

監修医師:
本多 洋介(Myクリニック本多内科医院)
目次 -INDEX-
ペストの概要
ペストは、ペスト菌という細菌によって引き起こされる伝染病です。この病気はネズミやノミが媒介することで広がります。ペストは歴史的に多くの大流行を引き起こし、特に14世紀の「黒死病」ではヨーロッパの人口の大部分が死亡しました。世界一死者が出た疾患としても知られており、推計5000万人が死亡したとも言われています。
ペストの原因
ペストの原因菌はグラム陰性の通性嫌気性桿菌であるペスト菌Yersinia pestisであり、腸内細菌科に属します。この細菌はもともとネズミなどの野生のげっ歯類に感染するものであり、とは言っても、ペスト菌を持っているネズミがすべて死ぬとはかぎらず、平気で走り回っていたりします。その細菌を持つネズミや感染して死んだネズミを吸血したノミに人が噛まれることで感染します。また感染者の体液や分泌物に接触することでも広がるため、密接な接触や衛生状態の悪い環境では流行が拡大しやすいとされています。
ペストのパンデミックは現在までに3回記録されており、最初は6~7世紀にシルクロードを介してヨーロッパに広がった古典型(Antiqua)、第2次は14世紀の中世で大流行した地中海型(Medievalis)で、中央アジアから地中海を経てヨーロッパで猛威を振るったものであり、このときにヨーロッパの人口の1/3にあたる2,500万人が死亡したとされています。第3次は19世紀以降の世界貿易の発展に伴い、中国からネズミと共に世界中に拡散した東洋型(Orientalis)です。
現在、世界各地で見られる株はOrientalisであり、病原性は一番古いAntiquaが最も強く、最後のOrientalisが最も弱いと言われています。
14世紀に黒死病が蔓延した理由
- 貿易路の発展
シルクロードを通じて東西を結ぶ交易路が整備され、多くの人々が行き来できるようになったため。 - 戦争による移動
戦争によって移動が頻繁に行われ、感染者が広範囲に移動し、各地に病気を広げていったため。 - 都市の過密状態
中世ヨーロッパの都市はとても密集しており、衛生状態も悪かったため。 - ネズミの繁殖
ネズミが人々の生活空間に多く存在し、ノミがペストを媒介しやすかったため。
ペストの前兆や初期症状について
ペストは通常、暴露・感染してから2〜7日の潜伏期間があり、その期間には明らかな症状はありません。潜伏期間のあとに発症し、高熱、頭痛、嘔吐などの全身症状が現れます。ペスト菌はノミの刺咬部から血液中に入って全身に広がり、主に感染する場所によって3つの臨床型(腺ペスト、敗血症ペスト、肺ペスト)を示します。それぞれの型によって症状、致死率などが異なります。
腺ペスト
ペスト菌を保有したノミによる吸血や、感染・死亡した動物と接触することで、傷口や粘膜からペスト菌が体内に入り感染します。感染後、ペスト菌は感染部位の所属リンパ節へ移行し、リンパ節で菌が増殖します。それによって壊死や膿瘍を形成します。潜伏期間は2〜6日であり、特に鼠径部、脇の下、首のリンパ節の腫れと痛みが認められ、「ペスト腺」とも呼ばれます。腫れたリンパ節が壊死により黒色となることもあります。突然の高熱と寒気、頭痛や筋肉痛、疲労感を伴うこともあります。未治療の場合、死亡率は30〜60%とされています。
敗血症ペスト
ペスト菌が血液に入り、リンパ節の腫大などを伴わずに血流で全身に広がることで発症します。腺ペストや肺ペストから進行する場合もあります。高熱や悪寒、極度の疲労、腹痛、吐き気、嘔吐、出血傾向、血圧低下によるショック症状がみられます。また、出血や壊死のために皮膚が斑状に黒色変化を示し、指やつま先が壊死し、黒くなることがあります。この見た目の変化が「黒死病」の由来となっています。
肺ペスト
