい。腹膜の穴や弱った部分を、メッシュ状の人工膜で補強します。なお、当院の場合、予約による日帰り手術が可能です。手術当日は公共の交通機関をご利用になり、バイクや車での来院はお控えください。
編集部
メッシュで補強すれば、再発を防げるでしょうか?
柳先生
残念ながら、再発の可能性を「ゼロ」にはできません。一般に3%ほど、当院比でも1%弱程度は起こり得ますね。なお、脚の反対側や他部位に生じたヘルニアは「再発」に含めません。別個という扱いですが、こちらは散見されます。
編集部
仕事や習慣で、避けられるものがあれば避けるべきですか?
柳先生
鼠径ヘルニアは、治療方法が確立していて再発率も低いため、私個人としては、「できたら治す」で構わないと考えています。鼠径ヘルニアのために仕事や生活を変える必要はないでしょう。避ける事柄があるとすれば、「肥満」と便秘などによる排便時の「力み」です。それぞれの解消に努めてください。
編集部
最後に、読者へのメッセージがあれば。
柳先生
昨今、「総合診療科」という標榜科を目にすることが多くなってきました。外科や内科などの専門性をもたない、「なんでも相談窓口」のような位置づけです。お体のことで受診先がわからなかったら、最寄りの「総合診療科」をご活用ください。その医院で完結できるケースもありますし、適切な専門医院を紹介してくれる場合もあります。とにかく、受診していただくことが必要です。
編集部まとめ
自分の腸が脚の付け根からはみ出てくるなど、考えただけでも怖いですよね。放置していていい道理がありません。当然ですが恥ずかしさよりも健康を優先すべきで、30分ほどの手術で元に戻せます。また、予防のために無理を強いるより、「なってから考える」という発想が新鮮でした。それだけ安全性や効果が担保されているのでしょう。心当たりのある人は、この機にご検討ください。
足の付け根に痛みがある症状についてもっと詳しく知りたい方は、こちらの記事を参照してください。
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