「小児」という言葉で区切られる小児がん医療支援の現状 ~年代的差別へ挑む、筑波大学の「サバイバードック」~
大人を「小児」とは呼ばないのが道理。その一方、大人になっても、かつての小児がんによる影響を受けている患者は存在します。加えて21歳になったとたん、小児がん向けの医療支援が受けられなくなるのです。筑波大学が開設した「小児がんサバイバードック」は、そんな国内医療の隙間を埋める取り組みです。同大附属病院小児科医の福島先生に、どんな仕組みなのかを解説いただきました。
監修医師:
福島 紘子(筑波大学附属病院 小児科医)
筑波大学医学専門学群卒業。筑波大学附属病院小児科での研修医を経て、2015年から現職。2018年には、総合的な診療・相談の外来をセットでおこなう「小児がんサバイバードック」を開設。子どものころに闘病し、克服した命を守る活動に従事している。専門は小児血液腫瘍疾患。日本小児科学会認定専門医、日本がん治療認定医機構がん治療認定医、日本人類遺伝学会人類遺伝専門医。
「小児」という言葉が硬直的に運用されている現実
編集部
先生は、主に小児がんの治療へ取り組んでいるのですよね?
福島先生
はい。子どものころに小児がん治療を受けて大人になった方は、二次がんや心臓、腎臓、肝臓、性腺疾患、難聴など、さまざまな心身の不調が出やすい傾向にあります。その割合は、軽度で 3人に2人、重度で4人に1人。二次がんに限定すると、30代で約1割の罹患(りかん)率となっています。
編集部
ある種の病気になりやすい体質のようなものでしょうか?
福島先生
そう言ってもいいでしょう。かつては、小児がんを克服すること自体が、治療の大きな目標でした。しかし、小児がんの生存率が上がるにつれ、「克服後の人生」も問われるようになってきました。今では、おおむね8割の患者さんが、小児がんを乗り越えられています。
編集部
小児がんへの公的な費用負担はあるのでしょうか?
福島先生
原則として18歳まで、一部例外措置として20歳までは、「小児慢性特定疾病医療費助成制度」が利用できます。しかし、21歳以上になると、小児がんの治療に関連した公的医療費支援が受けられなくなります。また、市区町村により「医療福祉費支給制度(マル福制度)」が用意されているものの、長くても高校生までを対象としています。
編集部
20代というと、さまざまな費用がかかってくる年代ですよね?
福島先生
そうですね。ただでさえ、小児がん克服後の晩期合併症や二次がんの早期発見を目的とした検査、治療、長期フォローアップの費用が必要です。加えて、進学・就職はもちろん、一人暮らしや結婚など、さまざまなライフイベントが関わってくる年代でしょう。場合によっては、治療や検診費用のために「望んでいた人生」をあきらめる局面が生じかねません。
編集部
そう考えると、多少なりとも社会的な差別・区別が生じているように感じます。
福島先生
一般に、40歳以上の方は生活習慣病リスクが高まるので、「特定健診」を受けられるようになりますよね。小児がん患者さんの場合、生活習慣病と同じような健康上のハイリスクが、がん克服後の若年時にやってくるイメージです。それなのに21歳を過ぎると、「特定健診」のような受け皿がありません。
編集部
ちなみに、小児がんの患者はどれくらいいるのでしょう?
福島先生
国立がん研究センターの「罹患率を人口比に当てはめた推測値」によると、1年間に診断されるがんの数は、小児(0歳から14歳)で約2100例、AYA世代(15歳から39歳)で約900例となっています。症例としては少数なので、支援の網からこぼれてしまっているのでしょう。他方で「少数だからこそ、網がかけやすい」側面もあると考えています。
筑波大学独自の網「サバイバードック」
編集部
そうしたなか、先生は「小児がんサバイバードック」を開設したんですよね?
福島先生
はい。2018年末に開設しました。「小児がんサバイバー」とは、小児がんを克服して大人になった方のことです。「サバイバー」という言葉自体は、乳がんや肺がんといったほかのがんでも使われるようになってきました。
編集部
一般的な「がん検診付き人間ドック」とは、なにが違うのでしょう?
