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びまん性脳腫脹
高宮 新之介

監修医師
高宮 新之介(医師)

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昭和大学卒業。大学病院で初期研修を終えた後、外科専攻医として勤務。静岡赤十字病院で消化器・一般外科手術を経験し、外科専門医を取得。昭和大学大学院 生理学講座 生体機能調節学部門を専攻し、脳MRIとQOL研究に従事し学位を取得。昭和大学横浜市北部病院の呼吸器センターで勤務しつつ、週1回地域のクリニックで訪問診療や一般内科診療を行っている。診療科目は一般外科、呼吸器外科、胸部外科、腫瘍外科、緩和ケア科、総合内科、呼吸器内科。日本外科学会専門医。医学博士。がん診療に携わる医師に対する緩和ケア研修会修了。JATEC(Japan Advanced Trauma Evaluation and Care)修了。ACLS(Advanced Cardiovascular Life Support)。BLS(Basic Life Support)。

びまん性脳腫脹の概要

びまん性脳腫脹とは、脳に過剰な水分がたまり、脳全体が腫れてしまった状態を指します。
脳は硬い頭蓋骨に囲まれているため、脳全体が腫れると行き場がなくなり、脳が頭蓋骨内部で圧迫されてしまいます。その結果、頭痛や意識障害などさまざまな症状が現れ、最終的には脳ヘルニアを引き起こすことがあります。特に、脳幹が圧迫されると呼吸が止まったり深い昏睡状態に陥ったりし、命に関わる重篤な状態になります。

びまん性脳腫脹は若い世代の頭部外傷で生じることが多いのが特徴です。重度の場合は脳に二次的な障害が次々と起こりやすく、残念ながら予後が悪いケースも少なくありません。しかし一方で、脳そのものの損傷が軽微で腫れのみの場合には、適切な治療によって腫れがひけば後遺症を残さず回復できることもあります。つまり、びまん性脳腫脹には軽症で回復する例から、重症で生命の危険が高い例まで幅広く存在します。

びまん性脳腫脹の原因

主な原因は頭部への強い衝撃(外傷)です。特に小児(乳幼児~子ども)はびまん性脳腫脹を起こしやすく、報告によれば小児の頭部外傷の約5~40%にびまん性脳腫脹が生じるとされています。小児がなりやすい理由の一つは、大人と比べて脳の血流を調節する仕組みが未発達であるため、外傷による急激な変化に弱いことが挙げられます。また、頭の外傷によって起こる二次的な脳損傷、例えば、脳への血流が低下する脳虚血や低酸素脳症、外傷後のけいれん発作などが引き金となり脳全体が腫れるという考え方も示されています。実際、乳幼児揺さぶられ症候群のように赤ちゃんを激しく揺さぶる虐待で、揺さぶられた後に短時間でびまん性脳浮が生じることがあります。このように幼い子ほど頭部外傷によるびまん性脳腫脹が起こりやすい傾向があります。

びまん性脳腫脹の前兆や初期症状について

びまん性脳腫脹が起こると、頭蓋内圧亢進の症状が現れます。具体的には、強い頭痛、吐き気・嘔吐、目の奥の痛みなどが典型的です。腫れがさらにひどくなると、脳の神経細胞が圧迫されてけいれん発作や手足の麻痺などの神経症状が出ることもあります。進行すると脳幹が圧迫されるため、意識がもうろうとして呼びかけに反応しなくなったり、呼吸が浅く弱くなるなどの意識障害、呼吸障害が生じます。ここまで進むと危険な状態で、適切な処置が遅れると命に関わる恐れがあります。

頭部外傷が原因の場合の特徴として、ケガ直後には目立った症状がないのに後から症状が出てくる点が挙げられます。例えば、転倒して頭を打った直後は本人もケロッとしているのに、数分後から数時間以内に急に頭痛を訴え始めたり嘔吐したりするケースがあります。症状が出現するまでの時間はさまざまで、早ければ数分、遅い場合は受傷後30分~48時間以内とされます。このようにしばらく経ってから症状が現れることが多いのがびまん性脳腫脹の初期の特徴です。一方、成人の場合は同程度の外傷でも脳挫傷など脳そのものの損傷を伴っていることが多いため、受傷直後から意識を失うなど重い症状が見られるケースが多くなります。

乳幼児や小さなお子さんの場合、自分で症状をうまく訴えられません。そのため、保護者の方は機嫌が悪くぐずっている、やたらと眠りたがる(傾眠)、嘔吐が続く、赤ちゃんの場合は大泉門が腫れて張ってくる、といった様子がないか注意する必要があります。こうした症状は脳の圧力が高まっているサインであり、少しでも疑わしい場合は早めに医療機関を受診してください。

びまん性脳腫脹が疑われる症状が出現したら、できるだけ早急に受診することが大切です。受診科は脳神経外科が適切ですが、症状が強い場合は迷わず救急外来を受診してください。特に頭を打った後で嘔吐や意識がおかしいなどの症状が見られたら、時間帯に関わらず救急車を呼んででも受診すべき緊急の状態といえます。

