監修医師:
中路 幸之助(医療法人愛晋会中江病院内視鏡治療センター)
肺吸虫症の概要
肺吸虫症(はいきゅうちゅうしょう)とは、食品媒介によって感染する寄生虫の一種である「肺吸虫」が人体に寄生することで発症する病気です。肺吸虫はサワガニやイノシシの肉などに寄生していることがあり、主にそれらを生食したことが原因で、ヒトにも感染します。
肺吸虫症を発症すると、慢性的な咳嗽や血痰など、結核や肺がんに似た呼吸器症状がみられます。
肺吸虫症の治療には、寄生虫を駆除する薬物療法がとられます。
肺吸虫症は東アジア、南米、アフリカなどで多く報告されており、日本国内でも発症例のある感染症です。
肺吸虫症の原因
肺吸虫症の原因となるのは、肺吸虫と呼ばれる寄生虫です。
国内で感染・発症が報告されている肺吸虫には、宮崎肺吸虫とウエステルマン肺吸虫が知られています。
肺吸虫はサワガニやモズクガニといった淡水産のカニ、イノシシやシカの肉などに寄生している場合が多く、それらを生食する、あるいは加熱処理が不十分な状況で摂取したことが原因でヒトにも感染します。
肺吸虫は、体内に入ってから約2ヶ月かけて小腸から腹腔に移動します。
その後、腹腔から胸腔を通って肺へ移動し、肺の組織で成虫になると卵を産みはじめ、咳や血痰などの呼吸器症状を引き起こします。
肺吸虫症の前兆や初期症状について
肺吸虫症は寄生虫病の一種であるため、肺吸虫が体内を移動し、最終的に肺に病変を形成するまでの過程で、さまざまな症状が出ることがあります。
最終的に肺吸虫が肺まで到達し、成虫となって産卵を始めると、肺吸虫症として典型的な症状が現れます。
まれに肺吸虫が肺以外の臓器に到達してしまうケースがあり、とくに肺吸虫が脳に到達してしまうケースでは、重篤な症状が出る場合もあります。
ただし、肺吸虫症に感染していても、軽症でほとんど症状が発現せず、感染を自覚できない例も多いことが知られています。また症状はゆっくりと進行するため、明確な症状を自覚するのは、成虫が肺に到達してからとなる場合が多いです。
なお、肺吸虫症の寿命は長く、体内で数年以上生存する可能性があり、場合によっては20年以上生存することもあると考えられています。
幼虫期の症状
ヒトの体内に入った直後の肺吸虫は幼虫形態で、約2か月かけて肺まで移動します。幼虫が腸内や腹腔内を移動する際に、下痢や腹痛、あるいは発熱やじんましんといったアレルギー症状に似た症状が出ることがあります。
成虫期(肺)の症状
肺吸虫が肺へ移動して成虫になり、産卵を始めると咳や血痰、胸の痛みの症状がみられます。これらの症状は肺がんや肺結核と似ているため、診断の際には正確な鑑別が必要です。
さらに、肺の一部に穴が開いて空気が漏れる症状(気胸)が起こる場合や、胸水が溜まって息苦しさが増す場合もあります。
脳肺吸虫症
まれではあるものの、肺吸虫が肺以外の臓器にも到達し、臓器が侵されるケースも報告されています。とくに、脳に到達してしまうケースは脳肺吸虫症と呼ばれており、頭痛や嘔吐、悪心といった症状が見られます。脳肺吸虫症を発症すると、けいれん発作や手足の麻痺といった、より重篤な神経症状に発展することもあります。
肺吸虫症の検査・診断
肺吸虫症の検査では血清診断や寄生虫検査、画像診断や血液検査が用いられます。
血液検査
肺吸虫症の診断には、血清中の抗体を検出する方法が広く用いられています。
特に、感染者の血清中に特異的な抗体が存在するかどうかを調べる酵素免疫測定法(ELISA)が一般的です。
寄生虫検査
寄生虫検査では、顕微鏡を用いて患者から採取した喀痰や便等を調べます。特徴的な外観を持つ虫卵(肺吸虫の卵)を確認できれば肺吸虫症が確定します。
