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2016年東北大学卒業 / 現在は諏訪日赤に脳外科医、頭痛外来で勤務。 / 専門は頭痛、データサイエンス、AI.
筋萎縮性側索硬化症(ALS)の概要
筋萎縮性側索硬化症(Amyotrophic Lateral Sclerosis:ALS)は、手足・喉・舌、呼吸に必要な筋肉などが少しずつ衰えて、力がなくなっていく
進行性の神経難病です。発症率は、人口10万人あたり1.1〜2.5人程度と稀な疾患で、生涯リスクは約500人に1人といわれていますが、現在では日本全国で約10,000人以上が筋萎縮性側索硬化症にかかっており、その人数は年々増加傾向といわれています。
筋萎縮性側索硬化症は、筋肉そのものの病気ではなく、筋肉を動かす神経である
運動ニューロンが障害を受けることで、脳からの命令が伝わらなくなり、筋肉がやせてくるのが特徴です。また、性別では、男性が女性に比べて1.3〜1.5倍であり、男性にやや多く認められており、年齢では60〜70歳代が最も多い傾向です。
筋萎縮性側索硬化症を発症すると、手の指の使いにくさや、肘から先の筋肉がやせて力が入りにくくなります。また、それ以外でも話しにくい、食べ物がのみ込みにくい、足の筋肉がやせて力が入りにくいなどの症状が出て、最終的には、呼吸をするための筋肉も働かなくなるため、自力で呼吸をすることが難しくなり、人工呼吸器を使わない場合は、病気になってから死亡までの期間はおおよそ2~5年ともいわれています。
このように、筋萎縮性側索硬化症になると、身体のさまざまな場所に変化が現れますが、多くの場合に
下記の症状は現れにくいといわれています。
眼球運動障害
眼球は動かせるので、手や指が動かなくなっても、「瞬きワープロ」を使ってまぶたと眼球の動きだけで意思表示をします。
ぼうこう直腸障害
尿意や便意の感覚も正常なので、介助してもらって自分で用を足すことができます。
感覚障害
視覚・聴覚・臭覚・味覚・触覚などの
知覚は正常なまま維持されます。そのため、映画鑑賞を楽しんだり、音楽を聴いたりする方もいます。
床ずれ(褥瘡)
ずっと寝たきりになった場合は、床ずれがよく起こりますが、筋萎縮性側索硬化症の方は、皮膚組織に変化が起こるため床ずれができにくいといわれています。
また、筋萎縮性側索硬化症と同じような疾患の1つに、筋ジストロフィーという難病があり、日本では2〜3万人の患者さんがいるといわれています。
筋ジストロフィーは、筋萎縮性側索硬化症と同じく筋肉が動かしにくくなる症状が認められますが、原因は遺伝子の変異によって、筋肉が変性、壊れることであるということがわかっています。
筋萎縮性側索硬化症と、筋ジストロフィーの症状は似ていますが、
原因は異なることを覚えておきましょう。
筋萎縮性側索硬化症(ALS)の原因
筋萎縮性側索硬化症の正確な原因は、現在も完全には解明されていません。しかし、遺伝的要因と非遺伝性の2つの大きな原因が考えられています。
遺伝的要因
全体の約10%は、特定の遺伝子変異が原因とされているため、
家族内で発症することがわかっています。
具体的な遺伝子としては、スーパーオキシド・ジスムターゼ(SOD1)という遺伝子が関連していることが約20%と最も多くなっており、その他には、FUS・TARDBP・VCP・OPTNなどといった遺伝子と関連する場合があります
非遺伝性要因
非遺伝性要因の原因はまだ
明らかにはなっていませんが、環境、神経の老化、免疫系の異常、重金属・農薬・電磁場への曝露などが一部ではいわれています。
しかし、これらの仮説はまだ確定的ではなく、筋萎縮性側索硬化症の発症メカニズムは複雑なため、まだ解明できていないため、現時点では治療することができない難しい疾患です。
筋萎縮性側索硬化症(ALS)の前兆や初期症状について
主な筋萎縮性側索硬化症の前兆や初期症状は下記のような症状がみられます。
上肢型
腕の筋力が低下することによって、腕を動かすことや細かい指の動きが難しくなるため、着替えがスムーズにできない・字がうまく書けない・箸が持てないなどの症状が現れます。
