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慢性甲状腺炎
林 良典

監修医師
林 良典(医師)

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名古屋市立大学卒業。東京医療センター総合内科、西伊豆健育会病院内科、東京高輪病院感染症内科、順天堂大学総合診療科を経て現職。診療科目は総合診療科、老年科、感染症、緩和医療、消化器内科、呼吸器内科、皮膚科、整形外科、眼科、循環器内科、脳神経内科、精神科、膠原病内科。医学博士。公認心理師。日本専門医機構総合診療特任指導医、日本老年医学会老年科専門医、禁煙サポーター。

慢性甲状腺炎の概要

慢性甲状腺炎(橋本病)は、自己免疫疾患であり、免疫システムが誤って甲状腺を攻撃することで発生します。この病気は甲状腺に慢性的な炎症を引き起こし、甲状腺ホルモンの産生が低下します。甲状腺は、体の代謝、成長、エネルギーの調整、体温の維持など、多くの重要な機能に関わるホルモン(T4およびT3)を生成しますが、慢性甲状腺炎によってその機能が低下します
日本では、特に中年期から老年期の女性に多く見られる疾患で、女性の発症率は男性よりも圧倒的に高く、10倍以上とされています。成人女性の約5〜10%が罹患していると考えられており、特に40歳以上の女性にリスクが高まります。進行がゆっくりなため、初期段階では無症状のことが多く、診断が遅れるケースも少なくありません。症状が現れると、甲状腺機能の低下に伴い、倦怠感や体重増加、寒さに敏感になるなどの特徴的な症状が現れます。

慢性甲状腺炎の原因

慢性甲状腺炎は、自己免疫反応によって引き起こされます。通常、免疫システムは体外から侵入した病原体を攻撃して体を守りますが、慢性甲状腺炎の場合、免疫系が誤って甲状腺細胞を攻撃し、破壊します。このため、甲状腺ホルモンの産生が徐々に低下していきます。この自己免疫反応には、遺伝的要因環境要因が関与していると考えられています。
遺伝的要因として、家族に甲状腺疾患やほかの自己免疫疾患(例:1型糖尿病、関節リウマチ)がある場合、慢性甲状腺炎のリスクが高まります。また、ホルモンバランスの変動も発症に関わり、特に女性ホルモンの影響を受けやすいため、女性は男性よりも発症しやすくなっています。
さらに、ヨウ素の過剰摂取も慢性甲状腺炎の発症リスクを高める要因です。ヨウ素は甲状腺ホルモンの産生に必要不可欠な栄養素ですが、過剰に摂取すると甲状腺に過剰な刺激を与え、自己免疫反応を引き起こす可能性があります。特に日本では、昆布やワカメ、ノリなどの海藻類を多く含む食生活が一般的で、これにより多量のヨウ素が摂取されやすい環境にあります。昆布などは100gあたり数千μgのヨウ素を含むことがあり、これは1日の推奨摂取量(150〜200μg)を大幅に上回ります。
また、日常的に使用されるイソジンなどのヨウ素を含むうがい薬も、過剰なヨウ素摂取につながることがあります。頻繁に使用すると体内にヨウ素が蓄積され、甲状腺機能に影響を及ぼす可能性があります。甲状腺疾患の既往がある場合や甲状腺機能に異常がある場合には、ヨウ素を含む製品の使用に関して医師と相談し、使用を制限することが推奨されます。

慢性甲状腺炎の前兆や初期症状について

慢性甲状腺炎の初期には、患者さんの多くが無症状であるため、病気が進行するまで診断が難しい場合があります。しかし、甲状腺機能が低下すると、代謝機能の低下に伴い、次第に以下のような症状が現れることがあります。
倦怠感
持続的な疲労感が見られ、特に朝起きた時に疲れを感じることが多いです。これは代謝の低下によってエネルギーが不足するためです。
寒さに敏感
甲状腺ホルモンが不足すると基礎代謝が低下し、体温調節が難しくなります。寒さを感じやすく、手足が冷たくなることが多くなります。
体重増加
食事量や運動量に変化がなくても、代謝が低下するため体重が増えることがあります。
肌の乾燥と脱毛
甲状腺ホルモンの不足により、皮膚が乾燥し、髪が抜けやすくなります。特に、眉毛の外側が薄くなることが特徴的です。
うつ症状や記憶力低下
精神的な症状も見られ、集中力の低下や記憶力の低下、さらにはうつ状態に陥ることもあります。

