監修医師:
眞鍋 憲正(医師)
シアン中毒の概要
シアン中毒は、シアン化水素(青酸ガス)・シアン化カリウム(青酸カリ)・シアン化ナトリウム(青酸ソーダ)などに代表される、シアン化合物に晒されることで起こる重篤な健康被害です。
シアン化合物の多くは生物に対する強い毒性があり、少量でも致死量に達することが知られています。
中毒の初期症状は、頭痛・めまい・嘔吐などで、重症では意識障害・昏睡・痙攣・血圧低下・チアノーゼ・心停止などがみられます。これらの症状は急速に進むため、シアン中毒が疑われるケースでは、できるだけすみやかな医療処置が望まれます。
シアン中毒の治療には、シアン中毒の治療に特化した解毒剤が用いられます。
重症例での治療や救命は困難ではあるものの、酸素吸入や胃洗浄など、適切な救命措置とともに解毒剤の投与が間に合った場合は、救命できる可能性があります。ただし救命できても、脳や神経に重篤な後遺症が残るケースもみられます。
シアン化合物は、このようにきわめて危険でありながらも工業的には有用な薬品であることが多いです。
しかし、毒物及び劇物取締法などさまざまな法規制により厳しい管理が求められるため、一般的には曝露や摂取が起きる可能性は低いと言えます。一方で、金属メッキ工場など、シアン化合物を扱う産業現場で万一の事故や不適切な管理があった場合、曝露が起きる可能性は否定できません。
また、一般的な火災事故でも、合成繊維などの燃焼によりシアン化水素が発生するケースはあり得ます。シアン化水素を含む煙を吸ってしまうことにより、シアン中毒が発生する可能性はあります。
なお、身の回りに存在するシアン化合物として、タバコの煙中の有害物質、青梅やビワの種に含まれる天然成分などが知られていますが、これらを原因としてシアン中毒を起こすことはきわめてまれだとされています。
シアン中毒の原因
シアン中毒の原因は、体内に取り込まれたシアンイオン(CN-)の急性の毒性によるものです。肺や皮膚、消化器の粘膜等から吸収されたシアンイオンは、血液中でヘモグロビンと強く結合し、血液の酸素運搬機能を阻害します。結果として、致命的な中枢神経症状と循環器系症状を短時間で発症します。
シアンイオンを体内に取り込んでしまう原因としては、「シアン化合物への直接曝露」「シアン化合物の経口摂取」「その他」が考えられます。
シアン化合物への直接曝露
シアン化合物の多くが、工業的には有用な薬品として使用されています。
そのため、誤った操作で薬品に直接曝露したり、不適切な廃棄・廃液処理が原因で曝露を受けたりする可能性があります。
また、シアン化合物を使用する工場などの産業現場で火災などの事故がおきると、シアン化水素が発生する危険性があります。シアン化水素は常温付近では気体あるいは液体として存在しますが、揮発性が高いため、吸い込んだり皮膚から吸収されたりすることで、急速な中毒症状を引き起こす可能性が高くなります。
なお、シアン化水素はアクリル製品などが燃えて発生するケースもあるため、一般家屋での火災においてもシアン中毒に対する警戒は必要だとされています。
シアン化合物の経口摂取
シアン化カリウム(青酸カリ)やシアン化ナトリウム(青酸ソーダ)といったシアン化合物を経口摂取すると、胃に入った段階で胃酸と反応し、シアン化水素を発生させます。発生したシアン化水素が肺や粘膜を経由してシアンイオンとして血液中に入り、中毒症状を発生させます。
シアン化水素に直接曝露した場合に比べると少しだけ症状の進行が遅いとされますが、致死量を超えて摂取した場合、患者の多くは15分以内に死亡すると言われています。
なお、シアン化合物を摂取した患者の呼気には、高濃度のシアン化水素ガスが含まれる場合もあるため、救助にあたる場合は二次被害の防止に努める必要があります。口を介した人工呼吸などは厳禁です。
その他
シアン化合物は、一般食品中などにも含まれる可能性はあります。
具体的には、製造過程で殺虫などの目的で使用されたシアン化合物が残留する可能性があります。国内で流通する商品に関しては、食品添加物等の規格基準などによる法規制により、基準値以下となるよう指導されています。
