監修医師:
木村 香菜(医師)
放射線皮膚炎の概要
放射線皮膚炎は、主にがんなどの病気の治療で使う放射線治療で起こる皮膚トラブルです。「放射線皮膚障害」などとも呼ばれます。
近年、放射線治療の技術も進歩し、皮膚への影響を最小限に抑えられるようになってきました。しかしそれでも、皮膚炎が生じる場合があります。症状は、放射線が照射されてから約2週間後に生じるとされています。
また、繰り返し放射線に被ばくすることで、皮膚がんの発症リスクが高まる可能性もあります。
放射線皮膚炎の原因
放射線皮膚炎の原因は、主に病気の治療で使う放射線治療です。
人の皮膚は、たくさんの細胞で構成されています。細胞の中には、生命の設計図であるDNAを含む核があり、その周りにはさまざまな物質が存在しています。
放射線が皮膚に当たると、ビリヤードの玉がぶつかって動き回るように、細胞の中の「電子」がはじき飛ばされます。はじき飛ばされた電子は、細胞の中を無秩序に動き回り、行く先々で細胞を傷つけていきます。重要なDNAに傷がつくと、細胞は正常に働けなくなったり、死んでしまったりすることがあります。
また、放射線によってはじき飛ばされた電子は、水分子とも反応して「活性酸素」という物質を作り出します。活性酸素は周りの細胞を傷つける可能性がある物質です。特に、常に新しい細胞に生まれ変わっている皮膚の表面の細胞は、影響を受けやすい特徴があります。
さらに放射線は、皮膚の中を走る細い血管にも影響を与えます。血管が傷つくと、皮膚に必要な栄養や酸素が十分に届かなくなり、皮膚の回復力低下につながります。
こうした仕組みから、同じ場所に繰り返し放射線が当たることで、皮膚細胞の損傷が蓄積しやすくなり、さまざまな症状を引き起こしたり、皮膚がんを併発したりすることがあります。
放射線皮膚炎の前兆や初期症状について
放射線皮膚炎では、発赤や皮膚の乾燥、ただれ、痛み、浸出液などが生じます。こうした症状は、首や耳の後ろ、足のつけ根、脇の下、外陰部などにあらわれやすいです。放射線が当たった箇所に衣服と擦れるなどの刺激が加わるためだと考えられています。
軽度の発赤
最初に起こる変化として、放射線治療を始めてから2週間程度経過してからみられる軽度の発赤があります。治療を受けた部分が、放射線によって血流が増えたことでうっすらと赤みを帯びてきます。この段階では、日常生活に支障をきたすことはありません。
皮膚の乾燥やかゆみ
症状が進むと、皮膚が次第に乾燥してカサカサしてきます。赤みの色も濃くなり、軽いかゆみを感じることも多くなります。とくに、入浴後にかゆみを感じやすく、無意識に掻いてしまうこともあります。
皮膚のただれと痛み
さらに症状が進行すると、皮膚の表面がむけはじめることがあります。日焼けの後のように、薄く皮がむけることもあれば、小さな水疱(水ぶくれ)ができることもあります。さらに、服が擦れるだけでも痛みを感じる場合があり、なかでも服と皮膚が擦れやすい脇の下や外陰部などで痛みが出やすいのが特徴です。
浸出液
重症化すると、皮膚から水分が染み出してきます。患部がジクジクとして、不快感をおぼえます。浸出液が出ている際は皮膚が傷つきやすくなるうえ、細菌感染のリスクが高まるため、被覆材やガーゼなどによる保護が欠かせません。
放射線皮膚炎の検査・診断
放射線治療によって発症する放射線皮膚炎の場合、治療の経過から診断されます。
治療歴の確認
放射線治療を受けている患者の場合、治療開始からの期間、照射部位、照射量などの治療歴を確認します。通常、放射線皮膚炎は治療開始から約2週間程度で症状が出現し始めます。
重症度の評価
医師は視診で皮膚の状態を確認し、重症度を判定します。
重症度は「Grade 1:軽度の発赤、乾燥」「Grade 2:中等度の発赤、水疱形成、限局的なただれ」「Grade 3:湿性落屑(浸出液を伴うただれ)」「Grade 4:潰瘍や壊死を伴う重度の皮膚損傷」の4段階にわかれており、どの段階に該当するかを判断し、今後の治療方針の決定に役立てます。
細菌培養検査
ただれや潰瘍、浸出液が生じている場合は、感染の可能性がないかを調べるために、必要に応じて細菌培養検査を行います。
放射線皮膚炎の治療
放射線皮膚炎の治療では、主に薬物療法やスキンケアが行われます。重度の場合やがんを発症している場合は、外科的治療が検討されます。
薬物療法とスキンケア
放射線皮膚炎が生じた場合、清潔さを保ちつつ、浸出液が出る段階まで進行させないことが重要です。そのため、放射線による異常があらわれた皮膚のスキンケアおよび被覆材やガーゼなどで保護を行います。
そのうえで、医師が処方した医療用保湿剤を使い、皮膚の乾燥を防ぎます。保湿剤には、皮膚の炎症を抑える成分が含まれているものもあり、症状の進行を遅らせる効果が期待できます。
また、症状の程度に応じて、外用薬による治療を行います。症状が進行すると炎症でかゆみや痛みがあらわれるため、これらの症状を抑える効果のあるステロイド軟膏が有効です。重症化して湿潤やただれが見られる場合は、より強力なステロイド外用薬を使うことがあります。また、皮膚の状態によっては感染予防のために抗生物質入りの軟膏を併用することもあります。
痛みのコントロールも重要な治療の一つです。痛みが強い場合は、非ステロイド性消炎鎮痛薬などの内服薬による疼痛管理を行います。症状が重い場合は、より強力な鎮痛薬が必要になることもあります。
感染症の兆候が見られた場合は、検査結果をもとに適切な抗生物質で治療を行います。
外科的治療
重度の放射線皮膚炎で、皮膚の深い層まで損傷を受けている場合は、皮膚移植が必要になることがあります。移植の方法には、患者さん自身の皮膚を使う方法と、人工真皮を使う方法があります。手術後は、移植片がきちんと定着しているかを慎重に確認します。
また、繰り返し放射線に当たることで皮膚がんを発症するケースもあります。その場合は、がんの切除手術を行うことがあります。
再生医療
まだ一般的な治療法ではありませんが、再生医療の研究が進んでいます。具体的には、体内のさまざまな細胞に変化したり細胞の増殖を促したりといった働きをする「幹細胞」の利用です。手術と幹細胞を併用することで、より高い改善効果が得られる可能性があるといわれています。
放射線皮膚炎になりやすい人・予防の方法
放射線皮膚炎は、放射線治療を行ったほとんどの人が経験する皮膚トラブルです。
放射線皮膚炎においては、発症自体の予防というより、症状の悪化を予防することが重要です。
悪化予防のためには、放射線治療から1~2週間後の症状がない段階でも、皮膚を清潔にし、刺激が加わらないようにすることが大切です。たとえば、刺激の少ない泡立てた石鹸で洗い流す、皮膚に擦れないゆったりとした衣服を身に付けるといったことが予防策として挙げられます。
また、かゆみを感じたときにかいてしまうと皮膚が傷つき症状が悪化するため、かかないようにしましょう。かゆみがある場合は皮膚の炎症や乾燥が原因のため、医師の指示にしたがって軟膏などの外用薬を塗布することが推奨されます。
参考文献