福島先生
例えるなら2階建てのようなイメージで、1階の部分は、通常の人間ドックの枠組みを利用しています。現在、2階部分は「長期フォローアップ外来」をおこなっています。その患者さんに固有な事情などを聞いて、今後について話し合っていきます。
編集部
「小児がんサバイバードック」のフローを簡単に教えてください。
福島先生
午前中は、通常の人間ドックに加え、各種検診のオプションです。午後には「長期フォローアップ外来」を受診いただき、晩期合併症、メンタルフォロー、今後の計画などのご説明をおこないます。検査結果が送られてくるのは4週間後、その結果を受けて、さらに2週間後あたりから電話再診か受診をしていただきます。また、1年に一度は長期フォローアップ外来に来ていただくようにこちらから促しています。
編集部
費用はどうなのですか? 公的負担があてにできないとのことでしたが?
福島先生
2020年にクラウドファンディングを申請しました。寄付総額の目標を150万円としたところ、112人の支援者から184万7000円(約123.1%の達成率)のご厚意をいただきました。150万円あれば、「25人の患者さんのドック費用を半額補助」できます。初めての試みですので、そのくらいの規模からスタートしてみようと考えました。
編集部
手応えとしてはどうですか?
福島先生
まずは、共感や支援いただいた方に感謝ですね。また、一般の方から「そんな事情があるとは知らなかった」という声を多くいただいています。同じ反応は、小児がん患者さんご本人からも届いています。総じて、小児がんの問題意識が周知できたように感じています。
シームレスな移行期医療が今後の課題
編集部
すばらしい取り組みですが、医療支援という意味では、まだ「入口」にすぎないですよね?
福島先生
そうですね。まずは、「現状を知っていただく“とっかかり”ができた」といったところでしょうか。いずれは、「小児がんサバイバードック」を、「40歳以上の特定健診」と同じ位置づけまで、もっていきたいですね。費用負担や運用規模も含めてです。
編集部
つまり、第二段、第三段の予定もあると?
福島先生
じつは当初、対象となる患者さんが少ないだけに、地元である茨城県へ働きかけようとしていました。国だとハードルが高いので、できるところから先例をつくってみようという理由からも、クラウドファンディングという手段を選びました。いずれは、国と協力して制度を確立させていきたいですね。
編集部
普段の診療を通じて、強く感じていることはありますか?
福島先生
一番感じているのは、「小児」と「成人」向けの医療が連続していないことですね。小児科医が診られるのは、原則として小児のみです。小児から成人へのシームレスな対応のことを「移行期医療」と言うのですが、まだ始まったばかりです。普段から成人を診ているドクターの“目”を、いかに小児やAYA世代へ向けさせるか。そこが課題だと考えています。まずは、筑波大学内からですね。
編集部
患者側の課題や問題点はどうですか?
福島先生
例えば、0歳児や1歳児の患者さんと「克服後の人生を語る」なんてできないですよね。保護者の方にしても、「治ってよかった」が精一杯で、その後の話題になかなか結びつけられません。ですから、「小児がんは治してからがスタート」であることを、もっと周知していく必要があると思っています。
編集部
最後に、読者へのメッセージがあれば。
福島先生
例えば、クラスの友人が小児がんサバイバーだとしたら、どう感じるでしょう。小児がんは、決して「一部の特殊な人たちに起きていること」ではありません。会社の同僚、親しい知人、恋人が、じつはサバイバーということもありえます。ぜひ、身近な問題として受け止めていただきたいと願っています。
編集部まとめ
脳外科や循環器内科など、その分野に特化した医療機関で、より専門的な医療が受けられることは事実です。しかし、その反作用として、横断的な対応が望めないとしたら。小児と大人の間に立ちはだかる制度的な壁は、こうした反作用の象徴でしょう。医療環境を大きく制限する「年齢の区切り」に対しては、シームレスな運用や制度設計が求められます。我々の大きな声で、制度的な壁を壊していきたいですね。
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