また、未完熟のウメの実やビワの種子などに多く含まれる「アミグダリン」など、いくつかの天然物質も、シアンが結合しているものとして知られています。ただし、青梅やビワの種を少しかじった程度では、通常は問題とはなりません。常識を超える大量摂取や、健康食品などでの高濃度の配合には注意が必要だと考えられています。
ほかに、タバコの煙中の有害物質の1つとして、シアン化合物が含まれることが知られています。
以上の項目は、曝露や経口摂取に比べると危険性はかなり低いものの、シアン中毒をおこす原因となる可能性があります。
シアン中毒の前兆や初期症状について
中毒の初期症状は、頭痛・めまい・嘔吐などで、重症では意識障害・昏睡・痙攣・血圧低下・チアノーゼ・心停止などがみられます。
曝露や摂取を受けた状況や量にもよりますが、多くの場合、シアンの強い急性毒性により症状が短時間で進行していきます。
シアン化水素には未熟なアーモンドのような芳香があるとされますが、必ずしもすべての人が感じ取れるわけではないため、前兆として利用するのは難しい場合もあります。なお、臭気を確認するためにシアン中毒が疑われる人の呼気を吸い込むことは、二次被害を生む可能性がありたいへん危険です。
シアン中毒の検査・診断
シアン中毒の診断方法は、主に血液検査や心電図検査、血液ガス分析検査などがあります。ただし、出現している症状や曝露状況の情報などからシアン中毒の疑いが強い場合は、診断を待たずに解毒剤の投与などの治療を開始することもあります。
シアン中毒では、緊急の救命治療となることが多く、事故状況や目撃者による情報はとくに重要になります。
血液検査や心電図検査、血液ガス分析検査などは、シアン中毒の確定診断に加え、循環器系や呼吸器系、消化器系など重要な臓器への影響の有無や程度を評価するためにおこないます。
シアン中毒の治療
シアン中毒の治療には、シアン中毒の治療に特化した解毒剤が用いられます。
医療機関で用いられるシアン中毒の解毒剤は「ヒドロキソコバラミン」などを主成分とする注射薬が多いです。シアン化合物を扱う産業現場では、医療従事者以外でも使うことのできる緊急用の解毒剤キットが備えられていることもあります。
シアン中毒では症状の進行が速いため、解毒剤の投与は多くの場合、酸素吸入など他の救命措置と並行して行われます。とくにシアン中毒の発生が疑われるような火災現場では、一酸化炭素中毒による症状とシアン中毒による症状を鑑別することは困難なケースもあり、救命を最優先するために両方の治療を施すこともあります。
また、シアン化合物の経口摂取が原因である場合は、患者の胃の内容物を吐き出させたり、胃洗浄をおこなうことが有効になるケースも見られます。
患者の状態によっては集中治療室での厳重な管理が必要とされます。 血圧や心拍数、呼吸状態などのバイタルサインを継続的にモニタリングしながら状態に応じた治療を続けます。
重症例での治療や救命はかなり困難とされるものの、酸素吸入や胃洗浄など適切な救命措置とともに解毒剤の投与が間に合った場合は、回復が見込まれるケースもあります。ただし救命できても、脳や神経に重篤な後遺症が残るケースもみられます。
事故現場で救助にあたる場合は、救助者が二次被害にあわないよう注意が必要です。病院等で治療にあたる医療従事者も、換気などの安全管理の徹底が求められます。
シアン中毒になりやすい人・予防の方法
シアン中毒のリスクが高い人として、シアンを取り扱う産業現場で作業する人があげられます。
化学工場や金属の精錬所などではたらく人のほか、火災や事故現場へ救助に向かう消防士や警察官などもシアン中毒に対するリスクは考慮されるべきです。
予防の基本は安全対策を徹底することです。
工場などの作業現場では換気を十分におこない、手袋やゴーグル、ガウンなどの保護具を正しく着用しましょう。また、シアン化合物の取り扱い・保管・設備点検・作業手順の確認・防災訓練といった取り組みは重要です。
一般的には、日常生活でシアン中毒を警戒する必要性はあまりないと言えますが、健康食品や輸入食品などでシアン残留が指摘され、注意喚起がなされるケースもまれにあります。青梅やビワの種といった食品を少量口にする程度のことは危険とは言えません。しかし、一度に大量に摂取するのは避けたほうがよいでしょう。
参考文献