

監修医師:
林 良典(医師)
肺性心の概要
肺性心(はいせいしん)は、肺の病態が引き金となり、心臓(右心室・右心房)に二次的な影響を及ぼす疾患です。全身を巡った血液は静脈を通り、心臓の右心房、右心室から肺へ移動します。肺で二酸化炭素を排出し、酸素を取り入れた血液は心臓の左心房、左心室から全身へ送られます。しかし肺や肺血管に疾患があると、肺に十分な血液を送ることができなくなります。無理に血液を送ろうとして右心室に過剰な負担がかかり、やがて右心不全を起こすほど悪化します。
肺性心は原因の種類が大変多いのが特徴です。慢性的と急性的に分けられ、原因に応じた治療が欠かせません。右心不全が発症すると、予後が悪くなるため、初期症状のうちに肺疾患の原因を突き止め、治療または緩和措置を行うことが必要です。右心不全になる前に医療機関で管理することが症状の改善につながります。
肺性心の原因
肺性心の原因は、慢性の換気障害型(低酸素症)と、急性の梗塞による肺血管疾患で異なります。悪性腫瘍が原因の場合、数ヶ月以上かけて症状が悪化するケースもあります。(亜急性肺性心)
慢性肺性心は慢性閉塞性肺疾患(COPD)や間質性肺炎、肺線維症、低酸素血症などによって起こります。気管支喘息、高度肥満、睡眠時無呼吸症候群、側弯症など胸郭変形、肺結核の後遺症など、さまざまな原因で発症することもあります。
これらの疾患が悪化すると肺動脈の圧力が上がり、肺動脈性肺高血圧症(PAH)を引き起こします。COPDの悪化で肺の酸素交換機能が低下し、低酸素血症が進みます。肺動脈が収縮し、肺血管抵抗が増加することで肺動脈の血圧が上がります。右心室がその圧力に対抗するため過度な負担がかかり肥大化し、最終的にポンプ機能が低下します。長い時間をかけて右心室肥大や機能不全に陥ります。慢性低酸素の状態が続くと血液粘性の増加、血液量の増加、心拍出量の増加を引き起こし、肺性心を悪化させます。
急性肺性心は、肺塞栓症のように急激に肺動脈の圧力が上昇する病態によって生じます。右心室は急激な血圧負荷に耐えきれず、急性の右心不全を引き起こします。梗塞を起こすものは血栓が多いですが、悪性腫瘍、寄生虫(住血吸虫症)なども原因になります。
肺性心の前兆や初期症状について
慢性肺性心は息切れ、胸の痛み、喘鳴、呼吸困難、倦怠感などの自覚症状が現れます。浮腫、腹部膨満感などを併発することもあります。肺高血圧症を併発している場合は失神、咳が止まらないなどの症状も現れます。
急性肺性心では呼吸困難、胸痛、過呼吸、頻脈、チアノーゼ(皮膚や粘膜が青紫色になる状態)が発生します。血痰が持続する場合もあります。急性肺性心は症状の進行が速く、予後不良になることが珍しくありません。
どちらの場合も、早急に呼吸器内科か循環器内科を受診して下さい。急性症状が現れた場合は救急車を呼んで下さい。
肺性心の検査・診断
肺性心の診断には心臓と肺の検査が不可欠で、胸部X線、末梢血検査、心電図、心エコーなどが用いられます。1つの検査で診断するのは難しく、複数の検査を行い、総合的に判断します。
心カテーテル検査は患者さんへの負担が重いですが、特に重要な判断材料になります。
血液検査
慢性肺疾患が原因で発症する肺性心では、低酸素血症の影響により赤血球が増加し、多血症となって血液の粘度が高まります。これにより血流が悪化し、心臓への負担が増加します。一方、急性期には肺塞栓症の可能性を考慮し、さまざまな血液検査を行います。LDH(乳酸脱水素酵素)は細胞の壊死や組織損傷の指標となり、FDP(フィブリン分解産物)やDダイマーは血栓の形成や分解の活性度を示します。また、肺梗塞を合併すると白血球が増加し、それに伴ってビリルビン値が上昇することがあります。
さらに、心機能や右心室への負荷を評価するために、心室の拡張(伸展)時に分泌される脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)やBNP前駆体のN端側フラグメント(NT-proBNP)というホルモンを測定します。
心電図(ECG)、心エコー
肺性心のECG所見は、病状の進行段階や基礎疾患(COPDや肺塞栓症など)により異なる特徴を示します。
胸部X線
心臓の形を把握するために行います。右心室の形、大きさを確認し、おおよその症状の程度を測ります。
肺性心の治療
肺性心の原因になる疾患(肺動脈性肺高血圧症(PAH)など)の治療を行います。原因疾患が改善すれば、肺性心も軽減します。
肺動脈性肺高血圧症(PAH)の場合、治療は原則、薬と在宅酸素療法を併せて行います。重症例では外科的な治療が検討されることもあります。
治療薬は主に肺の血管を広げる「肺血管拡張薬」を使用します。治療薬は大きく分けて3種類あり、症状や重症度に合わせてプロスタサイクリン(PGI₂)製剤、エンドセリン受容体拮抗薬、ホスホジエステラーゼ-5型阻害薬と可溶性グアニル酸シクラーゼ刺激薬を使用します。
内服薬、注射薬、吸入薬などさまざまな種類があるため、高度な医療施設で治療を受けることが望ましいでしょう。プロスタサイクリン(PGI₂)製剤など注射薬は分解が速いため、カテーテルを入れ、携帯用ポンプで24時間注入する必要があります。
慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)の場合、肺動脈にバルーンを入れて膨らませる「肺動脈バルーン形成術(BPA)」で改善を目指します。施術できる医療機関は少なく、専門性の高い手術です。
完治は難しい疾患ですが、適切な治療を続けることで症状の改善が期待できます。症状に合わせたきめ細かい治療が必要になるため、定期的な通院は欠かせません。ただし、右心不全まで症状が進行すると、予後不良になることが珍しくありません。利尿剤などを使用し、心不全のコントロールが必要です。重度の場合は肺移植も検討します。
肺性心になりやすい人・予防の方法
肺性心の最大のリスクは慢性閉塞性肺疾患(COPD)です。喫煙を続けるとCOPDのリスクが急上昇します。早急に禁煙することが、最大の予防法です。肥満の改善、睡眠時無呼吸症候群の治療で低酸素血症リスクを下げることも肺性心の予防につながります。間質性肺炎、片肺切除など、肺機能の一部を失うと肺動脈圧が上がり、急性肺性心のリスクが上がります。肺血管の3分の2以上が破壊されると肺動脈圧が上昇します。これらの方はハイリスク群のため、定期的に呼吸器内科で検査を受けましょう。
感染対策が疎かな人も肺性心のリスクが上がります。COVID-19など感染症状が重症化すると、急性期から回復しても肺線維症など後遺症が残ることがあります。抗生剤が効きにくい型の結核に感染すると、従来の薬物治療が難しくなり、肺に大きなダメージを残すことがあります。重症化を防ぐ効果が高いワクチンを定期接種する、人が多い場所や密閉空間ではマスクを着用し、手洗い、適切な換気を行うなど、感染対策を続けることで肺性心を予防できます。特にCOPDなどハイリスクの患者さんは、きめ細かい感染症対策を続けましょう。
関連する病気
- 慢性閉塞性肺疾患
- 肺高血圧症
- 間質性肺疾患
参考文献