

監修医師:
岡田 智彰(医師)
目次 -INDEX-
ギヨン管症候群の概要
ギヨン管症候群は、手首の小指側にあるギヨン管と呼ばれるトンネルの中で、尺骨神経(しゃっこつしんけい)が圧迫されることで生じる神経障害です。
ギヨン管は、豆状骨(とうじょうこつ)と有鈎骨(ゆうこうこつ)という2つの骨、そしてそれらをつなぐ豆鈎靱帯(とうこうじんたい)によって形成されるトンネルです。この中を尺骨神経・尺骨動脈・尺骨静脈が通っています。
しかし、何らかの原因で尺骨神経が圧迫されると、小指や薬指のしびれや痛みが生じ、さらに筋力の低下によって小指の動かしにくさが現れることがあります。
同じ尺骨神経に関連する疾患として肘部管症候群があります。肘部管症候群は、肘の内側にある肘部管という場所で尺骨神経が圧迫または牽引されることによって発症します。そのため、両者は神経障害の原因が共通していますが、発症する部位が異なります。
ギヨン管症候群は、早期に気付き対処することで改善が期待できます。例えば、安静にすることや、手首の負担を軽減する姿勢の改善による保存療法で症状が緩和される可能性があります。ただし、症状が進行してしまった場合には手術を検討することもあります。したがって、早めに専門医の診察を受け、適切な治療を開始することが重要です。
ギヨン管症候群の原因
ギヨン管症候群は、主に以下のような原因で尺骨神経が手首のギヨン管内で圧迫されることによって発症します。
長時間の圧迫
手首を長時間強く握る、または同じ姿勢を維持し続けることで神経が圧迫されると、ギヨン管症候群のリスクが高まります。例えば、以下のような場面では注意が必要です。
- 長時間の運転でハンドルを握り続ける
- パソコン作業中に小指側の手首を机に押しつける
職業やスポーツによる繰り返し動作
特定の職業やスポーツでは、尺屈(しゃっくつ)(手首を小指側に倒す動き)を繰り返し行うことで尺骨神経に負担をかけ、ギヨン管症候群を発症する場合があります。次のような活動が影響を与えるかもしれません。
- 卓球・テニスなどのラケットスポーツ
- 大工仕事(工具の使用による反復動作)
- ピアノ演奏(繰り返しの指の動きによる負担)
腫瘍やガングリオンによる圧迫
ギヨン管の近くに腫瘍(しゅよう)やガングリオン(ゼリー状のこぶ)が発生すると、尺骨神経を圧迫し、症状が出ることがあります。ガングリオンは、関節の周囲にできるゼリー状の腫瘤で、多くの場合は良性ですが、大きくなると神経を圧迫し、しびれや痛みの原因になることがあります。
手首の骨折などの怪我
豆状骨や有鈎骨などギヨン管近くの骨が骨折し、変形すると、尺骨神経が圧迫されて症状が現れることがあります。豆状骨骨折の主な原因は転倒や強い衝撃で、有鈎骨骨折は、直接的な衝撃や繰り返し負担による疲労骨折によって発症します。
原因不明
原因がはっきりしない場合、ギヨン管症候群は特発性(とくはつせい)と呼ばれることがあります。特発性の場合でも、適切な治療を受けることで症状の改善が期待できます。
ギヨン管症候群の前兆や初期症状について
ギヨン管症候群は、早期に適切な対応を行うことで症状の進行を防ぐことができる病気です。これらの症状が現れた場合は、できるだけ早く整形外科を受診しましょう。症状を放置すると、しびれや痛みの悪化、さらには筋力低下の進行の恐れがあります。医師による画像診断や神経学的検査を受けることで、症状の重症度が明らかになり、適切な治療を開始することができます。
しびれや痛み
尺骨神経が関係する部分にしびれや違和感を生じることがあります。具体的には、手のひら側の薬指の小指側半分と小指全体にしびれを感じます。ただし、手の甲側には影響が少ないというのが特徴です。
手の痛み
神経が圧迫されることで、手に痛みが生じることがあります。この痛みは手を使った後に悪化しやすく、日常の動作にも影響を与える場合もあります。
手の筋力低下
手のひらのなかでも、特に小指や薬指を動かす際に力が入りにくくなることがあります。その結果、物をしっかり持てない、字が書きづらいといった症状が現れることがあります。
ギヨン管症候群の検査・診断
ギヨン管症候群は、手や指のしびれや筋力低下を主な症状とするため、以下のような病気との区別が難しい場合があります。
- 手根管症候群(しゅこんかんしょうこうぐん):親指〜中指にしびれが生じる
- 頚椎症(けいついしょう):首の神経が原因で手に症状が出る
- 肘部管症候群(ちゅうぶかんしょうこうぐん):尺骨神経が肘の部分で圧迫される
これらの病気と区別し、正確な診断を行うために、以下の検査を実施します。
身体検査
医師はまず、問診や視診・触診を通じて以下の点を確認します。
- 症状がいつから現れたか、どのくらい続いているか
- どのような動作で症状が悪化するか
- 痛みやしびれを感じる部位(手のひら側の薬指の小指側半分と小指全体)
次に、手のひらや指の筋肉の状態、腫れの有無を確認します。また、実際に物を持つ動作を評価し、筋力低下やしびれの範囲を把握します。さらに、Tinelサインという整形外科的なテストを行います。これは、ギヨン管部分を軽く叩くことで、薬指の小指側や小指全体にしびれが走るかを確認する方法です。この検査で陽性反応が出た場合、ギヨン管症候群の可能性を疑います。
