

監修医師:
高宮 新之介(医師)
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昭和大学卒業。大学病院で初期研修を終えた後、外科専攻医として勤務。静岡赤十字病院で消化器・一般外科手術を経験し、外科専門医を取得。昭和大学大学院 生理学講座 生体機能調節学部門を専攻し、脳MRIとQOL研究に従事し学位を取得。昭和大学横浜市北部病院の呼吸器センターで勤務しつつ、週1回地域のクリニックで訪問診療や一般内科診療を行っている。診療科目は一般外科、呼吸器外科、胸部外科、腫瘍外科、緩和ケア科、総合内科、呼吸器内科。日本外科学会専門医。医学博士。がん診療に携わる医師に対する緩和ケア研修会修了。JATEC(Japan Advanced Trauma Evaluation and Care)修了。ACLS(Advanced Cardiovascular Life Support)。BLS(Basic Life Support)。
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腹膜癒着の概要
腹膜癒着とは、本来は独立して自由に動くはずの腹腔内の組織や臓器同士が互いにくっついてしまう状態を指します。腹膜はお腹の中の臓器を覆っている薄い膜です。この膜同士あるいは膜と臓器の間で癒着が起こることにより、腸管の動きが制限されたり、圧迫されたりする現象が生じます。多くの場合、腹膜癒着は自覚症状なく経過しますが、ときに腸閉塞といった深刻な合併症を引き起こすことがあるため注意が必要です。腹膜癒着の原因
腹膜癒着の主な原因は開腹手術です。手術によって腹膜が損傷を受けると、身体は修復プロセスを開始します。この過程で過剰な組織が形成され、本来分離しているはずの組織や臓器が互いに結合してしまうことがあります。 消化器系(胃・腸・膵臓・肝臓など)の手術後や、婦人科領域(子宮・卵巣など)の手術後に腹膜癒着が発生することが知られています。ほかにも泌尿器科や心臓血管外科の手術でも腹部の手術であれば癒着のリスクはあります。 手術以外にも、腹膜炎や虫垂炎などの炎症性疾患も腹膜癒着を引き起こす要因となります。腹腔内に血液や膿が存在すると腹膜に炎症や損傷が生じ、その修復過程で線維性組織が形成されます。この線維性組織が臓器同士を結合し、癒着を生じさせるのです。このため、腹腔内の炎症や出血は癒着の程度を悪化させる可能性があります。腹膜癒着の前兆や初期症状について
腹膜癒着の症状は個人差が大きいのが特徴です。癒着があってもほとんど症状を感じないケースも多く、早期発見が困難な疾患といえます。しかし、癒着が進行すると腸閉塞などの症状が出現することがあり、注意が必要です。また、女性の場合は癒着が不妊の原因となることもあります。腸閉塞の初期症状
腸閉塞の初期症状としては、以下が挙げられます。- 腹痛
- 吐き気
- 嘔吐
- お腹が張った感じ(腹部膨満感)
- 便秘
産婦人科系の初期症状
女性の場合、骨盤内の手術後に生じた組織の癒着により、卵管や卵管采(卵管の先端部分)の通過障害や閉塞が起こることがあります。このため卵子の通過が妨げられ、妊娠困難となって不妊の原因となる場合があります。受診すべき診療科目
上記のような腸閉塞の症状が続く場合や、過去に腹部手術を受けたことがあり腸閉塞の症状がある場合は、消化器外科を受診することをおすすめします。症状が急激に悪化するなど緊急性が高い場合は、救急外来を受診する必要があります。手術を行った病院に定期的に受診している場合には受診を相談するのが望ましいです。 女性で不妊の症状がある場合は、産婦人科の受診が適切です。腹膜癒着の検査・診断
腹膜癒着の診断は容易ではありません。これは癒着自体が画像検査などで直接確認できないことが多いためです。診断は主に問診と身体診察、そして各種画像検査を組み合わせて行われます。 画像検査としては、腹部X線検査、腹部超音波検査、CT検査などが用いられます。腹部X線検査では腸閉塞の有無や腸管内のガス貯留状態を確認できます。 腹部超音波検査では腸管の動きを評価することが可能です。CT検査ではより詳細な腹部の状態を把握でき、特に造影CTは腸管の血流状態を確認できるため、腸閉塞の診断に有用です。 これらの検査結果に加え、患者さんの症状や既往歴などを総合的に考慮して診断が行われます。腹膜癒着の治療
