

監修医師:
井林雄太(井林眼科・内科クリニック/福岡ハートネット病院)
目次 -INDEX-
大腿骨頚部骨折の概要
大腿骨(だいたいこつ)とは、太ももの骨のことを指します。脚の付け根から膝までの長い骨であり、股関節という、骨盤と脚をつなぐ関節を構成します。股関節は体重を支え、足をなめらかに動かす役割があり、その中心となる大腿骨はとても重要な骨です。
大腿骨はその部位によって名前がついています。大腿骨の一番上の骨頭(こっとう)と呼ばれる部分は丸い形をしており、そのすぐ下の、くびれて細くなったところを頚部(けいぶ)と呼びます。この頚部が折れてしまうことを大腿骨頚部骨折といいます。
この骨折は、高齢の方に多く発生し、そのなかで女性の割合が高いことがわかっています。また人口の高齢化に伴い、年間の発生数は増加傾向にあり、今後も増加していくと予想されています。
原因としては転倒が多く、ほかにも骨粗鬆症などが関与しているといわれています。大腿骨頚部骨折の多くは手術が必要で、もとどおりの生活を送ることができなくなる場合もあります。日常生活に大きく影響を与える可能性があるため、早期治療、予防が大切です。
大腿骨頚部骨折の原因
大腿骨頚部骨折は、通常は大腿骨の付け根に強い力が加わることによって起こり、その原因としては転倒が最も多いとされています。年齢の若い方の場合は、交通事故や高い所からの転落など、強い衝撃がかかることが原因となります。ただし、骨粗鬆症のある方は、転倒しなくても日常生活のなかで骨折を起こすこともあります。
骨粗鬆症とは、骨の密度や質が低下し、骨がもろくなる病気です。特に閉経後の女性や、高齢の方に多くみられます。
大腿骨頚部骨折の前兆や初期症状について
大腿骨頚部骨折は、転倒など力が加わることで突然発症することが多いため、前兆や初期症状がみられにくいと考えられます。
大腿骨頚部骨折の具体的な症状
骨折が起こった際の症状としては、以下のようなものが挙げられます。
- 足を動かすと痛みがある
- 太ももの付け根に強い痛みがみられる
- 転倒した後に立ち上がることができない
- 痛みのため体重をかけられず、歩行もできない
大腿骨の骨折では強い痛みがあることが一般的ですが、なかには痛みが軽度の場合もあります。このため、歩けるから大丈夫と判断せずに、転倒した後などに足の付け根の痛みがある場合は、必ず医療機関を受診することが大切です。
受診すべき診療科
大腿骨頚部骨折が疑われる場合は、整形外科を受診してください。特に高齢の方や骨粗鬆症がある方は、早期の受診が重要です。
大腿骨頚部骨折の検査・診断
大腿骨頚部骨折が疑われる場合、まず問診(症状やけがなどの経緯を聞き取る作業)と身体の診察を行います。続いて画像検査によって診断を確定します。
単純X線写真(レントゲン検査)
大腿骨頚部骨折の診断において行いやすく、有効な検査として、単純X線写真が挙げられます。いわゆるレントゲン検査です。股関節を中心として二つの方向(正面と横向き)からの撮影によって、骨折があるかどうかや、部位、ずれの程度を確認します。ただし、すべての骨折を診断することはできません。
CT検査・MRI検査
単純X線写真で明らかな骨折が確認できない場合や、詳細な評価が必要な場合にはCT検査やMRI検査が行われます。
大腿骨頚部骨折の治療
大腿骨頚部骨折の治療はわずかな例外を除いて、基本的に手術が必要です。手術を行わない場合を保存的治療といいます。いずれの場合においてもその後のリハビリテーションが重要となります。
また、大腿骨頚部骨折は歩行などの日常生活に問題をもたらすだけでなく、その後の生命予後(どのくらい生きられるか)にも関わるとされています。
以下で治療方法(手術、保存的治療)、予後について解説します。
手術療法
大腿骨頚部骨折は骨のずれが大きくなりやすく骨がくっつきにくいため、骨をつなぐ手術や人工の骨を入れる手術を行います。大まかには、骨折による骨のずれの程度や、患者さんの全身状態・年齢などを考慮して、次の3つの方法からどの手術を行うか決定します。
骨接合術
骨のずれがない、もしくはあってもごくわずかの場合に骨接合術が選択されます。金属のスクリューやピンなどの医療用の金属を用いて骨をつなぎます。
人工骨頭置換術と人工股関節全置換術
どちらも骨のずれがある場合に選択されます。
人工骨頭置換術は大腿骨の丸い部分(骨頭)を人工のものに置き換える手術です。
