監修医師:
武井 智昭(高座渋谷つばさクリニック)
平成14年慶應義塾大学医学部を卒業。同年4月より慶應義塾大学病院 にて小児科研修。平成16年に立川共済病院、平成17年平塚共済病院(小児科医長)で勤務のかたわら、平成22年北里大学北里研究所病原微生物分子疫学教室にて研究員を兼任。新生児医療・救急医療・障害者医療などの研鑽を積む。平成24年から横浜市内のクリニックの副院長として日々臨床にあたり、内科領域の診療・訪問診療を行う。平成29年2月より横浜市社会事業協会が開設する「なごみクリニック」の院長に就任。令和2年4月より「高座渋谷つばさクリニック」の院長に就任。
日本小児科学会専門医・指導医、日本小児感染症学会認定 インフェクションコントロールドクター(ICD)、臨床研修指導医(日本小児科学会)、抗菌化学療法認定医
医師+(いしぷらす)所属
嗅神経芽細胞腫の概要
嗅神経芽細胞腫(きゅうしんけいがさいぼうしゅ)は、鼻の中の上部にあり、嗅覚をつかさどる嗅上皮(しゅうじょうひ)に発生する悪性腫瘍です。
嗅神経芽細胞腫は、鼻腔・副鼻腔にできる腫瘍の中でもまれな症例です。年間の発症数は人口100万人あたり0.4人程度とされ、希少がんの1つに分類されています。発症に男女差はなく、20歳代と60歳代に発症ピークがみられるものの、若年から高齢者まで幅広い年代で発症例が報告されています。
比較的ゆっくりと大きくなるがんとしても知られ、発症初期では無症状で経過することもあります。鼻づまりや鼻血をきっかけに発症に気がつく例が多いとされています。
腫瘍が進行して大きくなると、嗅覚の低下、頭痛、目の動きの障害などの症状があらわれることがあります。
嗅神経芽細胞腫の治療は、手術によって完全に腫瘍を取り除き、手術後に放射線治療を行う治療法が基本となります。手術が難しい場合や遠隔の臓器に転移している場合などは、薬物治療が中心となります。
嗅神経芽細胞腫では、周りの組織を壊して広がりやすい(浸潤性が高い)ケースもみられ、頭蓋内や眼窩にがんが広がる可能性があります。しかし、リンパ節への転移や遠隔の臓器への転移がみられるのはまれで、それほど悪性度が高い腫瘍ではないと考えられています。手術と放射線治療を組み合わせることにより、再発を抑えた治療が期待できます。ただし、治療後10年以上経過したあとに再発した例も報告されているため、長期間の経過観察が必要な疾患です。
嗅神経芽細胞腫の原因
嗅神経芽細胞腫の発症原因については、現在のところ明らかになっていません。
しかし、近年の遺伝子解析技術の発展により、嗅神経芽細胞腫の発症に特定の遺伝子の異常が関与している可能性も指摘されています。
嗅神経芽細胞腫の前兆や初期症状について
嗅神経芽細胞腫は、比較的ゆっくりと大きくなる腫瘍であり、初期では無症状のことが多いです。症状のはじまりは鼻づまりや鼻からの出血であることが多く、一般的に片側の鼻に生じます。腫瘍が大きくなると嗅覚が低下し、においがわかりづらくなることがあります。
これらの鼻症状は、アレルギー性鼻炎や慢性副鼻腔炎、鼻茸(はなたけ)などの疾患でもしばしばみられる症状であるため、他の疾患との判別が難しい場合があります。
腫瘍がさらに広がって頭蓋内や眼窩までおよぶと、頭痛、眼球が前方に飛び出す(眼球突出)、物が二重に見える、などの症状があらわれることがあります。
嗅神経芽細胞腫の検査・診断
嗅神経芽細胞腫の診断では、症状だけでは他の鼻疾患(アレルギー性鼻炎、副鼻腔炎、鼻茸など)との区別がつきにくいことから、臨床症状だけで嗅神経芽細胞腫と診断することが難しい場合があります。症状や身体所見、画像検査、病理組織検査などを組み合わせることで、嗅神経芽細胞腫を診断します。
鼻づまりや繰り返す鼻血などの症状があり、嗅神経芽細胞腫が疑われる場合、細い内視鏡を使用して鼻腔の奥を観察します。嗅神経芽細胞腫の多くは鼻腔の上部に存在し、赤みを帯びた出血しやすいポリープ様の腫瘍として確認されます。診断の確定には、鼻の腫瘍の組織の一部を採取し、顕微鏡でがん細胞の有無を確認する病理組織検査が重要です。
さらに、腫瘍の正確な位置や大きさ、周囲の組織への広がりを確認し、転移の有無など嗅神経芽細胞腫の進行の程度を確認するために、CTやMRI、PET-CTなどの画像検査が行われます。
嗅神経芽細胞腫の治療
嗅神経芽細胞腫の基本は、手術と放射線治療です。切除して取り除くことが可能な腫瘍の場合、まず手術によって腫瘍を取り除き、手術後に放射線治療を行います。
鼻の奥の上部に腫瘍が存在するため、嗅神経芽細胞腫の手術は開頭手術(頚頭蓋経顔面腫瘍切除術)によって行われることが一般的でしたが、近年は鼻内内視鏡手術の発達により、比較的小さな腫瘍に対しては内視鏡手術が選択されることも多くなっています。
嗅神経芽細胞腫は、周りの組織を壊して広がりやすい(浸潤性が高い)がんとして知られていますが、手術治療のあとに放射線治療を行うことで、浸潤や再発のリスクは低下すると考えられています。再発のリスクが高い場合には、手術の前後に薬物治療を行うことがあります。遠隔に転移している場合には薬物治療が中心となり、切除が難しい場合や手術を希望しない場合は放射線治療が検討されます。
現時点で確立された薬物治療はありませんが、シスプラチンという抗がん剤などを中心とした薬物治療(シプラチン+エトポシド・イリノテカンなど)、またはシクロフォスファミドやビンクリスチンを中心とする薬物療法が試みられるケースもあります。
嗅神経芽細胞腫では、手術後の5年生存率などのデータから、腫瘍が鼻腔内にとどまる限りは比較的予後が良好とされています。そのため、早期発見と早期治療が重要と言えるでしょう。
嗅神経芽細胞腫は治療の数年後、あるいは10年以上経過したあとに再発する場合もあり、治療後の定期的な経過観察も必要です。
嗅神経芽細胞腫になりやすい人・予防の方法
嗅神経芽細胞腫の原因は明らかになっておらず、若年から高齢者までの幅広い年代で発症することが知られています。発症リスクの高い人を特定することはできませんが、発症年齢は20歳代と60歳代にピークがあることが報告されています。また、実際の患者数は男性がやや多いものの、発症に男女差はないと考えられています。
現在のところ、明確な予防方法もありませんが、鼻づまりや繰り返す鼻血などの症状が長期間続く場合は、医療機関を受診しくわしい検査を受けることが重要です。
参考文献