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佐伯 信一朗

監修医師
佐伯 信一朗(医師)

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兵庫医科大学卒業。兵庫医科大学病院産婦人科、兵庫医科大学ささやま医療センター、千船病院などで研鑽を積む。兵庫医科大学病院産婦人科 外来医長などを経て2024年3月より英ウィメンズクリニックに勤務。医学博士。日本産科婦人科学会専門医、日本医師会健康スポーツ医、母体保護法指定医。

胎児発育不全の概要

胎児発育不全は、子宮内で胎児の発育が何らかの原因により障害され、週数相当の発育ができなかった状態を指します。以前は子宮内発育遅延と呼ばれていましたが、現在は「胎児発育不全」という用語に統一されています。日本産科婦人科学会の産婦人科診療ガイドライン産科編2023では、胎児体重基準値を用い、-1.5SD以下を胎児発育不全診断の目安とし、胎児体重の経時的変化、胎児腹囲、および羊水量なども考慮して総合的に診断することを推奨しています。米国産婦人科学会では、胎児の推定体重または腹囲が10パーセンタイル未満であるものを胎児発育不全と定義し、そのなかでも3パーセンタイル未満のものを重症な胎児発育不全としています。なお、胎児発育不全は胎児の診断名であり、出生後の体重に基づくSGA(small for gestational age)とは区別して考える必要があります。

胎児発育不全の原因

胎児発育不全の原因は主に三つのタイプに分類されます。第一に、均衡型(symmetrical type, Type 1)は、胎児発育不全全体の約20%を占め、頭部も躯幹も同程度に抑制された均整のとれた発育を特徴とします。これは染色体異常などの胎児自身の異常やTORCH症候群などにより妊娠初期に胎児が障害された場合に生じ、胎児臓器の細胞数が少ないhypoplasiaを呈します。第二に、不均衡型(asymmetrical type, Type 2)は、胎児発育不全全体の約70%を占める最も頻度の高い型で、妊娠後期発症の妊娠高血圧症候群や糖尿病など母体疾患に起因します。この型では、brain sparing effectにより脳血流は維持されますが、体幹・内臓への血流が低下するため、腹部が小さく痩せた体型となります。第三に、混合型(combined type, Type 3)は、胎児発育不全全体の約10%を占め、妊娠早期発症の妊娠高血圧症候群、慢性腎炎、高血圧、胎盤臍帯因子などが原因となり、均衡型と不均衡型の中間的な特徴を示します。

胎児発育不全の前兆や初期症状について

胎児発育不全そのものには特徴的な自覚症状はありませんが、定期的な妊婦健診での各種検査所見が重要な指標となります。具体的には、子宮底長の計測値が基準値より小さい場合や、超音波検査での胎児計測値の低下、羊水量の異常などが認められることがあります。重症例では胎動減少を認めることもあります。そのため、妊婦健診を適切に受診し、これらの指標を定期的に評価することが早期発見につながります。

胎児発育不全の検査・診断

胎児発育不全の診断において、超音波検査は最も重要な検査手段です。妊婦健診では全妊娠期間を通じて全14回程度の超音波検査が実施され、胎児の発育状態が継続的に評価されます。特に重要な検査時期として、妊娠10~13週、妊娠18~20週、妊娠28~31週が挙げられ、各時期に応じた詳細な形態スクリーニングが推奨されています。
超音波検査では、胎児計測(BPD、FL、ACなど)による発育評価に加え、詳細な胎児形態スクリーニングが実施されます。胎児発育不全の約10%に形態異常を伴うとされており、逆に何らかの構造異常を合併する胎児ではその20~60%程度で胎児発育不全をきたすとの報告もあります。また、超音波パルスドプラ法による胎児臍帯動脈血流や中大脳動脈血流の評価も、胎児の元気さの評価において重要な指標となります。
複数または特徴的な形態異常を認める場合は染色体異常の存在も疑われ、遺伝学的検査の実施も検討されます。また、妊娠中に発熱や発疹があった場合には、TORCH症候群などの胎児感染症についても精査が必要となることがあります。

胎児発育不全の治療

現時点で胎児発育不全に対する確立された直接的な治療法はありませんが、以下の管理が重要です。第一に、母体の十分な安静と適切な栄養摂取を確保します。第二に、基礎疾患がある場合は、それらの適切な管理を行います。第三に、胎児の状態を定期的な超音波検査による発育評価、羊水量の評価、臍帯動脈・中大脳動脈血流の評価などを通じて慎重にモニタリングします。
特に重症例では、入院管理のもと、胎児心拍モニタリングや超音波ドプラ検査による評価を頻回に行います。分娩のタイミングは、胎児の状態、妊娠週数、胎児発育不全の重症度、原因などを総合的に判断して決定されます。

胎児発育不全になりやすい人・予防の方法

胎児発育不全の母体側危険因子として、様々な内科的合併症(高血圧、妊娠前の糖尿病、腎疾患、甲状腺疾患、自己免疫疾患、抗リン脂質抗体症候群、チアノーゼ型心疾患など)や妊娠高血圧症候群が挙げられます。また、生活習慣関連因子として喫煙やアルコール使用、特定の薬物(シクロフォスファミド、バルプロ酸、ワルファリンなど)の使用、さらに低身長、出生時低体重、妊娠前のやせ、体重増加不良なども危険因子として認識されています。
予防のためには、これらの危険因子を可能な限り回避または最小化することが重要です。具体的には、妊娠前からの適切な体重管理栄養摂取禁煙・禁酒基礎疾患の適切なコントロールなどが推奨されます。また、定期的な妊婦健診を受診し、早期に異常を発見することも重要な予防的アプローチとなります。

関連する病気

参考文献

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