

監修医師:
五藤 良将(医師)
嚥下障害の概要
嚥下障害は、食べ物や飲み物を飲み込む際に誤飲や飲み込みにくさが生じる状態です。この障害は、加齢、神経疾患、頭頸部のがんなどさまざまな原因で発生します。主な症状には、咳込み、むせ、食べ物が喉に詰まる感覚、飲み込みにくさ、食事時間の延長などがあります。
重症の場合、誤嚥性肺炎や栄養不良のリスクが高いです。診断は問診や身体診察に加え、嚥下造影検査やビデオ内視鏡検査などの検査が行われます。
治療方法は原因や重症度によって異なりますが、食事形態の調整、姿勢や食べ方の指導、嚥下リハビリテーションなどです。
嚥下障害は生活の質に大きく影響するため、早期発見と適切な管理が重要です。多職種連携のもと、個々の患者さんに合わせた包括的なケアが求められます。
嚥下障害の原因
嚥下障害は、さまざまな要因によって引き起こされる可能性があります。
| 神経系疾患 | 脳卒中、パーキンソン病、多発性硬化症、筋萎縮性側索硬化症(ALS)などの神経疾患が嚥下機能に影響を与える可能性があります。 |
|---|---|
| 筋肉の弱化 | 加齢や長期の不活動による筋力低下が嚥下に必要な筋肉の機能を低下させる可能性があります。 |
| 構造的な異常 | 先天的な異常や外傷、手術後の影響で口腔、咽頭、食道の構造に問題が生じることがあります。 |
| 薬物の副作用 | 抗不安薬や抗うつ薬などの薬剤が口の渇きや筋弛緩を引き起こし、嚥下に影響を与える場合があります。 |
| 心理的要因 | 不安やストレスが嚥下反射に影響を与えることもあります。 |
| 腫瘍 | 頭頸部の腫瘍が嚥下経路を物理的に妨げる可能性があります。 |
| 炎症や感染 | 口腔、咽頭、食道の炎症や感染が一時的な嚥下障害を引き起こすことがあります。 |
| 加齢 | 加齢に伴う生理的変化が嚥下機能の低下につながることがあります。 |
これらの要因が単独または組み合わさって嚥下障害を引き起こす可能性があります。適切な診断と治療のためには、専門医による詳細な評価が重要です。
嚥下障害の前兆や初期症状について
嚥下障害は、食べ物や飲み物を飲み込む際に困難を感じる状態を指します。初期段階では、症状が軽いため見過ごされがちですが、早期発見と対応が重要です。主な初期症状には以下のようなものがあります。
むせ
特に水やお茶などの液体を飲む際に、頻繁にむせるようになる。
食事時間の延長
以前より食事に時間がかかるようになる。
食べにくさ
特定の食品(パサパサしたものや固いもの)を食べるのが難しくなる。
声の変化
食後に声がかすれたり、ガラガラした声になったりする。
喉の違和感
食べ物が喉に引っかかる感覚や、のどに何かが残っている感覚がある。
唾液の管理困難
唾液が口から漏れたり、飲み込みにくくなったりする。
体重減少
十分な栄養摂取ができないことによる、緩やかな体重減少。
繰り返す肺炎
誤嚥性肺炎を繰り返し起こす。
これらの症状が見られた場合、医療機関での評価と適切な対応が必要です。早期発見と適切な管理により、重症化を防ぎ、生活の質を維持することができます。医療機関を受診する際は、耳鼻咽喉科や消化器内科が良いです。
まずは、かかりつけ医に相談し、適切な専門医を紹介してもらうのが良いでしょう。症状の原因や程度によって、最適な診療科が異なる場合があります。
嚥下障害の検査・診断
嚥下障害の検査は、主に以下の方法で行われます。
問診
家族や患者さんから症状や既往歴、食事の様子などを詳しく聞き取ります。
視診・触診
口腔内や頸部の状態を観察し、触診で筋肉の緊張や腫れを確認します。
反復唾液嚥下テスト(RSST)
30秒間に何回唾液を飲み込めるかを測定します。正常な基準は3回以上とされていますが、高齢者では2回以上を目安とする場合もあり、臨床的には年齢や全身状態を考慮して評価されます。
水飲みテスト
少量の水を飲んでもらい、むせや声質の変化を観察します。
改訂水飲みテスト(MWST)
3mlの冷水を飲んでもらい、嚥下機能を5段階で評価します。
嚥下造影検査(VF)
