監修医師:
井筒 琢磨(医師)
2014年 宮城県仙台市立病院 医局
2016年 宮城県仙台市立病院 循環器内科
2019年 社会福祉法人仁生社江戸川病院 糖尿病・代謝・腎臓内科
所属学会:日本内科学会、日本糖尿病学会、日本循環器学会、日本不整脈心電図学会、日本心血管インターベンション治療学会、日本心エコー学会
甲状腺クリーゼの概要
甲状腺クリーゼとは、甲状腺中毒症が急激に悪化し、生命を脅かす状態になる病態を指し、「甲状腺暴走症候群」や「甲状腺危機」とも呼ばれます。
甲状腺中毒症の原因となる疾患が、未治療またはコントロール不良の状態に陥った場合に、強いストレス(ケガや手術)が加わり甲状腺ホルモンの過剰分泌が起こることで引き起こされます。
主にバセドウ病の患者さんが薬を飲み忘れたり、自己中断したりすることで起こるケースが多いです。症状には精神異常や高熱、頻脈などがあり、迅速な医療介入が必要です。
甲状腺クリーゼは、複数の臓器が機能できなくなるため、重症で危険な状態に陥りやすく、約10%の人が亡くなると報告されています。治療の遅れが、生命に深刻な影響を及ぼす可能性があります。
甲状腺クリーゼの原因
甲状腺クリーゼの主な原因は、未治療またはコントロール不良の甲状腺機能亢進症の急激な悪化です。
甲状腺ホルモンは、脂肪や炭水化物をエネルギーに変え、代謝を活性化させる役割を担います。ただし、このホルモンが過剰に分泌されると、体内の代謝が異常に加速し、生命を脅かす甲状腺クリーゼが引き起こされます。
特に、外科手術や重篤な感染症は、体内のホルモンバランスを急激に乱し、クリーゼを誘発することがあります。また、精神的なストレスや過労、急激な気温変化なども甲状腺ホルモンの分泌を急激に促進し、発症の引き金となることがあります。
さらに、バセドウ病の患者さんが薬の服用を中断した場合や甲状腺ホルモンを抑制する薬の効果が減弱することも、甲状腺クリーゼを引き起こすリスクが高まります。
適切な治療を怠った場合は、突然のホルモンバランスの崩壊が代謝を一気に加速させ、さまざまな重篤な症状が現れることがあります。
これらの原因が複合的に作用して甲状腺クリーゼを引き起こすため、早期の発見と治療が極めて重要です。
甲状腺クリーゼの前兆や初期症状について
甲状腺クリーゼでは、主に次のような症状が現れます。
- 中枢神経症状:不穏・せん妄・精神異常・けいれん・傾眠・昏睡など
- 38℃以上の発熱
- 頻脈:1分間で130回以上
- 心不全症状:肺水腫(血液の成分の一部が血管の外へ滲み出す)、心原性ショック(急激に心臓の働きが低下しり)
- 消化器症状:嘔気・嘔吐・下痢・黄疸など
甲状腺クリーゼを発症すると、熱が高くなり脈が速くなって意識がもうろうとします。
また、心臓や肝臓の機能が著しく低下するため全身が黄色くなる黄疸が現れることもあります。呼吸ができなくなったり意識を失ったりなど重篤な症状が進行するケースもあります。
これらの症状が見られた場合は、早急に医療機関を受診し、適切な治療を受けることが重要です。
甲状腺クリーゼの検査・診断
甲状腺クリーゼ診断には、血液検査が重要です。特に、T3(トリヨードサイロニン)やT4(チロキシン)などの甲状腺ホルモンのレベルを測定し、過剰な分泌があるか確認するのが一般的です。
甲状腺刺激ホルモン(TSH)の低下もチェックし、甲状腺の異常を特定します。
また、甲状腺クリーゼでは、頻脈や心房細動を始めとした不整脈を認めるため、心電図検査が用いられます。
ほかにも、心不全症状が疑われるときは、胸部X線検査や血液検査で心不全に関連した症状(心臓の拡大や肺水腫など)がないかをチェックする場合もあります。
これらの検査をもとに甲状腺クリーゼを診断します。具体的な診断基準は、必須項目(甲状腺中毒症の存在 :遊離型のT3およびT4のいずれかが高値)を満たしたうえで、次の項目に該当する場合です。
中枢神経症状+他の症状の項目1つ以上、または
中枢神経症状以外の症状の項目3つ以上
(出典:甲状腺クリーゼ 診療ガイドライン 2017 Digest 版| 日本甲状腺学会・日本内分泌学会)
必須項目に該当しているか確認できなければ、正確な診断はできません。さらに、甲状腺クリーゼの症状は、他の病気と似ているケースもあるため鑑別が必要です。
早期の診断と治療が予後を大きく左右するため、診断が確定したらすぐに治療が開始されます。
甲状腺クリーゼの治療
甲状腺クリーゼは生命に関わる状態であるため、集中治療室に入室して血圧や呼吸の管理をすることが不可欠です。
治療の目的は、甲状腺ホルモンの過剰分泌を抑制し、早急に症状を緩和させることです。
血液中の甲状腺ホルモンを減らして影響を軽減させるために、ホルモンの合成や分泌を抑える抗甲状腺薬や無機ヨウ素、副腎皮質ホルモン(ステロイド)などの投与を行います。
これにより、体内の甲状腺ホルモンレベルが急速に低下し、症状の改善が期待されます。
また、対症療法としてβ遮断薬が処方されることがあり、心拍数を抑制させて動悸や不安感などの症状を軽減します。
同時に、甲状腺クリーゼの原因となる基礎疾患(バセドウ病など)や中枢神経症状、消化器症状への治療が行われることがあります。
甲状腺クリーゼは迅速な対応が重要であり、適切な治療を受けることで予後が改善されます。
甲状腺クリーゼになりやすい人・予防の方法
甲状腺機能亢進症(バセドウ病や甲状腺炎など)の既往歴がある人は、甲状腺クリーゼを発症しやすいです。
特に、未治療または治療が不十分な場合は、急激なホルモン変動が引き金となることがあります。
また、手術や外傷、感染症などの身体的ストレスを受けた場合も甲状腺クリーゼが引き起こされる恐れがあります。これらの状況下では、体内のホルモンバランスが急激に崩れることがあります。
甲状腺クリーゼの予防策は、甲状腺機能異常の早期発見と適切な管理が重要です。定期的な甲状腺機能検査を受けることで、異常を早期に発見し、治療を開始できます。特に、甲状腺疾患の家族歴がある場合は、早めの検査と診断が推奨されます。
またストレス管理や生活習慣の改善も有効です。規則正しい生活や適度な運動、バランスの取れた食事が甲状腺機能の安定に寄与します。
これらの対策を講じることで、甲状腺クリーゼのリスクを低減し、健康を維持することが可能となります。