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監修医師:
中路 幸之助(医療法人愛晋会中江病院内視鏡治療センター)
タンジール病の概要
タンジール病は、血中のHDLコレステロール濃度が極端に低下する遺伝性疾患です。
アメリカのバージニア州にあるタンジール島で最初に発見されたことから名付けられました。世界的にもまれな遺伝性疾患であり、日本国内での症例数も多くはありませんが、厚生労働省の指定難病の1つとなっています。(2024年現在)
タンジール病は常染色体潜性遺伝(劣勢遺伝)という形式で遺伝し、両親がタンジール病の発症者かあるいは原因遺伝子の保因者であった場合に発症する可能性があります。
遺伝によって引き継いだ遺伝子変異の影響で、HDLコレステロールの産生に必要な「ABCA1」というタンパク質が欠損するか、その機能が失われることによって発症すると考えられています。
患者の体内ではHDLコレステロールの濃度が著しく低下し、LDLコレステロールが動脈壁に蓄積することで、動脈硬化が進行しやすくなります。
タンジール病の特徴的な症状として、扁桃腺のオレンジ色の腫大、肝臓や脾臓の腫大、角膜(眼球の黒目を覆う膜)の混濁、末梢神経障害が挙げられます。
さらに動脈硬化の進行により、若年期から狭心症や心筋梗塞などの心血管疾患のリスクが高まります。
現在のところ、タンジール病に対する根本的な治療法は確立されていません。
タンジール病の治療は、動脈硬化の進行を抑制し、合併症予防を目的とするのが一般的です。
他の脂質項目であるLDLコレステロールやトリグリセライドの管理を強化しながら、糖尿病や高血圧症などの併存疾患に対する治療がおこなわれています。
また、血栓形成を阻害するための抗血小板薬の投与もおこなわれます。生活習慣の改善も重要な治療戦略だと考えられています。
遺伝性の疾患であるタンジール病では、発病を防いだり、根治を目指したりすることは難しいものの、早期診断と適切な管理により、生活の質向上と長期的な予後の改善が試みられています。
(出典:難病情報センター「タンジール病(指定難病261)」)
タンジール病の原因
タンジール病は、両親から遺伝子の変異を引き継ぐことで発症することがわかっています。
タンジール病の発症に関わる遺伝子の変異は、常染色体潜性遺伝(劣性遺伝)とされており、両親から受け継いだ2つの遺伝子の両方に変異があるときのみ、子どもはタンジール病を発症します。一方のみに変異がある場合は、発症はせずに「タンジール病の保因者」となります。
遺伝子の変異が揃ってタンジール病を発症すると、ABCA1の正常な働きが失われ、HDLコレステロールの産生量が著しく低下します。
体内のHDLコレステロールが減ると、コレステロール代謝が正常に機能せず、LDLコレステロールが皮膚や末梢神経、粘膜などの組織に蓄積します。
その結果、タンジール病に特有の症状を含む、さまざまな全身症状が現れると考えられています。
タンジール病の前兆や初期症状について
タンジール病の症状は多岐にわたり、さまざまな兆候が現れます。
扁桃腺が鮮やかなオレンジ色に腫大し、扁桃腺炎を繰り返す患者が多いことが知られています。また、肝臓や脾臓の腫大が見られることもありますが、肝臓機能障害は通常では認められません。
目の症状として角膜が白く混濁したり、末梢神経障害により、手足の知覚障害や運動障害が生じたりすることもあります。
タンジール病で特に注意すべき症状は、若年期からの動脈硬化が進行することに関連するものです。
狭心症や心筋梗塞による胸痛や胸部圧迫感、脳梗塞による麻痺、下肢の閉塞性動脈硬化症による間欠性跛行(かんけつせいはこう)などが若い年代から出現する可能性があります。
タンジール病の検査・診断
タンジール病の診断は、血液検査や臨床症状の確認、遺伝子検査を組み合わせておこなわれます。
血液検査ではHDLコレステロールのほかに、HDLコレステロールに多く含まれている「アポA-Ⅰ」の濃度が著しく低下していることが重要な指標になります。
臨床症状としては、特徴的なオレンジ色の扁桃腫大や肝臓と脾臓の腫大、角膜混濁、末梢神経障害、動脈硬化性の心血管病変などが確認されます。
確定診断には、遺伝子検査によるABCA1遺伝子変異の同定が必要です。
これらの検査結果と臨床所見を総合的に評価し、タンジール病の診断がおこなわれます。
タンジール病の治療
タンジール病に対する根本的な治療法は、現在のところ確立されていません。
タンジール病の治療目的は、主に合併症の予防と管理になります。
特に、若年期から動脈硬化症による合併症リスクが高まるため、早期からの医療介入が重要と考えられています。
具体的な治療法としては、糖尿病や高血圧症への移行を予防し、既に発症している場合は適切な管理をおこないます。
糖尿病や高血圧症へのアプローチとして、脂質異常症の主要因子であるLDLコレステロールやトリグリセライドの厳格な管理が求められます。
血栓形成を抑制するために抗血小板薬の投与がおこなわれることもあります。
さらに、生活習慣の改善も重要な治療の一つであり、喫煙者には禁煙が強く推奨されます。
動脈硬化の進展を抑制する治療を中心におこない、心筋梗塞や脳梗塞などの重篤な合併症のリスクの軽減を目指します。
タンジール病になりやすい人・予防の方法
タンジール病は遺伝性疾患であるため、家族歴がある場合は発症リスクが高くなります。
仮に、両親ともに保因者であった場合に子どもが発症する確率は、理論上は25%です。
ただし、タンジール病自体はまれな疾患であり、人口に占める保因者の割合や分布など、不明なことも多い疾患です。遺伝によるタンジール病の発症を防ぐ方法も現在のところありません。
発症した場合は、合併症の予防や治療など、長期的な医療介入が重要になります。早期診断と治療の開始により予後の改善が期待されます。