医療の未来はどうなる? 「デジタルヘルス」が秘める可能性
新型コロナウイルスの感染拡大以降、私たちの生活は大きく変わりました。様々な業界でデジタルシフトが加速しましたが、それは医療業界も例外ではありません。特に4月からは、オンライン診療が初診でも可能となり、これを受けてオンライン診療が急激に普及しています。そこで今回は、遠隔医療サービスや医療AIに詳しい加藤浩晃先生に、「デジタルヘルス」が秘める可能性を伺いながら、未来の医療を考えてみたいと思います。
監修医師:
加藤 浩晃(医師/デジタルハリウッド大学大学院客員教授/アイリス株式会社 取締役副社長CSO)
浜松医科大学卒業。AI、IoTなどのデジタルヘルスを専門とし、眼科遠隔医療も手掛けている。厚生労働省医療ベンチャー支援(MEDISO)アドバイザー、経済産業省Healthcare Innovation Hub アドバイザー、日本遠隔医療学会運営委員、遠隔医療モデル分科会長などを歴任。デジタルハリウッド大学院客員教授、東京医科歯科大学臨床准教授、千葉大学客員准教授、アイリス株式会社取締役副社長CSO。
予想以上に早く訪れた医療のデジタルシフト
編集部
まず「デジタルヘルス」とは一体どのようなものなのでしょうか?
加藤先生
簡潔に説明すると、「デジタル技術によって医療・ヘルスケアの取り組みをより良くすること」です。現在、医療現場に限らず、様々な分野でテクノロジーが導入されており、AIをはじめ、IoTやVRという言葉が一般化しています。テクノロジーの進歩によって、私たちの生活は大きく変わってきていますが、それは医療業界も同様です。ヘルスケアにおいても、テクノロジーを活用して、より良い未来を作っていこうとしています。
編集部
いま医療現場では、具体的にどのような施策が行われているのでしょうか?
加藤先生
まずは「オンライン診療」です。今までは、患者さんが直接病院に足を運んで医者と対面する必要がありましたが、オンライン診療は場所や時間に捉われる必要がありません。また、この流れを加速させた要因として、新型コロナウイルスの影響はとても大きいと感じています。
編集部
医療現場も新型コロナウイルスによって大きな影響を受けているのですね。
加藤先生
新型コロナウイルスの感染拡大により、国民は病院に行きたくても行けない状況が生まれました。その結果、診察をオンライン化せざるを得なくなりました。自分の想定では、2025年の大阪・関西万博の前後くらいに普及すると考えていたオンライン診療は、時限措置や国の制度化も含めて一気に進んだ印象です。
医療と最新テクノロジーの融合
編集部
オンライン診療以外のお話も聞かせてください。各業界でAIの活用が進んでいますが、医療業界ではどのような事例がありますか?
加藤先生
たとえば、Ubie株式会社が提供している「AI問診Ubie」というアプリがあります。これはタブレットを通して、AIによる問診を行い、外来問診を効率化してくれるサービスです。特に、新型コロナウイルス用のものでは医療機関が外来機能を維持しながら、院内感染対策のために、極力患者との接触を避けることなども意図していると思われます。
編集部
手術など、問診以外の医療行為に、AIやIoTが活用されているケースはありますか?
加藤先生
放射線・CT・MRIなどの画像解析をAIが行うサービスが医療機器として承認されています。医師が疾患を確認し、その後の見逃しが無いかをAIがチェックしたり、AIによって病変がありそうなところを目立たさせてくれるという仕組みで、医療の精度を高めることが可能になります。
編集部
患者さんに、より良質な医療を提供できるということですね。
加藤先生
その通りです。この先もAIが進化すれば、患者さんに提供できる医療の質は確実に向上するでしょう。その一方で、将来的に「AIだけでいいのでは?」という議論が生まれる可能性もあります。しかし、これは医療だけに限らず、全ての分野において共通していることだと思います。自動運転などから話が整理されていくと思っています。
編集部
AIが、将来的には医療従事者の仕事を奪ってしまうのでしょうか?
加藤先生
全ての仕事がAIに奪われて、医師や医療従事者の仕事がなくなるとは思っていません。たとえば、1970年代にオムロン株式会社が、家庭用の血圧計を開発しました。しかし、それによって医療従事者の仕事は減っていません。昔は、患者さんが病院に来て、医師が直接血圧を測っていました。血圧を測るということが医療機関での特別なことだったわけです。それが自動血圧計が開発されて、日常的に血圧をはかれるようになったということです。
編集部
我々にとっては、医療の接点が増えたというわけですね。
加藤先生
はい。元々病院に行かなかった人が自宅で毎日血圧を測れるようになったことで、個人レベルで血圧の異常を発見できるようになりました。要するに、家庭用の血圧計を開発する以前には見つからなかった患者さんが新しく出現したことにより、病院や医療との接点が増えることに繋がったのです。このように考えると、AIの進化の以後で医療のスタイルが変わり、今の仕事はなくなっても、新しい役割が生まれるのではないでしょうか。
デジタルヘルスがもたらすメリット
編集部
今後デジタルヘルスが発展していったときに、医療サービスを受ける側のメリットはどのようなことが挙げられますか?
