

監修医師:
五藤 良将(医師)
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HTLV-1関連脊髄症の概要
HTLV-1関連脊髄症(HAM)は、ヒトT細胞白血病ウイルス1型(HTLV-1)への感染が引き金となって発症する慢性の神経疾患です。
HTLV-1関連脊髄症を発症すると、下半身の筋肉がこわばって歩行が困難になったり、排尿トラブルが生じたりして、日常生活に影響する症状が徐々に現れます。
HTLV-1に感染したリンパ球が、脊髄内で慢性的な炎症を起こすことが原因とされますが、詳しい発症メカニズムはわかっていません。厚生労働省の指定難病に登録されており、男女比では、やや女性に多く見られる疾患です。
HTLV-1に感染しても多くの人は無症状で経過することが知られています。HTLV-1キャリア(感染しているが発症していない状態)の人のうち、ごくわずかの人がこの病気を発症するといわれています。
現在のところHTLV-1関連脊髄症に根本的な治療法はありません。治療では、炎症を抑える薬や免疫の働きを整える薬を使用し症状の進行を遅らせ、リハビリによって機能維持を目指します。発症予防には、母乳を介した母子感染などの感染経路を理解し、対策を取ることが重要です。

HTLV-1関連脊髄症の原因
HTLV-1関連脊髄症の原因は、「HTLV-1(ヒトT細胞白血病ウイルス1型)」の感染です。
感染経路として最も多いのは母乳を通じた母子感染です。特に、長期間母乳を与えることで感染リスクが高まると知られており、過去に九州地方などで見られた伝統的な授乳方法が影響しているともいわれています。
HTLV-1ウイルスをもっているからといって、すぐに症状を引き起こすわけではありません。多くの人は、感染したあと何年も、あるいは一生涯症状が出ないまま過ごせます。
しかし、ごく一部の人に限り、HTLV-1関連脊髄症(HAM)を発症します。
HTLV-1ウイルスに感染している人が、HTLV-1関連脊髄症を発症する理由は、はっきりとはわかっていません。血液中のウイルスに感染したリンパ球が、何かのきっかけで脊髄に入り込むことで、病気が始まると考えられています。
ウイルスが脊髄に侵入すると、ウイルスに感染した細胞とウイルスに対応する免疫の細胞が集まり、炎症性の物質を出します。このような炎症が慢性的に続くことにより徐々に神経が損傷され、運動障害、感覚障害、膀胱機能障害、排便障害(便秘)などの症状となって現れます。
HTLV-1関連脊髄症の前兆や初期症状について
HTLV-1関連脊髄症の初期症状は、日常の小さな違和感です。
まず、両足の筋肉がこわばるような感覚や、少し歩いただけで疲れやすくなるといった変化が現れます。長時間歩くのがつらくなったり、階段の上り下りが以前より大変に感じたりする症状も報告されています。
また、足が突っ張るような感覚や、細かい動きがしにくくなることもあります。
下肢の症状に加えて、トイレの間隔が短くなったり、尿意を感じにくくなったりといった排尿トラブルが初期症状になることもあります。
HTLV-1関連脊髄症の検査・診断
HTLV-1関連脊髄症の診断は血液検査や画像診断を中心に行われます。
血液検査
血液検査でHTLV-1ウイルスへの感染があるかどうかを調べます。ウイルスの量、体内にウイルスの抗体があるかを確認します。
画像検査
画像検査ではMRIを用いて脊髄の状態を調べます。他の脊髄疾患との鑑別にも役立ちます。慢性期のHTLV-1関連脊髄症では、脊髄の萎縮が一般的な所見として認められます。
髄液検査
髄液検査では髄液の中に抗HTLV-1抗体、細胞の増殖がないかを調べます。抗体や細胞増殖の有無は炎症の程度や、ウイルスが神経に影響を与えているかどうかを知る手がかりとなります。MRI検査と同様、他の疾患との鑑別に必要です。
HTLV-1関連脊髄症の治療
HTLV-1関連脊髄症には現在のところ、根本的な治療法がありません。したがって治療では、「進行を抑えること」と「今の生活をなるべく保つこと」が中心になります。進行を抑える薬剤や、生活維持のリハビリテーションが行われます。
抗ウイルス療法
保険が適用されているHTLV-1関連脊髄症の治療法には、プレドニゾロンという飲み薬と、インターフェロンαという注射薬があります。
プレドニゾロンは体内の炎症を抑える働きがあり、発症後の症状悪化を防ぐ効果が期待されます。インターフェロンαは、免疫の働きを整える薬で、こちらも症状の進行を遅らせるために使われます。人によって効果に差があるため、医師と相談しながら治療をすすめます。
リハビリテーション
リハビリテーションでは歩行訓練やストレッチ、筋力トレーニングを定期的に行います。足の動きを保つことで、転倒のリスクを減らせます。
2023年よりHAL医療用下肢タイプ(歩行の介助をしてくれるロボットスーツ)のリハビリも保険適用となり、歩行能力の向上が期待されています。HALを用いたリハビリは病院で実施が可能です。
日々の運動の指導や生活習慣の見直しもリハビリテーションの重要な項目です。
HTLV-1関連脊髄症になりやすい人・予防の方法
HTLV-1関連脊髄症は、HTLV-1ウイルスに感染している人に発症します。
HTLV-1のキャリアであっても、この病気を発症する人はわずかであり、発症しやすさを決める要因ははっきりとわかっていません。男性より女性に発症例が多い病気です。症状が比較的ゆっくりと進行する慢性疾患であるため、中年期以降に発症する患者さんが多いとされますが、若年での発症例も報告されています。
根本的に予防するためには、HTLV-1の感染経路に注意する必要があります。現在では、HTLV-1キャリアの母親が人工乳に切り替えることで、母子感染のリスクを大幅に減らすことができると考えられています。
感染を防ぐためにHTLV-1に対する正しい知識を持つこと、感染が判明した場合も医師の指導のもとで適切な対応をとることが、発症リスクのコントロールにつながります。
参考文献
- NIID 国立感染症研究所 HTLV−1感染症とは
- 厚生労働省 厚生労働科学研究班によるHTLV-1 母子感染予防対策マニュアル(第 2 版)
- 国立研究開発法人 日本医療研究開発機構 研究・実用化動向の調査・分析 結果
- 疾患別分析結果 HTLV-1
- 難病情報センター HTLV-1関連脊髄症(HAM)(指定難病26)
- 一般社団法人 日本神経学会 HTLV-1 関連脊髄症(HAM)診療ガイドライン 2019
- ヒトレトロウイルス学共同研究センター HAM診療マニュアル第2版
- 厚生労働科学研究費補助金(難治性疾患等政策研究事業)総合研究報告書 HAM 及び HTLV-1 関連希少難治性炎症性疾患の実態調査に基づく診療指針作成と診療基盤の構築をめざした政策研究
- HTLV-1関連脊髄症/日本内科学会雑誌/第110巻/第8号/p.1582-1587/2021年




