

監修医師:
高宮 新之介(医師)
目次 -INDEX-
脳静脈血栓症の概要
脳静脈血栓症(のうじょうみゃくけっせんしょう)は、脳から心臓へ戻る静脈や静脈洞に血栓(血の塊)が詰まる疾患です。脳卒中の一種で発症頻度は1~3%とまれですが、若い世代や女性に多いとされます。静脈が詰まると脳内に血液が溜まり、むくみや出血を引き起こすことがあり、治療が遅れると後遺症が残ることもあります。一方で、早期診断と治療により多くの方が回復可能です。
脳静脈血栓症の原因
脳静脈血栓症の主な原因は血液が固まりやすい状態(凝固亢進)です。具体的な原因は下記のとおりです。上記のような原因を特定できないことも多く、複数の要因が重なる場合もあります。
悪性腫瘍(がん)
一部のがん患者さんでは血液が固まりやすくなるため、静脈血栓ができやすくなります。
血液疾患
真性多血症など血液の病気では血液濃度が高くなり、血栓症の原因となることがあります。
傷や手術
頭部の外傷や脳神経外科手術の後に、二次的に静脈に血栓が生じる場合があります。
感染症
中耳炎、副鼻腔炎など頭部の重い感染がきっかけで、静脈洞に血栓ができることがあります。ただし、近年は抗生物質の普及による感染症を原因とした脳静脈血栓症はまれです。
先天的・後天的な要因
先天性のプロテインC欠乏症やプロテインS欠乏症、後天性の抗リン脂質抗体症候群など、血液が固まりやすい体質を持つ方はリスクが上昇することがあると言われています。
その他の要因
肥満や感染症も静脈血栓のリスク因子とされています。脱水や長時間の臥床状態もリスク要因となりえます。
脳静脈血栓症の前兆や初期症状について
脳静脈血栓症の主な初期症状は頭痛です。突然激しく起こったり徐々に悪化することもあります。また、以下の症状も現れることがあります。
- けいれん(ひきつけ)
- 手足の麻痺やしびれ、言語障害(失語)
- 意識障害、昏睡状態
- 視覚異常(視界がぼやける、二重に見えるなど)
脳静脈血栓症の症状は、ほかの病気(例えば片頭痛やてんかん発作、脳出血など)と似ている点もあり、脳静脈血栓症だと気付きにくい点が特徴です。前兆として特異的なものはありませんが、普段経験したことのない激しい頭痛が続く場合や、頭痛に加えて上記のような神経症状が見られる場合は注意が必要です。また、けいれんを起こしたり、意識が乱れるようなことがあれば緊急性が高い可能性があります。
受診すべき診療科としては、症状が軽く頭痛のみの場合でも神経内科や脳神経外科の受診が望ましいです。特に激しい頭痛や神経症状がある場合は、迷わず救急外来を受診してください。脳静脈血栓症は専門的な検査が必要な病気ですので、脳卒中専門医のいる医療機関(脳卒中センターなど)や大学病院・総合病院の脳神経内科/脳神経外科の受診を検討しましょう。
脳静脈血栓症の検査・診断
脳静脈血栓症の診断には画像検査を要します。症状だけで診断を確定することは難しく、頭痛やけいれんで来院した場合でも、この疾患を疑ったら速やかに脳の静脈を調べる検査を行います。
まず行われることが多いのは頭部CT検査です。CTでは脳出血の有無や、静脈洞に血栓がある場合はそれ自体が高い濃度(高吸収域)として写ることがあります。
さらに、脳静脈血栓症を確実に診断するには、造影CTやMRIで静脈の状態を詳しく調べる必要があります。造影剤を使ったCTやMRIでは、静脈洞(硬膜静脈洞)に造影剤が流れない欠損像として血栓が描出され、詰まった場所を特定できます。
特にMRI静脈血管撮影(MRV)やCT静脈血管撮影(CTV)と呼ばれる方法で詳細に静脈の流れを評価することで、診断の精度が高まります。近年はMRIの新しい撮像シークエンスや技術により、さらに診断率を上げられる可能性も報告されています。
