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横隔膜麻痺
吉川 博昭

監修医師
吉川 博昭(医師)

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医学博士。日本ペインクリニック学会専門医、日本麻酔科学会専門医・指導医。研究分野は、整形外科疾患の痛みに関する予防器具の開発・監修、産業医学とメンタルヘルス、痛みに関する診療全般。

横隔膜麻痺の概要

横隔膜麻痺は、胸腔と腹腔を分ける横隔膜という筋肉が正常に動きにくくなる病気です。

横隔膜は肺を広げて空気を取り込む働きをしますが、機能が低下すると呼吸が苦しくなり、仰向けになるとさらに悪化することがあります。

麻痺が片側の横隔膜のみの場合は自覚症状が現れないこともありますが、両側の横隔膜が麻痺すると、深刻な呼吸障害や生活に支障をきたすことがあります。

横隔膜麻痺の原因には、心臓や胸部の手術による横隔神経の損傷、外傷、腫瘍、感染症、神経筋疾患などが挙げられます。

治療は、原因疾患の治療や呼吸を補助する装置の使用、外科的手術など患者の状態に応じた方法が選ばれます。

横隔膜麻痺の原因

横隔膜麻痺は、主に横隔神経の損傷や障害によって引き起こされます。

横隔神経の損傷は、心臓や胸部の手術中に発生することが多く、特に冠動脈バイパス術(心臓の血流を改善する手術)や肺腫瘍の摘出手術が要因となることがあります。

交通事故などの外傷や、腫瘍による横隔神経の圧迫も横隔膜麻痺の原因となります。

また、筋ジストロフィーや筋萎縮性側索硬化症(ALS)のような神経筋疾患は、横隔膜の働きを弱め、横隔膜麻痺を引き起こす可能性があります。

ギラン・バレー症候群のような免疫異常やウイルス感染、加齢による神経の機能低下も横隔膜麻痺の原因となることがあります。

まれに、一部の患者では、特発性(特定の原因が明確でない)横隔膜麻痺も報告されています。

横隔膜麻痺の前兆や初期症状について

横隔膜麻痺の前兆や初期症状として最も多いのは、呼吸の異常です。

軽度の場合は息切れや運動後の疲労感から始まり、仰向けで寝た際に呼吸が苦しくなる症状が特徴的です。

呼吸苦により睡眠の質が低下し、慢性的な疲労感を感じることもあります。

片側のみが麻痺している場合は、もう一方の横隔膜が機能を補うため、症状が目立ちづらいです。ただし、日常生活の中で労作時などに息切れを感じるケースもあります。

両側が麻痺した場合は、息苦しさや胸部の圧迫感が顕著になり、日常生活に支障をきたす可能性が高まります。

さらに進行すると、呼吸の回数が増加する「頻呼吸」や、座った姿勢でしか呼吸が楽にならない「起座呼吸」、吸気時にお腹がへこむ「腹部逆転現象」などが現れる場合もあります。

横隔膜麻痺の検査・診断

横隔膜麻痺の診断には、画像検査や超音波検査、呼吸機能検査、神経伝導検査や筋電図などの検査がおこなわれます。それぞれの検査は異なる視点から横隔膜や横隔神経の状態を評価し、正確な診断と適切な治療計画を立てるために実施されます。

胸部X線検査

胸部X線検査では、横隔膜が通常よりも高い位置にある「横隔膜挙上」が確認されます。

片側性か両側性かを判断する手がかりも得られます。

胸部CT検査やMRI検査

胸部CT検査やMRI検査は、胸部X線での所見をさらに詳しく確認するために用いられる検査です。

横隔神経や横隔膜の詳細な状態を把握し、腫瘍や炎症の有無、さらには周囲組織への影響も評価することができます。

特に原因が明確でない場合に有用です。

超音波検査

超音波検査は、横隔膜の動きや厚さをリアルタイムで観察できる検査です。

吸気時に横隔膜が動かない、または動きが鈍い場合には麻痺の可能性が高まります。

動的な評価が可能なため、他の画像検査と併用して診断精度を向上させます。

呼吸機能検査

呼吸機能検査では、肺活量や息を吸うときの圧力を測定して横隔膜の働きを数値で評価します。

仰向けの状態で肺活量が立位時と比較して20%以上低下する場合、横隔膜麻痺が強く疑われます。

神経伝導検査と筋電図

神経伝導検査や筋電図は、横隔神経や横隔膜の機能を評価する検査です。

神経伝導検査では神経の伝導速度や反応を測定し、筋電図では筋肉の電気的な活動を観察します。

神経障害や筋肉の異常を特定し、横隔膜麻痺の原因を調べます。

横隔膜麻痺の治療

横隔膜麻痺の治療は、症状の重症度や原因によって異なります。

軽症の場合は経過観察となることもありますが、生活に支障をきたす場合や重症化している場合には、積極的な治療が必要です。

原因疾患の治療

横隔膜麻痺の治療において重要なのは、原因となる疾患への対応です。

たとえば、腫瘍が原因であれば手術や放射線治療が検討され、炎症が関与している場合には抗炎症薬、感染症が原因であれば抗生物質や抗ウイルス薬が投与されます。

自己免疫疾患が原因の場合には、免疫抑制薬やステロイド療法が有効です。

呼吸補助療法

呼吸機能が低下している場合には、非侵襲的陽圧換気療法(NPPV)や人工呼吸器の使用が検討されます。

マスクやチューブを通じて空気を送り込み、肺の膨張を助けることで酸素供給を補います。

呼吸補助療法は重症の横隔膜麻痺の患者にとって症状の悪化を防ぎ、生命維持の重要な手段の一つです。

リハビリテーション

リハビリテーションは、呼吸筋を鍛え、肺機能を改善するために行われます。

軽度から中等度の症例において、呼吸筋トレーニングは呼吸困難の軽減や生活の質向上に効果的です。

重症な場合でも、呼吸補助療法と併用することで、より効果的な結果が期待できます。

外科的治療

重症の横隔膜麻痺で、他の治療法で十分な改善が見られない場合には、外科的治療が選択されます。

代表的な手術は横隔膜縫縮術(おうかくまくほうしゅくじゅつ)というもので、横隔膜を直接補強し、呼吸機能の改善を目指します。

近年では胸腔鏡を用いた低侵襲手術が普及しており、患者の身体的負担を軽減し、回復を早めることができます。

横隔膜麻痺になりやすい人・予防の方法

横隔膜麻痺のリスクが高い人として、心臓や肺の手術を受けた経験がある人や、ギラン・バレー症候群や筋ジストロフィーなどの神経筋疾患を持つ人などが挙げられます。

加齢による筋力の低下や、喫煙、運動不足、肥満といった生活習慣も、横隔膜の機能低下に影響を及ぼす可能性があります。

交通事故やスポーツ中の外傷で胸部に強い衝撃を受けた場合も、横隔神経が損傷し、横隔膜麻痺になる可能性があります。

肺や横隔膜の健康を保つために、喫煙習慣のある人は禁煙に取り組みましょう。

また、心臓や肺の手術を予定している場合は、術後の横隔膜麻痺のリスクについて医師と相談し、適切なケアを受けることが大切です。

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