がん手術後のむくみ「リンパ浮腫」 効果的な外科併用治療の選択肢を
がんなどの手術がきっかけで“むくみ”を起こすことがあるそうです。これは、れっきとした進行性の病気で、「リンパ浮腫(ふしゅ)」といいます。患部のマッサージや圧迫といった「保存的治療」が多くおこなわれるなか、麹町皮ふ科・形成外科クリニックの苅部先生によると、手術を用いた「外科的治療」も可能なのだとか。どのように使い分けていくべきなのか、最前線の事情をうかがいました。
監修医師:
苅部 淳(麹町皮ふ科・形成外科クリニック 院長)
順天堂大学医学部卒業。東京大学附属病院形成外科入局後、埼玉医大総合医療センター形成外科・美容外科助教、福島県立医大付属病院形成外科、寿泉堂総合病院形成外科、山梨大学附属病院形成外科助教・医局長などを歴任。2019年、東京都千代田区にて「麹町皮ふ科・形成外科クリニック」を継承・リニューアルオープン。皮膚科、形成外科疾患の一般治療ほか、リンパ浮腫治療や性同一性障害の治療なども手がけている。日本形成外科学会専門医、日本抗加齢学会専門医、日本医師会認定産業医。日本美容外科学会、日本美容皮膚科学会、日本顔面神経学会、日本東洋医学学会などの各会員。
保存療法と手術を併用するのが効果的
編集部
なかなか耳慣れない「リンパ浮腫」ですが、むくみの一種と考えていいのでしょうか?
苅部先生
見た目としては一緒です。一般的なむくみは、飲んだ水分などが血管の周りにたまることで起こり、誰でもなりえます。また、重力の関係から脚や腕の先に生じやすく、寝ると軽減することがあります。
編集部
一方の「リンパ浮腫」についても説明してください。
苅部先生
リンパの流れが停滞することでむくんだ病気で、横になってもほとんど治りません。原因としては、がんなどの手術でリンパ節を取り除いた「続発性」が7割から8割。残りは、先天性や原因不明の「突発性」です。いずれにしても、体のどこにでも起こりえるのが「リンパ浮腫」の特徴といえるでしょう。加えて進行性ですので、症状が次第に悪化していきます。
編集部
むくみに悩んでいる患者は多いと思います。受診フローを整理していただけますか?
苅部先生
わかりました。がんの治療にかかわらず、リンパ節やリンパ管の手術後にむくんできたら、「リンパ浮腫の“外科的手術”を扱っている医院」を受診してください。「リンパ浮腫外来」を掲げる医院は少なからずあるものの、手術のできる医院となると限られますので、注意しましょう。
編集部
リンパ系の手術をしたことがなければ、循環器科を受診すべきでしょうか?
苅部先生
その場合でも、「リンパ浮腫の外科的手術を扱っている医院」を受診する意義は大きいと思います。なぜなら、リンパの流れを調べられる専門的な検査ができるからです。結果として単なるむくみであったとしても、もちろん治療や紹介が可能です。経験則からすると、生活に支障が出るほどのむくみの7割以上は、リンパ浮腫ですね。
編集部
ここではリンパ浮腫に限定するとして、治療方法を教えてください。
苅部先生
保存的治療と外科的治療があります。保存的治療の中身としては、浮腫部分の圧迫(弾性ストッキングの処方)や、リンパドレナージ(マッサージ)、スキンケアなど。ただし、対症療法に過ぎず、根本的な治癒には至りません。そこで、貯まったリンパ液を静脈に流すための外科的治療が用いられます。
編集部
どうやってリンパ液を静脈に流すのですか?
苅部先生
滞りを起こしているリンパ管の手前の部分から最寄りの静脈へバイパスをつくります。1患部あたり1カ所の施術でも、まずは「流れるようにする」ことが重要で、保存的治療の効果も上がります。なお、この手術には、保険の適用が可能です。
編集部
一般的に保存と手術では、どちらが“よい”のでしょう?
苅部先生
もっとも好ましいのは「併用」です。ただし、「リンパ浮腫の外科的手術を扱っている医院」は少ないため、実質、保存的治療のみで進められることが多いようですね。また、「手術でも治せるんだ」ということ自体が知られていないように思います。
リンパの仕組みと、がん手術との関係
編集部
なぜ、がんの外科手術を受けるとリンパ浮腫になってしまうのですか?
