

監修医師:
高橋 孝幸(医師)
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国家公務員共済組合連合会 立川病院 産婦人科医長。大阪市立大学卒業後、慶應義塾大学大学院にて医学博士号を取得。足利赤十字病院、SUBARU健康保険組合 太田記念病院、慶應義塾大学病院の勤務を経て、現職。理化学研究所 革新知能統合研究センター 遺伝統計学チーム/病理解析チーム 客員研究員。診療科目は産婦人科、消化器内科、循環器内科。日本産科婦人科学会専門医・指導医。専門は婦人科腫瘍、がん治療認定医、日本産科婦人科学会内視鏡技術認定医(腹腔鏡)、ロボット支援下手術など。診療科目は産婦人科、消化器内科、循環器内科。
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家族性腺腫性ポリポーシスの概要
家族性腺腫性ポリポーシスは、主に大腸(結腸や直腸)に多数のポリープができる遺伝性の病気です。これらのポリープは放置すると高い確率で大腸がん(結腸・直腸のがん)に進行し、約60歳までに患者さんの90%以上で大腸がんを発症するとされています。 家族性腺腫性ポリポーシスは名前のとおり家族性に発生し、遺伝子の生まれつきの変異が原因となります。原因遺伝子については後述しますが、この遺伝性の変異により、大腸の細胞が異常に増殖して多数のポリープを形成してしまいます。 家族性腺腫性ポリポーシスは常染色体優性遺伝という遺伝形式で受け継がれることが知られています。この遺伝形式では、親のどちらかが家族性腺腫性ポリポーシスの場合、子どもは男女問わず50%の確率で家族性腺腫性ポリポーシスを発症する遺伝子変異を受け継ぎます。 なお、家族性腺腫性ポリポーシスは大腸だけの病気ではありません。大腸以外の臓器にもさまざまな随伴症状が現れることがあります。例えば、目の網膜に黒いシミのような斑点が現れる先天性網膜色素上皮肥大や、胃にできる胃底腺ポリポーシス、十二指腸や小腸にできるポリープ、皮下にできるデスモイド腫瘍などがあります。 このように、家族性腺腫性ポリポーシスは全身に影響を及ぼす可能性がある遺伝性疾患ですが、主たる問題は大腸に発生する多数のポリープとそこから進展する大腸がんです。家族性腺腫性ポリポーシスの原因
家族性腺腫性ポリポーシスの原因は遺伝子の変異です。その中心的な原因遺伝子はAPC遺伝子と呼ばれるもので、第5番染色体上に存在し、細胞の増殖を抑制する働きを持つ腫瘍抑制遺伝子です。 健康な方ではAPC遺伝子が正常に働くことで大腸の粘膜細胞が増えすぎないようコントロールされています。しかし、家族性腺腫性ポリポーシスの患者さんでは、生まれつきこのAPC遺伝子の一方のコピーに変異があり、その結果APC遺伝子が作るタンパク質が正常に機能しなくなります。そのため、大腸の粘膜細胞が次第にブレーキのないまま増殖し、若年期から多数のポリープを形成するようになります。この段階ではポリープは良性ですが、さらに年月をかけてほかの遺伝子にも変異が蓄積すると、ポリープの一部ががん化して大腸がんが発生します。家族性腺腫性ポリポーシスの前兆や初期症状について
家族性腺腫性ポリポーシスは、残念ながら明らかな前兆症状が現れにくい病気です。 ポリープ自体は小さいうちは無症状で経過するため、自覚できる初期症状が乏しいです。多くの場合、家族に家族性腺腫性ポリポーシスの患者さんがいることで子どもの頃から検査を受けて発見されたり、あるいは若いうちに別の目的で受けた検査(例えば大腸内視鏡検査やレントゲン検査など)で偶然多数のポリープが見つかって診断に至ったりします。 このように家族内発生の有無が家族性腺腫性ポリポーシスを早期に見つけるうえで重要です。もし両親のどちらかが家族性腺腫性ポリポーシスと診断されている場合、そのお子さんは早い段階で医師の指導のもと定期検査を受けることが推奨されます。 家族歴がなく突然変異で家族性腺腫性ポリポーシスになる方もおられます。そのようなケースでは、初期には症状がないため大腸がんの症状が出てから初めて気付くこともあります。 家族性腺腫性ポリポーシスの患者さんにみられる可能性のある症状としては、便に血が混じる(血便や下血)、腹痛、慢性的な下痢などがあります。こうした症状は大腸にポリープや腫瘍がたくさんできることで起こりえますが、家族性腺腫性ポリポーシス以外の病気でも生じるため、それだけで家族性腺腫性ポリポーシスと判断することはできません。しかし、若い年齢で血便や原因不明の下痢・貧血などがみられる場合には注意が必要です。 こうした症状や所見がある場合、まずは消化器内科を受診するのが適切です。消化器内科では大腸内視鏡検査など専門的な検査ができますので、ポリープの有無や数を詳しく調べることができます。 また、すでに家族に家族性腺腫性ポリポーシスとわかっている方がいる場合は、遺伝性疾患の専門外来で遺伝子検査や発症前からの検診計画について相談することもできます。いずれにせよ、家族性大腸ポリポーシスかもしれないと思ったら、早めに専門医に相談することが大切です。家族性腺腫性ポリポーシスの検査・診断