びまん性脳腫脹の検査・診断

脳の腫れが疑われる場合、病院では画像検査による診断が行われます。まず多くの場合行われるのが頭部CT検査です。CTはX線を使った断面撮影で、短時間で頭の中を調べることができます。頭部CTにより脳が腫れている所見や、危険な脳ヘルニアの有無を確認できます。さらに、原因となりうる出血や血腫、腫瘍の存在もCTでチェックできます。
状況によってはMRI検査を行うこともあります。MRIは磁気を使った画像検査で、小さな出血や脳挫傷などCTでは見つけにくい変化をとらえられる利点があります。ただし、撮影に時間がかかるため、緊急時にはまずCT検査が優先されます。

原因が髄膜炎などの感染症と考えられる場合には、血液検査などで全身の状態や感染の有無を調べます。しかし、脳圧が高い状態では、腰から脳脊髄液を採取する腰椎穿刺は基本的に行いません。高い圧力がかかったなかで脳脊髄液を抜くと、脳が下方向に移動してさらに危険な脳ヘルニアを引き起こす可能性があるためです。そのため、画像検査や血液検査の結果から総合的に診断し、腰椎穿刺が必要かどうか慎重に判断します。

びまん性脳腫脹の治療

びまん性脳腫脹そのものを治す治療薬はありません。そのため、症状を和らげ脳への負担を減らしながら、脳の腫れが引いていくのを待つという対症療法が中心になります。

まず行われるのは、脳の圧力を下げる薬物療法です。具体的には高張グリセロールやマンニトールといった浸透圧性利尿剤の点滴投与で、脳から水分を引き出し腫れを軽減させます。場合によっては過換気療法といって、人工呼吸器で通常より速いペースで呼吸させる処置を行うことがあります。これは血液中の二酸化炭素を下げて脳の血管を収縮させ、脳内の血液量を減らすことで脳の腫れを和らげる方法です。

薬物や人工呼吸管理だけでは効果が不十分な場合、外科的な処置が検討されます。重度の脳腫脹では、開頭減圧術と呼ばれる手術を行うことがあります。これは頭蓋骨の一部を外科的に一時的に取り外し、腫れて膨らんだ脳を圧迫から解放する処置です。開頭減圧術によって頭蓋内圧を下げ、脳への血流を確保してこれ以上の深刻な障害を防ぐことを目指します。
治療中は集中治療室などで全身管理が行われます。必要に応じて人工呼吸器による管理や、点滴などによる栄養補給を行い、血圧や脈拍など全身の状態を安定させる処置を行います。また、けいれん発作が起きた場合は抗けいれん薬を用いて発作を抑えるなど、その時々の症状に応じた対処も行います。

原因に対する治療も重要です。例えば、細菌性髄膜炎が原因であれば抗生物質の投与、脳出血が原因であれば血腫除去手術や止血処置、脳挫傷があればそれに対する治療が並行して行われます。
ごく軽い場合には特別な治療をしなくても自然に腫れが引き、経過観察だけで回復することもあります。一方で意識障害を伴うような中等症以上の場合は、上述した薬物療法や人工呼吸管理が必要となり、重症例では外科手術を含む集中的な治療が欠かせません。重症例では命を救えても後遺症が残ることもあり、医療陣が懸命に治療を行っても予後不良となる場合があります。患者さんの年齢や原因の種類、初期対応までの時間によっても経過は左右されますが、可能な限り脳へのダメージを減らすことが治療の目標となります。

びまん性脳腫脹になりやすい人・予防の方法

びまん性脳腫脹を起こしやすいのは、小児から若年者にかけての世代です。
子どもの脳は調節機能が未熟なため外傷による脳浮腫が起こりやすく、乳幼児~中学生くらいまでに多くみられる傾向があります。実際、乳幼児の激しい揺さぶりによる頭部外傷や、小学生・中学生の自転車事故などでびまん性脳腫脹が発生する症例が報告されています。若年者では脳自体の損傷が少ない場合が多く適切な治療で回復が期待できますが、成人ではびまん性脳腫脹が起きる状況自体が重篤な頭部外傷であることが多く、脳挫傷や出血など実質的な脳損傷を伴っているケースがほとんどです。そのため成人では受傷直後から昏睡状態となるなど深刻で、後遺症や死亡のリスクも高くなります。

予防方法としては、根本原因である頭部への強い衝撃そのものを避けることが第一です。具体的には次のような対策が有効です。

  • ヘルメットの着用
  • スポーツ時の安全管理:防具を使う、ぶつかり合いを避けるなど
  • 交通事故の防止
  • 感染症の予防

以上のように、びまん性脳腫脹は子どもに多いものの誰にでも起こりうる危険な状態です。頭を打った後の様子に注意し、異変があれば早めに医療機関を受診すること、そして日頃から頭部外傷や重い感染症を防ぐ生活上の対策をとることで、この深刻な脳の腫れを予防することができます。安全への配慮と早期対応が何よりの重要です。

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