加藤先生
医療サービスにおいてのDX(デジタルトランスフォーメーション)は何かと言うと、「医療体験の摩擦を無くすこと」だと考えています。ここで言う摩擦とは、医療現場で改善した方がいいと思っていて、変わっていなかったことです。
たとえば、今は患者さんが病院に行ってから受付でカードを出して、そこから待合室で自分の順番を待ちますよね。この「待つ」という行為が摩擦と考えています。さらに医者に会って、そこで初めて問診され、診断されて、そして採血される。その後、会計を待つ時間や、処方される薬を待つ時間なども含めて、これらの時間は全て摩擦と考えています。
編集部
デジタル化が進めば患者さんの医療体験がよくなるということですね。
加藤先生
そうですね。今後テクノロジーの導入が進めば、患者さんが病院に来てから帰宅するまでをスムーズに行うことができます。また、患者さんの待ち時間が軽減されるだけではなく、医療従事者側の負担を減らせるメリットも生まれます。
医療は日常化する
編集部
デジタルヘルスの中で、今後注目していることはありますか?
加藤先生
注目していることの一つに、「ウェアラブルデバイス」があります。腕や頭部など身体の一部に機器を装着して、自分の体のデータを計測するもので、今後はさらに一般化していくと思います。
編集部
ウェアラブルデバイスが患者側にもたらすメリットは何ですか?
加藤先生
日々の健康データを測定できるということ、つまり自分の日々の健康データを自分で把握できるようになることです。その結果、自分の体と向き合う時間が生まれて、ほんの些細な体の変化に気付くことができます。何らかのソフトウェアが異常値を見つけてくれたりすれば、それが大きな病気を予防することに繋がります。9月上旬に、Apple Watchで心電図や脈の不整を見つけるプログラム医療機器も承認されました。
編集部
健康維持に繋がるのですね。
加藤先生
はい、その通りです。また、今後は、「パーソナル・ヘルス・レコード」という個人の健康データを、みなさんが所持しているマイナンバーカードと結び付けられるようになります。今まで紙ベースで管理されていた健康データは、今後は全てデジタルデータとして保管されていくようになるでしょう。
編集部
健康データは一元的に管理されるのですね。
加藤先生
日々測定している個人の健康データ、医療従事者の診断結果、薬の処方歴、手術歴など、今まではバラバラにデータが保管されていたものが、一つにまとまります。その結果、個人の健康データを一括に管理できるので、その人の健康状態を把握しやすくなり、健康維持や疾患の早期発見にも繋がります。どのデータをどこまで管理するかということや、国と事業者とのシステム間の連携など、まだまだ課題は残されていますが、これらが実現する未来は近いでしょう。
デジタルヘルスが抱える課題
編集部
デジタルヘルスに関する課題は何かありますか?
加藤先生
最先端の技術やテクノロジーを利用した医療に対して、現時点では保険の点数を付けられないという「制度」の部分には課題が残されています。たとえば、現時点ではAIでの診断支援医療機器に関して、保険点数を付けられません。治療用アプリなども同様です。
編集部
制度に課題が残されているのですね。
加藤先生
そうなのです。8月末に治療用アプリ自体は承認されて公式にリリースされていますが、保険適用の部分についてはまだ時間を要しています。どのような保険点数になるかによって、今後参入する企業が増えるかどうかが決まるので、とても大切です。
編集部
アプリを開発する医療系のベンチャー企業にとっては死活問題ですね。
加藤先生
逆に言うと、この課題が解決すれば大手企業などが医療への投資を一気に行う可能性も考えられます。まだまだ課題は残されていますが、患者さんにとっても、医療従事者にとっても今後大きな発展を遂げる可能性が秘められています。
進化する医療の未来は?
編集部
加藤先生が考える、医療の未来について教えていただけますか。
加藤先生
これまでは多くの人を対象とした統計に基づいて診断をしていました。たとえば、たくさんの病院から同じようなたくさんの人のデータを集めて総合的に判断を下し、「〇〇さんの症状に合う薬はこれです」と診断していました。統計的に判断して多くの人に合う薬を処方していたというと、わかりやすいかもしれません。これを「ビッグ・スモールデータ」と呼ぶとしましょう。しかし、これからの医療は「スモール・ビッグデータ」に変わっていきます。
編集部
「スモール・ビッグデータ」とはどのようなものでしょうか?
加藤先生
個人単位のビッグデータに基づいたデータのことです。今後は、個人のデータが長く蓄積され、過去の自分の情報と照らし合わせながら、現在の健康状態を判断することが可能になります。同じ病名の疾患だとしても、多くの人に効く薬が自分には合わない可能性もあります。人間の健康状態も十人十色ですが、自分にあったパーソナライズされた医療提供が可能になるのではないでしょうか。
編集部
より質の高い医療が提供されるようになるのですね。
加藤先生
たとえば、ウェアラブルデバイスなどを利用して日々の健康状態を細かく管理することができれば、個人単位でのビッグデータを収集することが可能になります。その結果、統計的な判断での処方ではなく、その人の体の情報に基づいて判断した薬を処方することが可能になります。
編集部
私たち患者側にとっては、より自分にあった治療を受けられるということですね。
加藤先生
今後は、国民の健康意識が拡大すると思われます。そして、医療がもっと身近な存在になるでしょう。医療管理に関するアプリを国民全員が所持しているような未来です。
編集部
それは凄いですね。具体的にはどのような形を考えていますか?
加藤先生
たとえば、携帯会社の選択のようになると考えています。日本の携帯会社は大手3社がありますが、我々国民はその3社から好きな会社を選んで契約しています。また、SIMフリーや安さを重視して、大手3社以外の会社と契約する人もいます。そのような現象が、医療の現場においても起きるのではないかと予想しています。医療サービスも、今後は自ら選択していく時代になるのではないでしょうか。
編集部まとめ
今回の取材で、医療界のデジタルトランスフォーメーション(DX)が、今後のわたしたちの健康を大きく左右するものだということが、よくわかりました。世界に先駆けて超高齢化社会へ突き進む日本。健康寿命を伸ばし、活力のある社会を作るためにも、今後の「デジタルヘルス」の動向に期待したいですね。