腹膜癒着の治療法は、癒着の程度や症状、患者さんの全身状態を考慮して決定されます。軽度の癒着で症状がない場合は経過観察となることもあります。中等度以上の癒着で腸閉塞などの症状がある場合は、内科的治療や外科的治療が行われます。内科的治療
腹痛や嘔吐の症状がある場合、絶食や点滴などの処置が行われます。具体的には食事を一時的に中止し、腸への負担を軽減することで腸の休息と自然な回復を促すのが目的です。この間の栄養管理として、点滴による水分と必要な栄養素の補給も並行して実施するのが一般的な対応となります。 また、イレウス管と呼ばれる特殊な管を用いて腸内に溜まった内容物を排出して、腸の過度な拡張を解消することもあります。この処置により腸内を減圧する効果が期待できます。 さらに、抗菌薬の投与も行われることがあります。これは腸内に停滞した内容物から細菌が血管内に侵入するのを防ぎ、感染症予防に役立ちます。 腹膜癒着の多くは内科的治療で症状が改善するため、まずはこれらの治療から始めるのが一般的です。外科的治療
中等度以上の癒着で腸閉塞などの症状がある場合や内科的治療で改善しない場合は、外科的治療が必要となることがあります。外科的治療には主に腹腔鏡下手術と開腹手術の2種類があります。 腹腔鏡下手術は身体への負担が少なく、傷も小さい低侵襲手術です。お腹に小さな穴を数ヶ所開け、そこから腹腔鏡や専用の器具を挿入して行います。炭酸ガスでお腹を膨らませて視野を確保しながら、癒着部分を慎重に剥がしていきます。 血流障害をきたして腸が壊死しかけているときは、その部分を切除して再建することもあります。手術の最後に癒着防止剤を使用し、再癒着のリスク軽減を図ることが一般的です。開腹手術と比較して傷が小さく、術後の新たな癒着が生じにくいという利点があります。 開腹手術は腹腔鏡下手術では対応困難と判断された場合に選択されます。 お腹を広く切開して直接癒着部分を確認しながら剥離を進めていきます。腹腔鏡下手術と同様に、癒着を剥がして腸を正常な位置に戻し、必要に応じて腸管の切除、再建を行います。外科的治療における留意点
腹膜癒着による腸閉塞の治療には大きなジレンマが存在します。その理由は、癒着の主な原因が腹部手術であるにも関わらず、治療のためには再度手術が必要となる場合があるからです。つまり、癒着を剥がす手術自体が新たな癒着を引き起こす可能性があるのです。 一方で、腸閉塞を繰り返す患者さんは日常生活に大きな制約を受けることになります。食事制限や突然の症状発現による社会生活への支障など、生活の質が著しく低下することも少なくありません。 腹腔鏡手術は、開腹手術と比較して術後の癒着発生率や再発率が低いという利点が注目されています。ただし、腹腔鏡手術は高度な技術を要するため、経験豊富な医師による施術が望ましいとされています。治療法を選択する際には、手術に伴う再癒着などのリスクを十分理解したうえで判断することが大切です。担当医とよく相談し、自身の状態や生活スタイルに合った選択をすることをおすすめします。腹膜癒着になりやすい人・予防の方法
腹膜癒着は過去に開腹手術を受けた経験のある方に多く見られます。特に大規模な腹部手術を受けた方は癒着のリスクが高まります。また、腹膜炎や虫垂炎などの炎症性疾患、子宮内膜症なども腹膜癒着のリスク因子となり得ます。 腹膜癒着を完全に予防することは難しいですが、手術による癒着を軽減するために手術中に癒着防止材を使用するなどの方法があります。癒着防止材は腹膜の損傷部位に使用することで、線維性組織の過剰な形成を抑え、癒着の発生を予防する効果が期待されています。 また、手術後は新たな癒着を防ぐために、状態が許せば早期から歩行を始めることも推奨されます。これにより腸の自然な動き(蠕動運動)を促し、癒着のリスクを減らせる可能性があります。 腹膜癒着の早期発見・早期治療のためにも、気になる症状がある場合は迷わず医療機関を受診することが大切です。参考文献




