医療現場に広まりつつある「オンライン診療」 その実態と未来とは?
新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、「リモートワーク」、「テレワーク」、「Web会議」といった言葉が頻繁に使われるようになりました。医療の現場においても、場所を問わない診療や受診の流れは少しずつ加速してきています。そこで今回は、眼科専門医で、遠隔医療サービスやAI医療機器の開発も手掛けているデジタルヘルスの専門家である加藤浩晃先生に、「オンライン診療」の導入におけるリアルな現状や課題、将来の展望などについて話を伺いました。
監修医師:
加藤 浩晃(医師/デジタルハリウッド大学大学院客員教授/アイリス株式会社 取締役副社長CSO)
浜松医科大学卒業。AI、IoTなどのデジタルヘルスを専門とし、眼科遠隔医療も手掛けている。厚生労働省医療ベンチャー支援(MEDISO)アドバイザー、経済産業省Healthcare Innovation Hub アドバイザー、日本遠隔医療学会運営委員、遠隔医療モデル分科会長などを歴任。デジタルハリウッド大学院客員教授、東京医科歯科大学臨床准教授、千葉大学客員准教授、アイリス株式会社取締役副社長CSO。
目次 -INDEX-
新型コロナウイルスがもたらした「オンライン診療」というニーズ
編集部
新型コロナウイルス流行に伴い、医療現場では何が変わりましたか。
加藤先生
患者さんの「意識」に大きな変化が見られました。たとえば、これまでは軽症状の風邪で病院に受診をしていた患者さんが、市販薬で対応をするなど、セルフケアで解決する意識も高まったように思います。実際のところ、小児科や耳鼻科では、コロナウイルス流行以前より患者さんが約8割減少したというデータもあります。
編集部
そのような軽症状の場合は診療を受けない、という選択をした患者さんたちが、これから再び来院するようになる可能性はありますか?
加藤先生
手術や抗がん剤治療など、コロナウイルスの影響で治療が止まってしまった患者さんたちの処置に関しては、現在病院側で対応に追われている状況です。しかし、その他の患者さんがこれから一気に来院することは無いのではないでしょうか。なぜなら、現在の社会情勢では、外出の機会が減っている上に、マスクを着用しているので、例えば花粉症になる確率は低いですし、風邪を引く確率も減っています。それは交通事故に関しても同様ですよね。従来の生活を送っていれば存在したはずの患者さんが、いまは居なくなっているような状況ですので、患者数そのものが減っていると考えています。
編集部
コロナウイルスによる生活様式の変化が、医療現場にも直結しているのですね。
加藤先生
不要不急の外出を極力控えて生活を送っていると思いますが、医療現場にも不要不急が存在していたということに気づかされました。コロナウイルスの影響によって医療受診のハードルが上がり、病院に足を運ぶ人の数が減りましたが、そこで、新たに目を向けられているのが「オンライン診療」です。
オンライン診療の現状と課題
編集部
現在、オンライン診療の精度はいかがでしょうか?
加藤先生
現代のテクノロジーでは、全ての診断や治療をオンライン上で行うにはまだまだ難しいと言えるでしょう。たとえば、聴診器で胸の音を聞くには患者さんと直接会う必要があります。このように、「触診」や「視診」を行う場合には、オンラインでは限界があります。
編集部
逆に、オンラインでの診療に向いているのはどのようなケースでしょうか?
加藤先生
「問診」に関しては、オンラインでの診療が有効です。たとえば、既に疾患の原因が特定できていて、治療方針が定まっている患者さんの途中経過を問診するのであれば、オンライン診断は多いに役立ちます。すでに海外では、精神科でオンラインの診療が積極的に導入されている国も存在します。活用方法次第では、患者さん、病院側ともにメリットが多く期待できるしょう。ただし、同じ問診だとしても、まだ病気の原因が特定できていない「初診」の場合などには注意が必要です。
編集部
注意する点とは何でしょうか?
加藤先生
たとえば、血圧が高いことが気になるために診療を受けたとします。初診からオンラインで問診した場合、血圧の数値以外に判断材料が乏しいので、「血圧が高い」という事実以外のことが分かりません。その裏に隠されている「血圧が高い理由」を探ることが、本来の医者の仕事です。食生活が原因の場合もあれば、腎臓の疾患が原因の場合もあります。高血圧を抑える薬を処方するだけであれば良いのですが、その原因を突き止めるには、初診からオンラインで対応するのは難しいでしょう。
編集部
対面診療に比べて患者さんの情報が少ないということですか?
加藤先生
その通りです。診察の「質」という観点で考えると、対面で得られる情報に比べて、オンラインでは情報量が圧倒的に不足しているのが現状です。これらの情報量不足は患者さんにも知ってもらいたいところです。今後テクノロジーが発達して、オンライン上で得られる患者さんの情報の質が上がれば、今よりもっと身近にオンライン診療を受けられる未来が待っていると思います。
オンライン診療が秘める可能性
編集部
オンライン診断によるメリットは何ですか?