造影剤を混ぜた食品を摂取してもらい、X線透視で嚥下の様子を動画で観察します。誤嚥や口腔内残留がないか確認します。
嚥下内視鏡検査(VE)
鼻から細い内視鏡を挿入し、咽頭や喉頭の様子を直接観察します。
これらの検査を組み合わせることで、嚥下障害の程度や原因を特定し、適切な治療方針を立てることができます。患者さんの状態や検査の目的に応じて、適切な検査方法を選択することが重要です。これらの検査結果を総合的に判断し、嚥下障害の原因や重症度を特定します。
嚥下障害の治療
嚥下障害の治療には、複数のアプローチがあります。まず、リハビリテーションが重要です。言語聴覚士による嚥下体操や舌の運動、口腔機能訓練などを行います。また、姿勢調整や食事時の頭位の工夫も効果的です。食物の形態を変更し、とろみをつけたり、ゼリー状にするなど、飲み込みやすい形状にするのも大切です。
薬物療法では、誤嚥性肺炎の予防として嚥下反射を促進するACE阻害薬を使用することがあります。重度の場合は、経管栄養や胃瘻などの代替栄養法を検討します。外科的治療として、喉頭挙上術や輪状咽頭筋切断術などがありますが、これらは慎重に検討されます。電気刺激療法や温熱療法などの物理療法も、補助的に用いられることがあります。
最後に、原因疾患の治療も重要です。脳卒中後遺症や神経疾患など、背景にある病気の管理も並行して行います。治療は個々の状態に応じて、多職種チームで総合的に行われます。定期的な評価と治療計画の見直しが必要です。
嚥下障害になりやすい人・予防の方法
嚥下障害はさまざまな原因で発生する可能性がありますが、特定の条件や状況にある人々がより発症しやすい傾向にあります。以下に、嚥下障害のリスクが高い人について解説します。
高齢者
高齢者は嚥下障害になりやすいです。加齢に伴い、咀嚼や嚥下に関わる筋肉の衰え、さまざまな疾患との併発により食べ物や飲み物を適切に飲み込むことが困難になります。しかし、多くの高齢者は嚥下機能が低下しているものの、誤嚥性肺炎を起こしていないためそのほかの要因も関わっていると考えられます。
神経系疾患
神経系疾患を患っている人も嚥下障害のリスクが高くなります。例えば、脳卒中、パーキンソン病、多発性硬化症、筋萎縮性側索硬化症(ALS)などの疾患は、嚥下に関与する神経や筋肉の機能を低下させる可能性があります。
頭頸部のがん
頭頸部のがんや、その治療を受けた人も嚥下障害を発症しやすいです。手術や放射線治療により、嚥下に関わる構造が変化したり、機能が損なわれたりすることがあります。がんでは放射線治療や薬物療法が用いられますが、その影響により嚥下に関わる組織で炎症が発生する場合があります。
認知症
認知症患者さんも嚥下障害のリスクが高まります。認知機能の低下により、適切に食事を摂取することや、嚥下のタイミングを図ることが困難になる場合があります。嚥下訓練で改善するのは稀であり、薬物療法による治療が必要です。
これらの条件に該当する人々は、嚥下障害の早期発見と適切な対応が重要です。医療従事者や介護者は、これらのリスク要因を理解し、必要に応じて適切な評価や介入を行うことが求められます。
嚥下障害の予防は、日常生活の中で実践できる重要な取り組みです。以下に主な予防方法を解説します。
まず、適切な食事習慣が重要です。ゆっくりとよく噛んで食べること、一口量を小さくすること、水分を十分に取ることが基本です。また、食事の際は姿勢を正し、顎を引いて食べることで誤嚥を防ぎます。
口腔ケアも欠かせません。歯磨きや舌の清掃を丁寧に行い、口腔内を清潔に保つことで、細菌の繁殖を抑え、誤嚥性肺炎のリスクを低減できます。
また、嚥下機能を維持するための運動も効果的です。首や肩の体操、舌や口唇の運動、発声練習などを日常的に行うことで、嚥下に関わる筋肉を鍛えられます。
定期的な健康診断や歯科検診を受け、早期に問題を発見し対処することも重要です。加齢や疾患による嚥下機能の低下が見られる場合は、専門医や言語聴覚士の指導を受けることをおすすめします。これらの予防法を日常生活に取り入れることで、嚥下障害のリスクを軽減し、健康的な生活を維持することができます。
参考文献




