

監修医師:
高宮 新之介(医師)
目次 -INDEX-
胸膜中皮腫の概要
胸膜中皮腫(きょうまくちゅうひしゅ)とは、胸腔内にある肺や心臓を覆っている「胸膜」に由来する中皮細胞(内臓を覆う薄い細胞層)が腫瘍化して生じる病気の総称です。
一般に「中皮腫」と呼ばれる場合は悪性のものを指すことが多いですが、実際には胸膜中皮腫には良性のものと悪性のものが含まれます。悪性の胸膜中皮腫(以下、悪性胸膜中皮腫)は、主にアスベスト(石綿:建築資材などに使われていた繊維状の鉱物)曝露との関連が深く、進行が速い・予後が厳しいという特徴を持つがんです。一方で、限局性に発生してゆっくりと増殖するタイプや、腫瘍学的には良性に分類されるタイプ(アデノマトイド腫瘍や高分化型乳頭状中皮腫など)もあり、これらは一般に進行が遅く、切除により良好な経過が期待できるケースがあります。
胸膜は「臓側胸膜(肺などの臓器表面を覆う膜)」と「壁側胸膜(胸壁の内側を覆う膜)」の2枚に分かれており、いずれもとても薄い膜です。この膜は潤滑液を分泌することで肺と胸壁の摩擦を減らす働きをしています。この胸膜表面を覆う中皮細胞が腫瘍化したものが「胸膜中皮腫」です。
胸膜中皮腫全体のうち、臨床的に深刻な問題となるのは悪性腫瘍(悪性胸膜中皮腫)で、胸膜に広範囲に浸潤し、胸水の貯留や肺機能障害などを引き起こします。さらに、潜伏期間が長く(一般に数十年)、発症した時点ですでに進行している場合も少なくありません。
胸膜中皮腫は、びまん性悪性中皮腫(膜全体に広がりやすいタイプ)、限局性中皮腫(一定の範囲にとどまるタイプ)、高分化型乳頭状中皮腫、アデノマトイド腫瘍など複数の種類に分類されます。そのうちびまん性悪性中皮腫がいわゆる「悪性胸膜中皮腫」にあたり、進行が速く治療選択が難しい疾患として知られています。
胸膜中皮腫の原因
1. アスベスト(石綿)曝露
胸膜中皮腫、とくに悪性胸膜中皮腫の主要な原因は、過去に建築資材や工業製品で広く使用されてきたアスベスト(石綿)を吸い込んだこと(曝露)です。アスベストは細く鋭い繊維状の鉱物で、空気中に舞いやすく、肺や胸膜に沈着し、長期間にわたって細胞を傷害し続けます。通常、初めて吸い込んでから数十年(多くは20~40年ほど)かけてゆっくりと病気が進行し、悪性胸膜中皮腫が発症すると考えられています。
アスベストは耐火性や断熱性が高く、ビル・工場・船舶などさまざまな場所で重宝されてきました。しかし、その危険性が明らかになり、現在は日本を含む多くの国で製造・使用が禁止されています。ただし、古い建物の解体や補修工事などでアスベスト粉じんが再び舞うリスクが残っているほか、1960~1990年代頃にアスベストを扱っていた労働者や、その家族(作業服などについた繊維を家に持ち帰り、家族が吸い込む)なども注意が必要とされています。
なお、悪性胸膜中皮腫以外にも、アスベスト曝露は肺がんや石綿肺(じん肺の一種で肺が硬くなる病気)などの原因にもなることが知られています。胸膜プラーク(胸膜が肥厚または石灰化している状態)が見られる場合は、アスベスト曝露の痕跡と考えられます。
2. 良性胸膜中皮腫の原因
一方、良性とされる胸膜中皮腫(アデノマトイド腫瘍、高分化型乳頭状中皮腫、限局性中皮腫の一部など)では、アスベストとの直接的な因果関係が明確ではない場合が多いです。何らかの局所刺激や遺伝的な素因で発生すると考えられていますが、解明されていない点も少なくありません。
胸膜中皮腫の前兆や初期症状について
胸膜中皮腫は初期症状がほとんどないため、ある程度進行してから見つかることが多いです。胸膜は痛みを感じる神経がそれほど多くないため、小さな病変があっても生活に支障が出にくく、気づかれにくいのが特徴です。しかし進行に伴い、以下のような症状が見られます。
胸痛
胸膜が腫瘍に侵され、胸や背中に痛みが出る場合があります。
息切れ・呼吸困難
胸水が溜まったり腫瘍が肺を圧迫したりすることで呼吸が苦しくなります。
咳
胸膜や肺が刺激されることで出ることがあります。
体重減少・倦怠感
がんの全身的な影響により体重が減り、疲れやすくなることがあります。
発熱
原因不明の微熱が続く場合がありますが、特異的ではありません。
胸や背中の痛み、長引く咳、息苦しさなどがある方で、過去にアスベストに触れた可能性がある場合は、なるべく早く呼吸器内科や呼吸器外科を受診してください。特に悪性胸膜中皮腫が疑われる場合は、がん診療拠点病院や専門医療機関に相談することが望ましいでしょう。
胸膜中皮腫の検査・診断
1. 画像検査
胸部X線検査
もっとも基本的な検査で、胸水の有無や胸膜の肥厚などを確認します。ただし小さな腫瘍は見つけづらく、良性か悪性かの判断はできません。
CT(コンピュータ断層撮影)検査
胸膜や腫瘍の広がり、リンパ節への浸潤などを詳しく評価する重要な検査です。