家族性腺腫性ポリポーシスの診断には主に以下の方法が用いられます。検査や家族歴、そして遺伝子学的検査を用いて、家族性腺腫性ポリポーシスの診断を行います。大腸内視鏡検査
大腸カメラ(大腸内視鏡)で大腸全体を観察し、100個以上のポリープが認められ、その組織検査でそれらが腺腫であることが確認されれば、家族歴の有無に関わらず家族性腺腫性ポリポーシスと診断されます。家族歴とポリープの組み合わせ
患者さん本人の大腸に多数のポリープがあり、親や兄弟など近親者にも大腸ポリポーシスの方がいる場合は、臨床的に家族性腺腫性ポリポーシスと診断できます。逆に、患者さん本人に典型的なポリポーシス所見があり、家族には同じ病気の方がいない場合でも、家族性腺腫性ポリポーシスに特徴的な所見があれば家族性腺腫性ポリポーシスと診断します。遺伝子検査
血液などを用いてAPC遺伝子の変異を調べる遺伝子学的検査も、家族性腺腫性ポリポーシスの診断確定に有用です。患者さんの遺伝子を解析して原因となるAPC遺伝子変異が同定されれば、間違いなく家族性腺腫性ポリポーシスであることが確認できます。家族性腺腫性ポリポーシスの治療
家族性腺腫性ポリポーシスと診断された場合、大腸がんを予防するための積極的な治療が推奨されます。家族性腺腫性ポリポーシスは時間の経過とともに、ほぼ確実に大腸がんが発生するため、がんになる前に大腸を切除する外科手術が一般的な治療方針となります。 標準的には20代前半までに大腸の切除手術を行うことが推奨されており、特にポリープが密集して多いタイプの家族性腺腫性ポリポーシスでは10代のうちに手術を検討する場合もあります。 手術で大腸を摘出することに不安を感じるかもしれませんが、多くの場合人工肛門(ストーマ)を造設せずに排便の経路を残す手術が可能です。上記のように小腸と肛門を直接または間接的につなぐことで、手術後もご自身の肛門から排便ができます。ただし、大腸がなくなる分、水分吸収や便を溜めておく機能が減るため、術後の便は軟らかくなり1日に何度もトイレに行く必要がある場合があります。 最近では、日本において大腸内視鏡を用いて多数のポリープを一度に切除する治療法が開発され、2022年から保険適用となっています。これは開腹手術をせずにできる方法ですが、現時点でこの内視鏡治療だけで将来の大腸がん発症リスクを十分に抑えられるかは不明であり、大腸切除の完全な代替となるかはまだわかっていません。家族性腺腫性ポリポーシスになりやすい人・予防の方法
家族性腺腫性ポリポーシスは遺伝性の病気ですので、特に家族性腺腫性ポリポーシスになりやすいのは家族に家族性腺腫性ポリポーシスの患者さんがいる方です。ただし、新たな変異で、一家系の中で初めて家族性腺腫性ポリポーシスの患者さんが発生する場合もありますので、家系に家族性腺腫性ポリポーシスの方がいなくても完全に安心とはいうわけではありません。 予防方法についてですが、家族性腺腫性ポリポーシスは遺伝性疾患であり根本的に発症そのものを防ぐ方法はありません。しかし、大腸がんなどのリスクを下げられる可能性があります。家族性腺腫性ポリポーシスの予防で特に重要なのは、スクリーニング(早期発見)と介入です。具体的には、家族に家族性腺腫性ポリポーシスの方がいる場合、その血縁者は幼少期・学童期のうちに遺伝子検査を受けたり、10歳前後から定期的に大腸内視鏡検査を開始したりすることが推奨されます。 家族歴のない方の場合、家族性腺腫性ポリポーシスを事前に予防することは困難ですが、大腸がん検診を若いうちから受けておくと安心です。日本では一般的な大腸がん検診は40歳以上を対象に便潜血検査などを行いますが、もし若年で血便などの症状がある場合には年齢に関係なく内視鏡検査を受けておくとよいでしょう。結果的にそれが家族性腺腫性ポリポーシスの早期発見につながる可能性があります。いずれにしても、発症をゼロにすることは難しいですが、早期発見と治療を行うことで家族性腺腫性ポリポーシスによる深刻な合併症は回避できることが期待できます。参考文献
- https://www.coloproctology.gr.jp/modules/citizen/index.php?content_id=38
- https://www.mayoclinic.org/diseases-conditions/familial-adenomatous-polyposis/symptoms-causes/syc-20372443
- https://www.shouman.jp/disease/details/12_02_009
- https://www.google.com/url?q=https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK538233/%23




