

監修医師:
五藤 良将(医師)
目次 -INDEX-
甲状腺ホルモン不応症の概要
甲状腺ホルモン不応症とは、血液中に甲状腺ホルモンが十分に存在しているにもかかわらず、体がそのホルモンにうまく反応できないことで、甲状腺の病気に似た症状があらわれる先天性の疾患です。甲状腺はのどぼとけのすぐ下にある小さな器官で、ここから分泌される甲状腺ホルモンは、体の代謝や成長・発達に重要な役割を担っています。
甲状腺ホルモン不応症の主な原因は、甲状腺ホルモンを受け取る「受容体」の遺伝的な異常です。受容体に異常があると、細胞がホルモンを正しく受け取れず、体がうまく反応できなくなります。
よくみられる症状としては、甲状腺の腫れ、動悸、多動などがありますが、はっきりとした自覚症状がない場合も多くあります。そのため、症状が軽度の場合は、成人になるまで気づかれず、診断が遅れることがあります。また、似た症状を示す他の甲状腺の疾患と間違えられるケースもあります。
甲状腺ホルモン不応症は、約4万人に1人の割合で発症すると推定されており、日本国内の患者数は約100人と報告されています。しかし、見過ごされるケースも多く、実際の患者数はさらに多い可能性があると考えられています。
症状が軽度な場合は治療をせず、経過観察となることもありますが、動悸などの症状がある場合には、β遮断薬という薬を使用して症状をやわらげる治療が行われます。
甲状腺ホルモン不応症は遺伝的な疾患であるため、完全に予防することは難しいとされていますが、定期的に甲状腺機能の検査を行うことで早期診断できる可能性があります。
甲状腺ホルモン不応症の原因
甲状腺ホルモン不応症の主な原因は、遺伝子の異常です。甲状腺ホルモンを受け取る「受容体」にはα型とβ型の2種類があり、それぞれ異なる遺伝子によってつくられています。
甲状腺ホルモン不応症では、特にβ型受容体の遺伝子の異常が多いことが知られています。一方で、遺伝子の異常が確認されず、原因不明のケースもあります。
また、β型受容体の遺伝子異常は、単にβ型受容体の働きを弱めるだけでなく、α型受容体の働きまで妨げる性質があります。そのため、β型受容体の遺伝子にひとつでも異常があると、甲状腺ホルモン受容体すべての働きが大きく妨げられてしまいます。
甲状腺ホルモン不応症の前兆や初期症状について
甲状腺ホルモン不応症の症状は人によってさまざまで、甲状腺の働きが過度に強くなる状態(甲状腺機能亢進)になることもあれば、逆に働きが弱くなる状態(甲状腺機能低下)になることもあります。
ホルモンへの反応がある程度残っている場合は、血液中の甲状腺ホルモンの値が高いために、体が過剰に反応し、甲状腺機能亢進のような症状が出ることがあります。特に心臓や脳では甲状腺ホルモンの感受性が比較的高いため、頻脈や注意力の低下、多動などの症状があらわれやすい傾向があります。なかでも頻脈は注意が必要で、心房細動という不整脈を引き起こし、それをきっかけに若年でも脳梗塞を発症するケースが報告されています。
また、甲状腺が腫れて大きくなることも多く、バセドウ病などの他の病気と間違われることがあります。
一方で、ホルモンへの反応が極端に低下している場合は、ホルモンの値が高くても体がうまく使えないため、知能発達の遅れ、低身長、難聴といった甲状腺機能低下症のような症状がみられます。
ホルモンへの反応が中間程度の場合は、ホルモン値の高さがちょうど感受性の低さを打ち消しているため、目立った症状がみられないこともあります。実際、はっきりした自覚症状がみられない場合や、軽い動悸の症状にとどまる場合も多いとされています。
さらに、甲状腺ホルモン不応症の女性が、この病気をもたない子を妊娠した場合には注意が必要です。胎児にとっては甲状腺ホルモンが過剰な状態となり、流産や低出生体重のリスクが高まることが知られています。
甲状腺ホルモン不応症の検査・診断
甲状腺ホルモン不応症の診断は、主に血液検査の結果をもとに行われます。
甲状腺ホルモン不応症が疑われるのは、血液中の甲状腺ホルモンの値が高いにもかかわらず、甲状腺刺激ホルモン(TSH)が正常、または高い状態が続いているときです。このような状態は「不適切TSH分泌症候群」と呼ばれます。
ただし、バセドウ病の初期や薬剤の影響でも同じような検査結果になることがあるため、まずは「見かけ上の不適切TSH分泌症候群」でないことを慎重に判断する必要があります。そのため、1〜3ヶ月の間隔で再検査を行い、不適切TSH分泌症候群が続いているか確認します。
異常が続いている場合には、遺伝子検査や脳のMRI検査を行います。家族に同じような検査結果がみられた例がある場合は、甲状腺ホルモン不応症の可能性が高まり、特定の遺伝子の変異を調べることになります。また、脳のMRI検査では、TSHを過剰に分泌する下垂体の腫瘍がないか確認します。
家族に同じ病気の人がいない場合でも、突然変異が原因で発症することもあります。そのため、下垂体に腫瘍が見つからず、なおかつ不適切TSH分泌症候群の状態が続いている場合には、甲状腺ホルモン不応症の遺伝子検査が検討されます。
この遺伝子検査は2020年から保険適用となり、以前よりも検査が受けやすくなっています。ただし、遺伝子の異常や腫瘍が見つからない場合には、確定診断が難しくなるため、慎重な経過観察が必要となります。
甲状腺ホルモン不応症の治療
甲状腺ホルモン不応症では、体が甲状腺ホルモンに反応しにくくなりますが、それを補うように甲状腺ホルモンの量が増えるため、目立った症状がみられない場合もあります。このようなケースでは、治療を行わず経過観察となることもあります。
しかし、動悸が激しくなる頻脈や注意力の低下、多動といった症状がみられる場合には、β遮断薬という薬で症状をやわらげる治療が行われます。
今後は、甲状腺刺激ホルモン(TSH)の働きを抑える薬(TSH受容体拮抗薬)の開発が進めば、より効果的な治療法になることが期待されています。
甲状腺ホルモン不応症になりやすい人・予防の方法
甲状腺ホルモン不応症は、主に遺伝的な要因によって発症するため、現時点では有効な予防方法が確立されていません。
家族のなかに甲状腺ホルモン不応症や、不適切TSH分泌症候群と診断された人がいる場合には、甲状腺ホルモン不応症になる可能性が高くなります。
多くの場合、この病気は常染色体優性遺伝という遺伝形式で受け継がれるため、親が発症していると、子どもに約50%の確率で遺伝します。ただし、家族に同じ病気の人がいない場合でも、突然変異によって発症するケースも報告されています。
こうした背景から、遺伝的なリスクがあると考えられる人は、甲状腺の機能を調べる検査を受けることが推奨されています。定期的に検査を行うことで、甲状腺ホルモン不応症の早期発見が可能になり、適切な対応につながります。
参考文献