一方、人工股関節全置換術は、股関節全体を人工関節に置き換える方法であり、骨頭のみを置換するよりも大がかりな手術となり、身体への負担が大きくなります。しかし、全体を置き換えるために安定性が高く、手術後に痛みも出にくいのが特徴です。
このため、もともと活動性が高く、手術の負担に耐えられる方は全置換術が検討されます。一方で、持病が多く手術の負担に耐えられない方の場合は、身体への影響を考慮して骨頭置換術が考慮されます。
ただ、実際にはどの治療法が選択されるかはそれぞれの患者さんの状況で異なってきます。
保存的治療
高齢の方で全身状態が悪く、手術に耐えられない場合は保存的治療が選択されることもあります。保存的治療は骨折した部分の安静を保って、痛みを和らげ骨が自然につながるのを待つ方法です。
ただし、長い期間を要するため、筋力が落ちたり、血栓症(血のかたまりが足や肺の血管をつまらせる)を起こしたりするなどのリスクがあります。また、長期間にわたってベッドで寝たきりの状態が続くと、肺炎を起こしやすくなることもわかっています。
リハビリテーション
大腿骨頚部骨折の治療では、リハビリテーションが大きな柱の一つです。筋力を維持したり上げたりする訓練、歩行訓練などを行います。また日常の生活動作、例えば、着替え、トイレ、入浴などの動作を練習します。
骨折の治療後、また歩行ができるようになる方もいますが、体力がない方や認知症の方、リハビリテーションに対する意欲が低い方などは必ずしも歩けるようになるとは限りません。
生命予後
大腿骨頚部骨折の1年以内の死亡率は、日本では10%前後、海外では10〜30%と報告されています。また、生命予後に影響するものとしては、以下のものが挙げられます。
- 性別(男性の方が予後は悪化)
- 年齢(高齢になるほど悪化)
- 骨折前の歩行能力(低いほど悪化)
- 認知症(認知症がある方が悪化)
大腿骨頚部骨折になりやすい人・予防の方法
大腿骨頚部骨折は高齢の方や女性などに起こりやすいといわれています。なりやすい方の特徴と予防の方法について解説します。
大腿骨頚部骨折になりやすい方の特徴
- 高齢(特に女性)である
- 骨粗鬆症がある
- 過去に骨折を起こしたことがある
- 両親のいずれか、または両方が大腿骨骨折を経験されたことがある
- 歩行障害や視覚障害がある
- 認知機能が低下している
- 喫煙している
大腿骨頚部骨折の予防の方法
整形外科学会および骨折治療学会から出されている大腿骨骨折のガイドラインでは、予防に関して薬物療法が有効であることが記載されています。ほかにも、ヒッププロテクター、運動療法について言及されていますので、順に解説します。
薬物療法
骨折を予防するためには、骨密度を維持・改善することが重要です。薬物療法として骨粗鬆症の治療薬が大腿骨頚部骨折の予防に有効であるとされています。
内服薬として、アレンドロン酸、リセドロンの2つがあります。注射薬は、ゾレドロン酸、テリパラチド、デノスマブ、ロモソズマブという4つの薬があります。
どの薬を使うか、また使うことができるかは、患者さんの状態によって変わるため医師の判断が必要となります。
ヒッププロテクター
ヒッププロテクターは、転倒したときなどに股関節を衝撃から守る、パッドが装着された下着のことです。自宅で過ごしている方では骨折の予防効果はないとされていますが、介護施設ではリスクを減少させるとの報告があります。一方で、骨盤骨折という別の骨折のリスクをわずかに増加させる可能性は指摘されています。
また、常に着用し続けなければならないという手間と負担が、積極的に使用する妨げとなっています。
運動療法
運動療法については骨折の予防効果は証明されていません。ただし、自宅で過ごしている高齢の方に関して、運動療法は転倒を減少させることがわかっています。大腿骨頚部骨折の主な原因が転倒であることを考えると、運動療法により転倒のリスクを下げることは意義のある取り組みといえます。
転倒の予防
転倒の予防として以下の対策も有効です。
- 自宅環境を整備する(段差をなくす、滑り止めマットを敷く、手すりをつける)
- 手すりや杖のを活用する
- スリッパを履かないようにする
大腿骨頚部骨折は、歩行などの日常生活だけでなく、その後の生命予後にも関わってくる病気です。これらの予防法を実践してなるべく骨折が起こらないよう心がけながら、転倒して痛みが出たり、異変を感じたりした場合は、すぐに医療機関を受診しましょう。
参考文献