MRI(磁気共鳴)検査
心臓や横隔膜、胸壁との境界が分かりやすいため、腫瘍の進展をより正確に把握する場合に使われます。
PET-CT(陽電子放射断層撮影)
腫瘍の代謝活性を調べる検査で、悪性の腫瘍はエネルギー消費が高いため光るように映ります。ただし、良性でも取り込まれることがあるため、最終的な確定には病理検査が必要です。
2. 胸水検査
胸膜中皮腫では、胸水が貯留することがあります。胸水を針で吸引し、その中にがん細胞が含まれていないか調べる胸水細胞診は悪性中皮腫の疑いを高めるうえで大切な検査です。ただし、胸水でがん細胞が見つからない場合も多いです。
3. 血液検査・腫瘍マーカー
悪性中皮腫では、SMRP(可溶性メソテリン関連ペプチド)などの腫瘍マーカーが上昇することがありますが、感度(がんを見つける力)と特異度(ほかの病気を除外する力)が完全ではないため、参考値として利用されます。
4. 生検(組織診断)
胸腔鏡検査
局所麻酔や全身麻酔を行い、胸の中(胸腔)に内視鏡を入れて直接腫瘍を観察し、組織を採取する方法です。病変の広がりを確認しながら的確に生検できるため、確定診断に有用です。
CTガイド下生検
CT画像を見ながら、胸壁から針を刺して腫瘍の一部を採取します。比較的局在性の病変に向いています。
開胸生検
開胸して腫瘍を直接切除し、病理検査を行う方法ですが、近年は胸腔鏡検査が発達したため、開胸生検が行われるケースは限られています。
5. 病理検査・免疫組織化学
採取した組織を病理医が顕微鏡で観察し、細胞の形態や増殖の仕方を確認します。悪性中皮腫では上皮型・肉腫型・二相型などがあり、良性中皮腫では核の形や細胞分裂の程度が比較的穏やかなことが多いです。さらに、カルレチニンやWT-1、D2-40などの免疫組織化学マーカーを使い、「中皮細胞由来」であることや、ほかのがんとの違いを確認します。
胸膜中皮腫の治療
1. 良性胸膜中皮腫の治療方針
限局性中皮腫や高分化型乳頭状中皮腫、アデノマトイド腫瘍など、良性または境界病変と考えられる場合には、外科的切除が有効とされています。腫瘍が小さく症状もない場合は、一定期間ごとに画像検査を行い、腫瘍が拡大しないか経過観察することもあります。しかし、悪性化のリスクや鑑別の難しさを考慮して、手術が可能なら早めに切除を検討するケースも少なくありません。
完全に切除できれば再発のリスクは低く、多くの場合、追加の化学療法や放射線療法は必要ないとされています。ただし、腫瘍の組織型によっては術後のフォローアップが推奨されます。
2. 悪性胸膜中皮腫の治療方針
悪性胸膜中皮腫は局所進行性かつ遠隔転移を起こすこともある難治性のがんであり、外科療法や化学療法、放射線療法、免疫療法などを組み合わせる「集学的治療」が行われます。治療計画は患者さんの病気の進み具合(病期)や全身状態、腫瘍の組織型などを総合的に評価しながら決定します。
外科療法
胸膜肺全摘術(EPP)
片側の胸膜全体に腫瘍が及ぶ場合、肺や横隔膜、心膜の一部まで含め大きく切除します。侵襲が大きいため、全身状態や年齢を考慮して行われます。
胸膜切除/肺剥皮術(P/D)
肺を残しながら、胸膜や腫瘍を剥がすように取り除く手術です。EPPより患者さんのQOL(生活の質)への影響が小さいですが、再発リスクが残る場合もあります。
化学療法(抗がん剤治療)
ペメトレキセド+シスプラチンの併用療法が標準的な薬の組み合わせとされています。がんの進行を抑え、症状の緩和や延命効果が期待できますが、根治は難しいのが現状です。
近年は免疫チェックポイント阻害薬(ニボルマブ、イピリムマブなど)が導入され、一部の患者さんで有効性が報告されています。保険適用や治療費などは国や地域によって異なります。
放射線療法
広範囲への照射でがんを完全に治すことは難しいものの、痛みの軽減や骨転移の鎮痛など、症状緩和目的に用いられる場合があります。また、外科手術後に再発を抑えるために併用することもあります。
緩和ケア
悪性胸膜中皮腫では、胸痛や呼吸困難など強い苦痛を伴いやすいため、生活の質の改善を目的とするケアが不可欠です。具体的には、胸水の排出(ドレナージ)や疼痛管理の薬物治療、リハビリ、心理的サポートなどがあり、病状に応じて早期から取り入れることが推奨されています。
胸膜中皮腫になりやすい人・予防の方法
1. 胸膜中皮腫になりやすい人
アスベスト曝露歴がある人
過去に造船業や建設業などでアスベストを含む資材を扱った方や、その家族、アスベスト工場周辺に住んでいた方はリスクが高くなります。
遺伝的要因・放射線曝露歴
BAP1遺伝子変異など特定の遺伝子を持つ人や、放射線治療を受けた既往がある人は発症リスクが高い場合があります。
2. 予防の方法
- アスベストの回避
- 定期検診による早期発見
- 生活習慣の改善
- 情報収集と相談