これらの症状が進行すると、甲状腺腫(首の前にある甲状腺の腫れ)が見られることがあり、首元に腫れが生じることがあります。これらの症状が現れた場合、内分泌科を受診することが推奨されます。

慢性甲状腺炎の検査・診断

慢性甲状腺炎の診断には、主に血液検査と超音波検査が用いられます。血液検査では、甲状腺ホルモン(T4およびT3)と甲状腺刺激ホルモン(TSH)のレベルを測定します。甲状腺機能低下症では、TSHが高値を示し、T4やT3が低値となることが一般的です。
また、自己免疫反応を確認するために、抗甲状腺ペルオキシダーゼ抗体(TPO抗体)抗サイログロブリン抗体の測定が行われます。これらの抗体が高値を示す場合、自己免疫性の甲状腺炎であることが確認されます。TPO抗体は、慢性甲状腺炎患者の90%以上で高値を示すため、診断に有用です。
さらに、超音波検査により甲状腺のサイズや内部構造の異常を確認します。典型的には、甲状腺が腫大し、不均一なエコーを示すことが多く見られます。腫瘍や結節がある場合には、追加の検査や精密検査が行われることがあります。

慢性甲状腺炎の治療

慢性甲状腺炎の治療は、主に甲状腺ホルモン補充療法によって行われます。この治療の目的は、甲状腺ホルモンの不足を補い、甲状腺機能低下に伴う症状を改善することです。最も一般的に使用される薬剤はレボチロキシン(T4)で、これは体内で自然に分泌される甲状腺ホルモンと同じように機能します。レボチロキシンはT4として作用し、体内で肝臓や腎臓を経由してT3に変換され、全身の細胞に働きかけます。これにより、代謝機能やエネルギーの調整、体温の維持が正常に行われるようになり、甲状腺ホルモンの不足によって引き起こされるさまざまな症状(例:疲労感、体重増加、肌の乾燥、精神的な不調など)が改善されます。治療を開始してから数週間以内に、症状が改善され始めることが多いですが、症状が完全に消失するまでには数ヶ月かかることもあります。
この甲状腺ホルモン補充療法は、通常、生涯にわたって続ける必要があります。甲状腺ホルモンの不足は自然に回復することがないため、補充を継続することが不可欠です。治療を受けている患者さんは、定期的に血液検査を行い、T4およびT3の値、ならびにTSHのレベルをモニタリングします。このモニタリングによって、体内のホルモンバランスが適切に保たれているかどうか、そして処方された薬剤の投与量が最適であるかどうかを確認します。

慢性甲状腺炎になりやすい人・予防の方法

慢性甲状腺炎は、特に40歳以上の女性に多く発症します。女性はホルモンバランスの変動(例:妊娠、更年期)に影響を受けやすいため、慢性甲状腺炎を発症するリスクが男性よりも高くなっています。また、家族に甲状腺疾患や他の自己免疫疾患がある場合、発症リスクがさらに高まります。
また、1型糖尿病やセリアック病、関節リウマチなど、ほかの自己免疫疾患を持つ人も、慢性甲状腺炎を発症するリスクが高いことが知られています。これらの疾患は、免疫系が過敏に反応することで発症するため、甲状腺にも同様の影響を及ぼす可能性が高いです。
予防策としては、ヨウ素の過剰摂取を避けることが重要です。特に、ヨウ素を多く含む食品(昆布、ワカメ、ノリなどの海藻類)を頻繁に摂取している場合は、摂取量に注意が必要です。また、ヨウ素を含むうがい薬(イソジン)の使用も、甲状腺機能に影響を与える可能性があるため、甲状腺機能の異常がある場合には、医師と相談して使用することが望ましいです。


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