加藤先生
患者さんの視点で考えると、待ち時間の短縮や感染防止、移動時間や移動費用が無くなることが挙げられます。さらには、患者さんを支えるご家族の負担の軽減にも繋がるでしょう。自宅でオンライン診療を受けることができれば、寝たきりの患者さんのお世話をしている人が、わざわざ病院に連れて行く必要がなくなります。
編集部
まずは距離の制約が無くなるのですね。
加藤先生
首都圏に住む人と比べると、田舎や過疎地域では病院への移動の大変さが存在しますが、それを解消できるのがオンライン診療です。しかし、高齢者やインターネット環境が無い人たちは、そもそもオンラインを利用することができません。患者さんのITリテラシーやインフラに頼らざるを得ないところもあり、まだまだ多くの課題は存在しています。
編集部
そのような課題解決のために行っていることはあるのですか?
加藤先生
とある地域では、ケーブルテレビの会社と病院が協力し、患者さんのご自宅のテレビで診療を受けられるような体制を作る実証実験を行っています。ただこれで全てが解決するわけではないので、現実的に考えると、患者さんのご家族や医療者が仲介して、オンライン環境を整えることが必要です。
病気との向き合い方が変わる
編集部
オンライン診療のメリットは他にもありますか?
加藤先生
オンライン診療がさらに普及し、医療との接点を持つ機会を増やすことができると、それは大きなメリットになります。現状は、患者さんが直接病院に足を運んだときに、はじめて医療との関わりがスタートします。しかし、オンラインで常に患者さんと医療が繋がれば、病気が重症化する前に患者さんに対して処置を行うことが可能になります。
編集部
それは患者さんにとっても大きなメリットですね。
加藤先生
たとえば、糖尿病を放置して腎臓の機能回復が見込めない状態になってしまうと、透析治療(腎臓の働きの一部を人工的に補う治療法)が必要になります。もし、オンライン上で患者さんと医療が常に接点を持っていれば、患者さん自身が疾患に気付いていない場合でも、糖尿病を初期段階で対処することが可能になることが期待されます。
編集部
病気の重症化を事前に防ぐことが可能になるのですね。
加藤先生
病気の重症化を防ぐことは、医療費の削減にも繋がります。例を挙げた糖尿病の場合、軽症であれば年間に約12万円の治療費だけで済みます。しかし、重症化して透析治療を行うことになると、年間で約1000万円の治療費が必要になってしまいます。医療のオンライン化により、医療費の面でもポジティブな効果が期待できます。
編集部
国にとっても大きなメリットがありますし、仕事が忙しい現代人にとっても、医療との接点を増やすことは、大きな予防効果があるということですね。
加藤先生
病気を放置したくて放置している人はいないでしょう。日々の仕事の忙しさから病院に行く時間を確保することができず、結果的に病気を放置してしまうことに繋がっているのが現状です。オンライン診療の精度が上がれば、時間や場所を問わずに医療との接点を確保することができ、忙しい現代人にとって、オンライン診療は重要な選択肢になるでしょう。
オンライン診療がもたらす医療の未来
編集部
オンライン診療により、今後の医療はどのように変わっていくのでしょうか?
加藤先生
近い将来、患者さんが病院へ足を運ばずに医療を受ける世界が待っていると予想します。手術や抗がん剤治療などは除きますが、それ以外のことは全てオンライン上で対処できるようになり、医療が日常化していくと言えるでしょう。
編集部
それが実現できれば、私たちの健康がより維持できそうですね。
加藤先生
日常生活から健康データを測定できるようになれば、常に自分の健康状態を管理できます。たとえば、日々の睡眠データが常に管理されていて、何か異常があれば通知が来るような仕組みができれば、病気の初期段階で対応することができます。睡眠に限らず、体重や体脂肪の増減、皮膚や骨の様子など、様々な健康データを日常的に管理する仕組みができれば実現可能な世界です。
編集部
現代の医療の接し方とは、少し考え方が変わりそうですね。
加藤先生
今までは「病気になったとき」が、医療と患者さんの接点の始まりでした。しかし、医療がオンライン化することによって、患者さんが病院に行く前から医療と接点を持つようになります。今後、病気が無い人や軽症の人でも医療を受けられる時代に変わっていくことになりますが、現在はその過渡期と言えるでしょう。
編集部
医療はこれから更に発展していく可能性があるのですね。
加藤先生
今の医療システムは、1960年代に完成したモデルです。電子カルテや、自動会計システムなどはデジタル化されてきましたが、まだまだ医療は進化していない部分が沢山存在しています。医療のデジタル化には部分最適だけでなく、患者と医療者両方の全体最適が必要です。医療界のデジタルシフトは今後もさらに加速していくでしょう。医療の劇的な変化は、わたしたちの健康に大きな力をもたらしてくれるでしょう。
編集部まとめ
新型コロナウイルスの影響により、私たちの生活様式は激変しました。いま医療現場で起きているデジタルシフトは、今後さらに加速していくことでしょう。医療がより身近な存在になり、わたしたちの健康維持に大きく関与することができれば、豊かな人生を送る時間は長くなります。「人生100年時代」と言われていますが、100年どころではなくなる日も近いのかもしれませんね。