下肢型
足の筋力が低下するため、歩くことが難しくなります。初期症状では、歩くスピードが遅くなったり、階段の昇り降りが難しくなったりします。
球麻痺型
口周りの筋肉が低下する状態で、食べ物を飲み込むことができなくなったり、ろれつが回らずうまく話せなくなったりします。
呼吸筋麻痺型
初期症状で現れるのは、稀ですが、手足の筋萎縮や筋力低下よりも呼吸することが難しくなる症状が先に現れる場合があります。呼吸筋麻痺型の場合は、生命を維持するために気管切開や、人工呼吸器が必要となる場面があります。
上記のような症状がある場合は、
神経内科や
脳神経内科を受診し、検査を受けましょう。
筋萎縮性側索硬化症(ALS)の検査・診断
筋萎縮性側索硬化症を診断するために、特化した検査方法はありません。そのため、下記の検査を
複合的に実施して、筋萎縮性側索硬化症と診断します。
針筋電図
細い針を筋肉に直接刺して、筋肉の電気活動を調べることによって、神経や筋肉の障害を確かめることができます。特に
運動ニューロンの機能を評価します。
この検査では、明らかに筋力が低下してきていない筋肉でも、異常があるかどうかを調べることができ、筋萎縮性側索硬化症の場合は、ほぼ全身の筋肉で異常が認められます。
血液検査
筋萎縮性側索硬化症以外の原因で筋力が低下しているかを確かめるために、血液検査がおこなわれます。
一部では、筋肉を働かせる際のエネルギー代謝に関わる、クレアチンキナーゼ(CK)という物質が多少増える場合がありますが、血液に大きく異常が認められることはありません。
髄液検査
腰から針を刺し、脳・脊髄周囲に存在する髄液を採取し検索します。筋萎縮性側索硬化症の一部では、タンパクが上昇することがありますが、一般的には正常なことがほとんどです。
頭部MRI、脊髄MRI
筋力低下の原因となる脳梗塞や脳出血、腫瘍や脊椎疾患などを発症していないかを確認するために実施しますが、MRIでは筋萎縮性側索硬化症かは判断できず正常であるのが一般的です。
末梢神経伝導速度検査
末梢神経を電気で刺激して、末梢神経が障害されているかを確認する検査です。
末梢神経に障害がある場合には、電気の伝わり方が遅くなったり、活動電位が弱くなったりします。
一部では、筋肉の活動が弱い場合がありますが、ほとんどの場合は異常は認められません。
筋萎縮性側索硬化症(ALS)の治療
現時点では、筋萎縮性側索硬化症の進行を完全に止めたり、改善させる治療法は確立されていません。
そのため、筋萎縮性側索硬化症の治療として、下記のような
リハビリテーションをおこなうことは重要です。
痛みの軽減
筋萎縮性側索硬化症の多くの方は、痛みを伴う場合があります。そのため、マッサージ・体位変換・ホットパックなどの物理療法をおこないます。
飲み込みへのリハビリテーション
筋萎縮性側索硬化症では全身の筋肉が低下することにより、喉や嚥下機能が低下し、誤嚥などが起こりやすくなります。
そのため、食べ物の調整はもちろんですが、それ以外にも呼吸にかかわる
筋肉の強化やストレッチなどが有効です。
最近ではリハビリテーション以外でも、進行を抑制する治療として、内服薬のリルゾールや、点滴薬のエダラボンがありますが、ともに効果は限定的なため、生活の質を保つためには、普段からのリハビリテーションが最も重要です。
筋萎縮性側索硬化症(ALS)になりやすい人・予防の方法
筋萎縮性側索硬化症は、まだ発症する原因が明らかとなっていないため、予防の方法も確立されていません。
ただ、筋萎縮性側索硬化症になりやすい人の特徴はわかっており、
年齢・性別・家族歴などが挙げられます。
年齢では、40歳代以降に加齢とともに発症しやすくなり、60〜70歳代が最もかかりやすいといわれていますが、80歳代になると発症する確率は低下します。また、性別では、男性が女性に比べて1.3〜1.5倍なりやすいといわれています。
家族歴に関しては、多くの場合は遺伝しません。しかし、筋萎縮性側索硬化症全体の約10%は家族内で発症することがわかっており、 両親のいずれか、叔父や叔母、祖父母など血のつながった親族に同じ病気の人がいる場合は注意が必要です。