苅部先生
がんの手術では転移が怖いので、「リンパ節」を切除します。リンパ節とはリンパ管の交差点のようなものですから、なくなると渋滞を起こします。また、渋滞するとリンパ管がぱんぱんに膨らんでダメージを受けるんですね。その結果、リンパ管そのものが「閉そく」することもあります。
編集部
リンパ浮腫が想定されても、リンパ節を切除するのですか?
苅部先生
死に至る「がん転移」のほうが恐ろしいですから、リンパ節の切除は標準的な手順として定められています。リンパ節を切除しなかったことでがんが移転したら、医師の責任問題になりかねません。
編集部
がんの外科手術後、どれくらいの期間でリンパ浮腫になるのでしょう?
苅部先生
生活に支障がでてくるのは、術後10年くらいでしょうか。その間、次第に悪化していきます。できれば、自覚の有無にかかわらず、「がんの手術後2年以内」に受診してほしいですね。予防的な意味も含めて、リンパ管の手術をおこなっておきましょう。
編集部
そもそもリンパ液とは、どんな働きをしているのでしょう?
苅部先生
血管や細胞・臓器の周りにある液体で、リンパ管を通じてゆっくり循環しています。重要な役割としては、「細菌や有害物質を臓器や血管の中に入れないこと」でしょう。液体のバリアといったところでしょうか。加えて、循環することで、お掃除もしてくれます。
編集部
そんなリンパ液を、バイパス手術で血管に流してもいいのでしょうか?
苅部先生
もっともな疑問だと思いますが、末端の手術ですし、影響は皆無と言っていいです。また、血管内でも免疫反応が働きますから、しっかりガードしてくれます。
生活の質も治療の対象に含まれる
編集部
リンパ浮腫は、むくみ以外の症状もあるのでしょうか?
苅部先生
はい。初期の自覚としては、軽度のこわばり、違和感、だるさなどで、リンパの異常だとは気づかないでしょう。中等症になると、生活の不具合が伴ってきます。痛みや皮膚の圧迫感、衣服や靴のきつさなどです。さらに、物が持てなかったり歩きにくくなったりすると、いよいよ重症です。
編集部
受診のタイミングは、早ければ早いほどいいのですか?
苅部先生
がんなどの外科手術を受けた場合は、自覚の有無にかかわらず「2年以内」が好ましいですね。それ以外の場合は、「リンパの異常を疑う」という発想そのものが少ないので、難しいですよね。初期の違和感などをきっかけに、相談だけでもしてみてください。なお、外科手術をしても根治できるとは限りません。症状が軽いうちにできることをしておきましょう。
編集部
がんの手術を受けた医院で、リンパ浮腫についての説明や注意はしてくれないのですか?
苅部先生
医療機関によりますね。なかには、「そういうものだから、仕方がない」と説明する医師も散見されるようです。手術を受けた主治医にそう言われると、患者さんとしては疑わないですよね。このことも、受診を遅らせている要因の一つです。ただし、高齢者の場合に限り、リンパ浮腫の手術をあえて見送ることがあります。お体へのダメージが心配されるからです。
編集部
最後に、読者へのメッセージがあれば。
苅部先生
私個人としては、リンパ浮腫の手術とがんの手術をセットで考えています。もちろん、生死を分けるがんの手術に注目が集まるのはいたしかたないのですが、他方で「生活の質」も考慮したいですよね。「延命治療ができれば、それでよし」とするのではなく、人間として患者さんの人生に寄り添えるような診療を心がけています。
編集部まとめ
リンパ浮腫には“手術”という治療方法もあるのでした。加えて、保存的治療を効果的に進めていく一助にもなりそうです。ただし、「リンパ浮腫外来」をうたっている医院であっても、手術に対応しているとは限らないとのこと。ホームページに記載されている内容などを吟味して、受診先の参考としてください。
医院情報
所在地 | 〒102-0093 東京都千代田区平河町1-4-5 平和第一ビル地下1階 |
アクセス | 東京メトロ有楽町線 麹町駅 徒歩1分 東京メトロ半蔵門線 半蔵門駅 徒歩4分、永田町駅 徒歩5分 |
診療科目 | 美容外科、美容皮膚科、形成外科 |