歯科治療で使われる静脈内鎮静法って、全身麻酔とどう違うの?
治療時の痛みを軽減する方法は、なにも麻酔に限りません。その1つが「静脈内鎮静法」ですが、処置を受けると一体どのような状態になるのでしょう。詳しい話を、静脈内鎮静法を取り扱う数少ない歯科医院の「マリコ歯科クリニック」の渡邊先生にうかがいました。麻酔との比較をしながら、具体的な実態に迫っていこうと思います。
監修歯科医師:
渡邊 麻里子(マリコ歯科クリニック 院長)
日本歯科大学新潟生命歯学部卒業。東京医科歯科大学歯学部附属病院にて障害者・有病者・歯科恐怖症を専門に臨床を重ねる。2012年、東京都渋谷区に「マリコ歯科クリニック」開院。「楽しく、心地よく」をモットーとし、コミュニケーション重視の診療に努めている。東京都内でも笑気麻酔や静脈内鎮静法の保険適用ができる珍しい歯科医院。日本障害者歯科学会認定医。歯科恐怖症学会理事長。日本笑い学会、筒井塾咬合療法研究会、青山歯科研究会、渋谷区歯科医師会の各会員。
歯科治療で用いられる「痛み対策」は、主に3種類
編集部
まず、歯科で用いる「麻酔の種類」を教えてください。
渡邊マリコ先生
大きくは、「局所麻酔」と「全身麻酔」に分けられます。局所麻酔は注射や塗布のほか、綿に薬を染みこませて、それを噛んでいただくこともありますね。
編集部
続けて、全身麻酔についてもお願いします。
渡邊マリコ先生
厳密な意味での全身麻酔は、点滴で麻酔薬を投与し、意識も感覚もまったくない状態にする方法のことです。ご自身では呼吸もできなくなるので、人工呼吸器が必要になります。他方、広い意味での全身麻酔には、静脈内鎮静法や笑気ガスを使った方法などが含まれます。
編集部
静脈内鎮静法は、どのような仕組みなのですか?
渡邊マリコ先生
点滴をする点では狭義の全身麻酔と一緒ですが、意識もありますし、「痛い」などの意思も伝えられます。一種の「精神安定剤」のようなイメージでしょうか。ただし、健忘作用が認められるため、「手術内容を覚えていない」と言う方もいらっしゃいますね。また、吐きたくなるような「オエっ」とする反射も抑えられます。
編集部
笑気ガスについても教えてください。
渡邊マリコ先生
笑気ガスは、呼吸器で肺へ亜酸化窒素というガスを送る方法です。意識は静脈内鎮静法よりもしっかりしていて、お酒に酔った感覚に似ています。痛みに関しては鎮痛作用があるので、ダイレクトに感じないとされています。これも、酔った状態に似ていますよね。
静脈内鎮静法で使われるのは向精神薬の一種
編集部
静脈内鎮静法と狭義の全身麻酔との違いについて、もう少し詳しく知りたいです。
渡邊マリコ先生
自分で呼吸できるかできないか、意識があるのかないのかが、両者の大きな違いでしょう。当院の場合、静脈内鎮静法には「ミダゾラム」という“向精神薬”を用います。ですから、厳密な意味で「麻酔」とは言えません。
編集部
回復までの時間はどうでしょう? 全身麻酔のほうが長そうです。
渡邊マリコ先生
静脈内鎮静法の効果は、点滴を抜いたらすぐに戻ります。静脈内鎮静法は「効果の切れがいい」と言われているくらいです。しかし、大事をとって、しばらく安静にしていただきます。他方、全身麻酔の効果は、点滴を抜いてからも30分ほど続きます。
編集部
両者の使い分けは、どうしているのですか?
渡邊マリコ先生
全身麻酔は原則として、あらゆる部位の手術に適用できます。ただし、使用している間は、患者さんの観察が欠かせません。ご自身では、意思疎通や呼吸ができませんからね。また、長時間に及ぶ手術の場合も、全身麻酔を使用します。2時間を超える静脈内鎮静法は、患者さんの体の負担を考えると、まず、用いません。また、静脈内鎮静法の場合、導尿管をつながないので、尿漏れが懸念されます。
編集部
静脈内鎮静法の適用症例は?
渡邊マリコ先生
オシッコの例もあるように、短時間の手術で済むことが前提ですね。また、歯形を取るとき「オエっ」としてしまう方に対しても、用いることがあります。
編集部
ちなみに、麻酔医などの同席は必要なのでしょうか?
渡邊マリコ先生
本来、手術する医師と麻酔を管理する医師は、それぞれ別であるべきです。とくに全身麻酔では、麻酔医の同席が欠かせません。静脈内鎮静法でも同様なのですが、医療ガイドライン上、「推奨」にとどまっています。
静脈内鎮静法に対応している医院は少ないのが現状
編集部
麻酔の種類について、患者が希望を出してもいいのですか?
渡邊マリコ先生
全身麻酔の適用は広いので、「全身麻酔で進めたい」というご希望なら、受けいれられる余地があります。ただし、噛み合わせの具合などを患者さんと話しながら決めていくとしたら、全身麻酔ではできません。一方、「静脈内鎮静法でやりたい」というご希望は、上記の制限から、叶えられない場合があります。
編集部
意識がないって、ある意味で怖いですよね? なにをされているかわからない不安があります。
渡邊マリコ先生
医師からすると逆かもしれないですね。全身麻酔は、患者さんが動かないので、むしろ「安全」な側面もあります。一方、静脈内鎮静法の場合、患者さんが術中、無意識にチューブや配線などを引っ張ってしまうことがあるのです。言葉遣いや態度が、お薬のせいで「乱暴」になることもありますしね。“素が出る”と言うのか、外交的な気配りをしなくなりがちなのです。
編集部
費用についても知りたいです。やはり違いがあるのでしょうか?
渡邊マリコ先生
そもそも、ほとんどの歯科医院が笑気麻酔や静脈内鎮静法に対応していないのが現状です。仮にしていたとしても自費診療となってしまい、費用も3万円から5万円ほどかかります。なお、当クリニックに関しては、静脈内鎮静法の保険適用が可能で、3割負担として2000円前後です。
編集部
最後に、読者へのメッセージがあれば。
渡邊マリコ先生
もし、手術に対して不安をお感じなら、費用や体への負担が少ない静脈内鎮静法から始めてみてはいかがでしょうか。成功体験が積み重なるにつれ、いずれ「麻酔なし」でも平気になるものです。チャレンジしたうえで、どうしても怖さを乗り越えられないのなら、全身麻酔へ切り替えましょう。いずれにしても、疾患を抱えながら放置しているのは問題です。
編集部まとめ
静脈内鎮静法なら、自分で呼吸ができますし、医師との会話も可能です。そこが、人によって好みの分かれるところでしょう。手術中の経過に一切、関わりたくないのであれば、全身麻酔が第一選択になります。もっとも、希望が通るかは、施術の中身によるでしょう。患者側が選択するための理論武装というより、「これからどのようなことが待ち受けているのか」という情報整理として、この記事を参考にしてください。
医院情報
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