ただし、肺吸虫症を発症していても必ずしも虫卵が確認できるわけではないため、他の検査も必要になります。
画像検査
胸部X線やCTを用いて、肺の状態を評価します。
画像検査では、肺の病変や合併症(胸水や気胸)の有無を確認できますが、単独では肺吸虫症の診断が確定しません。
他の検査を併用して行い総合的に肺吸虫症を判断します。
脳に肺吸虫が寄生した場合には、脳内の病変を評価するためにMRIが有用です。
肺吸虫症の治療
肺吸虫症の治療では抗寄生虫薬による薬物治療が用いられます。
虫体の除去や重症化した合併症を管理するために外科治療が行われる場合もあります。
薬物治療
肺吸虫症の治療では、プラジカンテルという寄生虫駆除剤が広く使われています。
プラジカンテルの作用機序の詳細は解明されてはいないものの、肺吸虫を麻痺、あるいは死滅させる効果を持ちます。
患者や患部の状況に合わせ、抗菌薬などが同時に処方される場合もあります。
外科治療
重度の感染や腫瘍形成が見られる場合は、肺の機能を保ちながら感染を完全に除去するために、肺の一部を切除する手術が行われる場合もあります。
肺吸虫症によって形成された寄生虫嚢胞や皮下結節があるケースでは、局所麻酔下で切開し、結節内の虫体を取り出す手術が行われます。
また、肺気胸を引き起こした場合は外科的ドレナージや肺の穴を塞ぐ癒着術が行われます。
脳に寄生し、重症な症状が出ている場合は、開頭摘出術も必要です。
肺吸虫症になりやすい人・予防の方法
肺吸虫症になりやすい人は、発症原因となる淡水産カニ、イノシシ肉、シカ肉といった食材を好んで食べる習慣がある人です。
民族や文化、地域性などに左右される食習慣によって、発症リスクが高まる可能性があります。肺吸虫症の流行地域でとれた食材を口にする際には、特に注意が必要です。
肺吸虫症の予防方法は、発症原因となる食材(淡水カニ類、ザリガニ、イノシシ肉、シカ肉)を食べないことです。
ただし、食材中の肺吸虫症は、加熱や冷凍により死滅させることができますので、こうした食材を含む食事が、必ずしも危険なわけではありません。
事前に適切な処置(加熱や冷凍)が施され、調理器具などを含め衛生管理が行き届いた環境で調理された食材に限れば、感染リスクをあまり気にせずに食べることができるでしょう。
参考文献
- NIID 国立感染症 わが国における肺吸虫症の発生現況
- NIID 国立感染症 シカ肉を介したウェステルマン肺吸虫症の感染リスク
- 厚生労働省 検疫所 FORTH 食品由来の吸虫症について(ファクトシート)
- 内閣府 食品安全委員会 食品により媒介される感染症等に関する文献調査
- 6. 吸虫症の化学療法とそれによる予防/熱帯医学会報/1965年6巻1号p.34-37
- 肺感染症:診断と治療の進歩 II.診断から治療へ6.肺寄生虫/日本内科学会雑誌/1991年第80巻 第5号p707-712
- ウエステルマン肺吸虫症23例の臨床的検討/日本呼吸器学会雑誌39巻12号2001年
- ウエステルマン肺吸虫症の1例/日本呼吸器学会雑誌第36巻第7号/1998年
- ウェステルマン肺吸虫症の診断に局所麻酔胸腔鏡下生検が有用であった1例/呼吸臨床/第6巻10号/2022年
- 脳病変を契機に診断に至ったウエステルマン肺吸虫による脳肺吸虫症の1例/小児感染免疫/第24巻第1号/2012年/p19-23
- 気管支肺胞洗浄液中 IL-5 が高値を示したウエステルマン肺吸虫の1例/日本呼吸器学会雑誌第38巻第12号/2000年/p928-931
- 肺吸虫症に対する外科的療法/京大結研紀要/第11巻第1号/1962年/p10-21