神経伝導速度検査(NCS)
神経の働きを調べる検査で、尺骨神経の伝導速度を測定します。神経伝導速度が低下している部分を特定し、どこで神経が圧迫されているかを評価します。
筋電図(EMG)
細い針を筋肉に刺して電気信号を測定し、筋肉が神経からの指令を正しく受け取れているかを確認します。神経が圧迫されていると、筋電図の波形が不規則になったり、信号が弱くなったりしている場合はギヨン管症候群の可能性があります。
画像検査
神経の圧迫の原因を詳しく調べるため、以下の画像検査が行われます。
X線検査・CT検査
骨の異常や骨折の有無を確認するために使用します。ギヨン管症候群の場合、尺骨神経の圧迫が骨の異常によるものでないことを確認する目的で実施されます。
MRI検査
腫瘍や神経を圧迫する原因を特定するために行われます。特に軟部組織(神経・筋肉・靱帯など)の詳細な評価が可能です。
超音波検査
ギヨン管の内部をリアルタイムで観察できる検査です。腫瘍やガングリオンの有無を調べるほか、尺骨神経の走行状態も確認できます。
ギヨン管症候群の治療
ギヨン管症候群の治療は、症状の程度や進行具合によって異なります。多くの場合、保存療法で症状が改善しますが、症状が重い場合には手術療法が検討されることもあります。
保存療法
軽度の症状では、まず保存的治療が推奨されます。
安静と生活指導
症状を悪化させる動作や手首の圧迫を避け、手首を安静に保つことが重要です。以下のポイントを意識することで、初期の軽い症状は改善する可能性があります。
- 手首を使いすぎない
- 小指側に圧力をかけないよう注意する
サポーターや装具の使用
手首を固定するためのサポーターや装具を使用することで、ギヨン管への圧力を軽減し、尺骨神経の圧迫を緩和できます。
リハビリテーション
理学療法士など専門職の指導のもとで、手首や指の筋力を強化し、柔軟性を高めるリハビリテーションを行います。特に、筋肉の強化や神経の負担を軽減する動作を習得することで、症状の改善を図ります。
薬物療法
痛みや炎症を抑えるために、非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)や神経の腫れを軽減させる消炎鎮痛剤などが用いられます。また、痛みが強い場合は、ステロイド注射が検討される場合もあります。
手術療法
保存療法で改善が見られない場合や、筋肉が萎縮するほど進行している場合には手術療法が検討されます。
一般的な手術方法はギヨン管の開放術です。この手術では、ギヨン管を構成する靭帯の一部を切開し、尺骨神経の通り道を広げることで圧迫を取り除きます。
また、腫瘍やガングリオンなどが神経を圧迫している場合には、それらを取り除く手術を行うことがあります。
ギヨン管症候群になりやすい人・予防の方法
ギヨン管症候群は、日常生活や仕事のなかで手首の使い方が原因となりやすい病気です。ここでは、発症しやすい方の特徴と予防方法をまとめます。
ギヨン管症候群になりやすい方の特徴
手首を長時間圧迫するような動作を続けると、尺骨神経が圧迫される可能性が高まります。特に次のような状況では、ギヨン管症候群が発症しやすいとされています。
- 自転車やバイクの運転で、長時間ハンドルを強く握り続ける
- パソコン作業で、小指側の手首を机に押しつけたり、長時間キーボードを使用する
- テニス・卓球・野球・アイスホッケーなどグリップエンドを握るスポーツ選手
また、過去に手首の怪我や骨折を経験している場合、尺骨神経が圧迫されやすくなり、発症のリスクが高くなります。
予防の方法
ギヨン管症候群の予防には、手首に負担がかかる動作を減らすことが重要です。そのため、手首に負担がかかる動作や作業を長時間行う場合は、定期的に休憩を確保しましょう。また、日常的に手や指のストレッチを取り入れることで、筋肉や腱の柔軟性を保ち、神経の通り道が圧迫されにくくなるため、予防につながります。
関連する病気
- ガングリオン
- 神経鞘腫
- 脂肪腫
- 血管腫
- 関節リウマチ
- 糖尿病性ニューロパチー
参考文献
- 公益社団法人 日本整形外科学会「尺骨神経麻痺」
- Ulnar tunnel syndrome: pathoanatomy, clinical features and management.
- Unveiling the Intersection: Post Traumatic Guyon’s Canal Syndrome
- 尺骨神経に生じた血腫によるGuyon 管症候群の1例
- Ulnar tunnel syndrome: pathoanatomy, clinical features and management
- An Update on Treatment Modalities for Ulnar Nerve Entrapment: A Literature Review
- The Results of Ulnar Nerve Decompression in Guyon's Canal Syndrome




