監修医師:
大坂 貴史(医師)
無痛性甲状腺炎の概要
無痛性甲状腺炎は、甲状腺が破壊されてしまうことにより一時的に血中の甲状腺ホルモンが上昇する病気です。通常、甲状腺ホルモンが一時的に増えて (甲状腺機能亢進症) 、動悸や発汗過多、体重減少といった症状が出ることがあります。その後、ホルモンが減って (甲状腺機能低下症) 、疲れやすさ、体重増加などが見られることもあります。原因は甲状腺自体の細胞が一時的に壊されることが関係している自己免疫疾患の一種と考えられています。治療は通常必要ありませんが、症状が強い場合には薬を使って調整することがあります。 (参考文献1,2,3)
無痛性甲状腺炎の原因
無痛性甲状腺炎の原因ははっきりとは解明されていませんが、甲状腺の自己免疫疾患である橋本病と同じく自己免疫が関与していると考えられています。自己免疫疾患とは、本来は体を守るはずの免疫システムが誤って自分自身の細胞を攻撃してしまう状態です。無痛性甲状腺炎の場合、免疫システムが甲状腺の細胞を攻撃し、その結果、細胞が一時的に壊れて甲状腺ホルモンが血液中に大量に放出されます。このため、最初は甲状腺ホルモンが増える「甲状腺機能亢進症」の状態になります。しかし、ホルモンを合成する細胞が壊れてしまうため、一時上昇した甲状腺ホルモン濃度はその後に低下して「甲状腺機能低下症」の状態になることが多いです。炎症が収まり、甲状腺が正常に回復してくるとホルモンの分泌量も正常に戻ります。
免疫の異常が原因とされるものの、なぜ免疫システムが甲状腺を攻撃するのかについてはまだ完全にはわかっていません。何らかの傷害や感染に反応して放出されるサイトカインが引き金になる可能性が指摘されていますが、個人の体質も一定程度関係していると言われています。 (参考文献3)
無痛性甲状腺炎の前兆や初期症状について
無痛性甲状腺炎では甲状腺がやや腫れて硬くなりますが、甲状腺に限局した痛みは出ないことが多いです。首回りになんとなく違和感を覚えることもあります。
甲状腺ホルモンの血中濃度の変化によって生じる症状は、時期によって異なります。最初は1〜2週間 かけて甲状腺ホルモンが多く分泌される「甲状腺機能亢進症」の状態になり、脱力感、疲労感、いらいら、動悸、頻脈、震えなどが見られます。これらの症状は軽いことが多く、 2〜8週間続いた後に治まります。
その後、そのまま回復することもあれば、甲状腺ホルモンが不足する「甲状腺機能低下症」に移行することもあります。甲状腺機能低下症の状態では、便秘、疲労、寒さに弱いなどの症状が現れます。しかし、明らかな症状の出ない人も少なくありません。
通常、無痛性甲状腺炎の症状は数か月から半年程度で自然に回復するケースが多く、永久的に甲状腺機能が低下するわけではありません。ただし、数年後に再発する場合や、慢性自己免疫性甲状腺炎を発症する場合もあります。 (参考文献3)
無痛性甲状腺炎の検査・診断
無痛性甲状腺炎の検査と診断は、主に血液検査と画像検査によって行われます。甲状腺機能亢進症の症状がみられる場合は、まず血液検査で甲状腺ホルモン (T3、T4) と甲状腺刺激ホルモン (TSH) の値を調べます。無痛性甲状腺炎の場合、発症初期には甲状腺ホルモン (T3、T4) が増加し、 TSHが低下します。これはバセドウ病などの甲状腺機能亢進症と同じです。しかし、甲状腺機能亢進症では治療しない限り甲状腺ホルモンは高いままですが、無痛性甲状腺炎では数週間から数か月経つと甲状腺ホルモンが低下していきます。 (参考文献2,3)
甲状腺機能亢進症と見分けるために、甲状腺シンチグラフィを行うことがあります。この検査では放射性物質を結びつけたヨードを服用します。体内に取り込まれたヨードは甲状腺ホルモンが分泌されている量に応じて甲状腺に集まるという特性を利用して、ヨードに結合した放射性物質がどの程度甲状腺に集まったかを見ることで甲状腺の機能を判断します。バセドウ病では多くのヨードが甲状腺に集まるのに対して、無痛性甲状腺炎ではあまり集積が見られません。 (参考文献4)
無痛性甲状腺炎の治療
無痛性甲状腺炎は、数か月ほどで症状が落ち着き、甲状腺ホルモンの分泌も正常に戻るケースが多いため、治療を必要としない場合が一般的です。甲状腺機能亢進症が解消し、甲状腺機能低下症に移行するのを確認するために4〜8週間ごとに甲状腺機能検査を行います。
症状が強い場合は薬物療法を行うこともあります。動悸や手の震えなど、甲状腺機能亢進症による症状には、β遮断薬という薬を使って心拍数や動悸を抑えることがあります。また、甲状腺機能低下症に対しては、症状がみられる場合であれば甲状腺ホルモン薬が処方されることがあります。通常は 3〜6か月程度 甲状腺ホルモン薬を内服し、休薬した後は 4〜6週間後 に血液検査で甲状腺機能が回復していることを確認します。 (参考文献2,3)
無痛性甲状腺炎になりやすい人・予防の方法
無痛性甲状腺炎は特に40〜60代の女性に多く見られます。 (参考文献1) 無痛性甲状腺炎の症状は通常一過性に回復していきますが、甲状腺炎が数年後に再発することもあります。また、20〜30%の人は後に永久的な甲状腺機能低下症になるとも言われています。そのため、治療後も定期的に病院を受診し甲状腺機能をチェックすることが大切です。 (参考文献3) そして、無痛性甲状腺炎の予防方法については、明確な原因が解明されていないため、確実な予防策はわかっていません。
関連する病気
- 橋本病
- 全身性エリテマトーデス
- リウマチ性疾患
- 産後甲状腺炎
- 甲状腺疾患
- 多発性硬化症
- アジソン病
参考文献
- 参考文献1:矢崎義雄 et al.「内科學第11版」(朝倉書店、2017年)1589-1590ページ
- 参考文献2:日本甲状腺学会「甲状腺疾患診断ガイドライン」(日本甲状腺学会、最終更新日2022年6月2日、最終閲覧日2024年11月22日)
- 参考文献3:UpToDate. “Painless thyroiditis”. (Last updated: 2023年6月5日)
- 参考文献4:国立国際医療研究センター病院「甲状腺シンチグラフィ」 (最終閲覧日2024年11月12日)