血液検査も補助的に行われます。Dダイマーという血液中の物質が上昇していれば静脈血栓を示唆します。ただしDダイマーが正常範囲でも脳静脈血栓症を否定はできないため、あくまで参考値です。その他、原因検索のために凝固因子や抗リン脂質抗体など血栓性素因の有無を調べる血液検査が行われることもあります。
最終的な確定診断は画像で静脈の詰まりを直接確認することです。場合によってはカテーテルを用いた脳血管造影検査で詳細な血流を観察することもありますが、通常はMRI/MRVやCT/CTVで診断がつくことがほとんどです。
脳静脈血栓症の治療
治療の第一選択は早期の抗凝固療法(血を固まりにくくする治療)です。これは静脈の血栓による閉塞を悪化させないようにし、血栓を自然に溶かしていくのを助ける目的があります。具体的には診断が確定し次第、未分画ヘパリンという即効性の抗凝固薬を点滴静脈投与するのが標準的治療です。
場合によっては低分子量ヘパリンという注射薬を用いることもあります。これらの薬剤で急性期の治療を行った後は、ワルファリン(経口抗凝固薬)を少なくとも3ヶ月以上内服して血栓が再度できないようにします。近年ではワルファリンに代わる直接経口抗凝固薬(DOAC)が脳静脈血栓症においても有効かつ安全である可能性が示されており、患者さんの状態によってはDOACを用いるケースも増えてきました。
脳静脈血栓症では、脳出血を合併していても抗凝固療法を行うことが多いです。普通は脳出血があれば血をサラサラにする薬は禁忌ですが、脳静脈血栓症による出血は血栓症の結果起こる二次的なものなので、血栓を治療しないとかえって悪化するためです。主治医の判断で慎重に経過を見ながらではありますが、出血があってもヘパリン治療を行うことがガイドラインでも推奨されています。
症状に対する対症療法も重要です。頭蓋内圧が高く頭痛や意識障害が強い場合、脳圧を下げる薬(浸透圧利尿薬など)や脳脊髄液を排出する処置がとられることがあります。またけいれん発作が起こった場合は抗てんかん薬を用いて発作予防を行います。視神経の腫れ(乳頭浮腫)による視野障害が強い場合には、目の負担を減らす治療を行うこともあります。
抗凝固療法で多くの症例は改善しますが、重症例ではさらなる治療が検討されます。意識障害が進行するような重篤な場合、血栓を積極的に除去する処置(血栓溶解療法や血栓回収療法)が試みられることがあります。ただし、これらの治療は脳出血のリスクも伴うため慎重に検討され、現時点では有効性を裏付ける十分な根拠がないとされています。
日本の治療指針でも、予後不良が予想される重症例でほかの治療に反応しない場合に限り、カテーテルによる血栓溶解や回収を個別に考慮するとされています。実際には症例ごとに専門医チームで判断されます。また、脳の腫れが極めて強い場合には、頭蓋骨を一部外して脳を圧迫から解放する手術(減圧開頭術)が行われることもまれにあります。
治療期間は原因にもよります。抗凝固薬の内服は少なくとも3~6ヶ月続け、その後の画像検査で血栓が消失して再発リスクが低ければ終了となります。一方、原因が持続する場合(例えばがんが進行中、重度の血栓素因がある場合など)は長期ないし生涯にわたって抗凝固療法を続けることもあります。治療終了後も定期的に経過観察を受け、再発の兆候がないか確認することが推奨されます。
脳静脈血栓症になりやすい人・予防の方法
以下に該当する方は特に注意が必要です。
- 妊娠中や産後の女性
- がんに罹患している方
- 血液が固まりやすい体質の方
- 肥満の方、喫煙者・長時間の脱水状態や寝たきりの方
- 新型コロナウイルス感染症の既往(特に直近4週間以内)
脳静脈血栓症の予防には、水分補給や適度な運動、肥満や喫煙の改善が重要です。上記のような特定のリスクがある場合、医師と相談して予防策を検討しましょう。
参考文献