最も危険なタイプであり、腺ペストの進行期・末期や敗血症ペストの経過中に肺に菌が侵入して肺炎を続発します。潜伏期間は2〜3日で、急激な高熱、咳、呼吸困難、胸痛などの呼吸症状が特徴です。血痰が見られることもあります。感染者の咳やくしゃみによる飛沫感染で人から人へ直接伝播する可能性があります。適切な治療が行われない場合の致死率はほぼ100%であり、早期の抗生物質治療が必須となります。
ペストの前兆や初期症状が見られた場合に受診すべき診療科は内科、感染症科です。ペストは致命的な感染症であり、内科や感染症科で診断と治療が行われています。
ペストの検査・診断
ペストの診断は迅速に治療を開始するために重要です。
臨床評価
患者さんの症状、特に、腺ペストのリンパ節の腫れや肺ペストの急性の呼吸器症状は重要な手がかりとなります。また、ペストが流行している地域への旅行歴やペスト患者との接触歴も考慮されます。肺ペストの場合は胸部X画像にて肺炎の像も認められます。
微生物学的検査>
感染部位(腺、痰、血液など)からサンプルを採取し、グラム染色やギムザ染色と言った特殊な染色を加えることで直接観察することができます。培養によってペスト菌を増殖させて確認することもできます。迅速診断法として、ペスト菌の抗原や遺伝子を検出するPCR法も用いられ、迅速かつ高感度な方法です。
血清学的検査
ペスト菌への感染後に作られる、血液中の特異的な抗体を検索します。
ペストの治療
抗生物質
治療としては早期の抗生物質(ストレプトマイシン、ゲンタマイシンなどのアミノグリコシド系やシプロフロキサシンなどのキノロン系、ドキシサイクリンなどのテトラサイクロン系)が重要であり、通常10〜14日間行われます。治療をすぐに開始すると、死亡リスクは11%に低下します。肺ペスト、敗血症ペストには症状が現れてから24時間以内に抗菌薬を開始する必要があります。
支持療法
重篤な症状を呈する患者さんには、酸素補給、輸液、血圧管理などのショック対策を含めた支持療法が必要です。特に肺ペストの場合、呼吸状態の改善のため、集学的治療が求められることがあります。また、痛みや発熱などに関しても対症療法が行われます。
隔離と感染制御
肺ペスト患者の場合、くしゃみや咳などの飛沫感染にてほかの患者さんや医療スタッフへ感染する可能性があるため、蔓延するのを防ぐために厳重に隔離する必要があります。適切な個人防護具の使用も重要です。
ペストになりやすい人・予防の方法
リスク要因
80年以上もの間、日本国内で感染・発症したペスト患者はいません。しかし、現在でもペストは完全には根絶されておらず、ペストの流行は現在でもアジア、アフリカ、アメリカの広い地域で起こっています。特にマダガスカル、コンゴ民主共和国、ペルーでは定期的に発生が見られます。米国では西部の一部地域(アリゾナ州、ニューメキシコ州、コロラド州など)でペストの自然宿主であるプレーリードッグなどの野生動物からの感染例が報告されています。そのため、その地域への旅行者は注意が必要です。また、ネズミやノミとの接触が多い農業従事者、狩猟者、野生動物と接触する機会が多い人々も感染するリスクが高まります。もちろん、ペスト患者との接触があった人も感染するリスクがあります。
予防方法
まず、衛生管理として、食料やゴミを適切に管理し、ネズミが繁殖しないようにすることが重要です。ネズミの侵入を防ぐための対策、ネズミの駆除も有効な対策です。ノミの予防として、ノミに噛まれないように長袖の衣服を着用し、虫除け剤の使用も効果的です。家庭や農場でのペストコントロール、ペットのノミ駆除も有効です。
感染者に近づかないことや患者さんの隔離も重要となります。また、流行地域への旅行時やペスト患者に接触した人には、予防のための抗生物質投与も考慮されます。ペストの初期症状を見逃さず、疑わしい場合は速やかに医療機関を受診することが大切です。早期の抗生物質治療が重篤化を防ぐ鍵となります。
なお、2024年現在、市販されているペストのワクチンはありません。




