監修歯科医師:
木下 裕貴(歯科医師)
目次 -INDEX-
顎骨嚢胞の概要
顎骨嚢胞(がっこつのうほう)は、顎の骨の中に袋状の病変が生じた状態です。袋の中には液体や半液体状のものがたまっており、袋の内側は特殊な細胞の層で覆われています。歯科や口腔外科の診療では、比較的よく見かける病気の一つです。
顎骨嚢胞には、大きく分けて「歯原性嚢胞(歯が原因となってできる嚢胞)」と「非歯原性嚢胞(歯とは関係なくできる嚢胞)」の2種類があります。さらに、それぞれいくつかの種類に分類されています。
いずれもほとんどの場合、痛みなどの症状はありません。そのため、歯科医院でレントゲン写真を撮った際に、偶然見つかることが多いです。
治療せずに放っておくと、少しずつ大きくなっていき、顎の骨が溶けたり、歯がぐらついたり、歯並びが悪くなったりするなどの問題を引き起こす可能性があります。そのため、早期発見・早期治療が重要です。
顎骨嚢胞の原因
顎骨嚢胞の原因は、種類によって異なります。
歯根嚢胞
歯原性嚢胞の1種である歯根嚢胞は、顎骨嚢胞全体で最も多く、半分以上を占めています。
むし歯が重症化して歯の神経まで感染が広がり、歯の根の先に長期間炎症が続くことで生じます。最初は歯の根の先に肉芽腫という炎症の塊ができ、それが進行して嚢胞になっていきます。
含歯性嚢胞
歯原性嚢胞の1種で、歯が生えてくる過程で発生する嚢胞です。特に顎の骨の中に埋まったままの歯(親知らずなど)の周りにできやすい特徴があります。
歯原性角化嚢胞
歯原性嚢胞の1種で、歯を作る上皮組織「歯原性上皮」から発生する嚢胞です。以前は良性腫瘍として分類されていましたが、現在は嚢胞の一種とされています。
顎の角の部分から奥にかけて発生しやすく、治療後の再発率が高いことが知られています。
非歯原性嚢胞
非歯原性嚢胞にもいくつかの種類があり、それぞれ原因が異なります。例えば、顎の骨への強い衝撃後にできる単純性骨嚢胞は、骨の中の出血がうまく治癒せずに嚢胞化すると考えられています。
また、副鼻腔炎(蓄膿症)の手術後、長い年月を経て発生する術後性上顎嚢胞や、胎児期の顔の発生過程で残された組織から発生する鼻口蓋管嚢胞などがあります。これらは、歯原性嚢胞と比べると発症頻度は少ないです。
顎骨嚢胞の前兆や初期症状について
顎骨嚢胞の多くは、初期段階だとほとんど症状がありません。しかし、嚢胞に細菌が入って感染すると、痛みが出たり、腫れたり、赤くなったりすることがあります。
とくに、歯原性嚢胞の場合は、噛んだときや軽く叩いたときに痛みを感じたり、歯ぐきが腫れたり、顔が腫れたりすることもあります。
嚢胞が大きくなると、周りの骨が溶けていくことで顎の形が変化する場合があります。嚢胞が神経を圧迫して、下唇やあごの部分の感覚に異常をきたすこともあります。
また、顎骨嚢胞の種類に応じて、特徴的な症状が出ることもあります。例えば、副鼻腔の手術後にできる嚢胞では、鼻づまりや鼻水といった症状が出ることがあります。含歯性嚢胞では、歯が予定より遅く生えてきたり、歯並びが悪くなったりすることがあります。
顎骨嚢胞の検査・診断
顎骨嚢胞では、画像検査や歯髄検査、病理検査にて診断が可能です。
画像検査
歯科で一般的に使われるパノラマレントゲン写真で、顎全体の様子を確認します。嚢胞は丸や楕円形の影が写し出され、歯の根に関連した嚢胞か、生えていない歯の周りにできた嚢胞かを判断できます。
さらに詳しく調べるために、歯科用CTで検査を行うこともあります。嚢胞の立体的な広がりを確認でき、手術計画を立てる場合に有効です。また、顎の中を通る神経との位置関係なども、正確に把握できます。
歯髄診査
歯原性嚢胞が疑われる場合は、その歯が生きているかどうかを調べるために電気刺激を与える検査を行います。原因となっている歯は、多くの場合、神経が死んでいるため電気刺激に反応しません。
病理検査
必要に応じて嚢胞の組織を採取し、顕微鏡で詳しく調べます。良性や悪性の腫瘍との鑑別や嚢胞の種類を正確に診断できます。また、嚢胞の中にたまっている液体を調べることで、嚢胞の種類を判断する手がかりにもなります。
顎骨嚢胞の治療
顎骨嚢胞の治療は、手術による嚢胞の除去が一般的です。
小さな嚢胞や中程度の大きさの嚢胞では、周りの健康な組織から嚢胞を丁寧に剥がして取り除きます。通常、局所麻酔で対応可能ですが、嚢胞が大きい場合や複雑な場合は、全身麻酔で行うこともあります。
手術後は、感染予防が重要になるため、抗生物質の服用や手術部位の洗浄が必要です。大きな嚢胞を取った後は、骨の中に空洞ができるため、その部分の感染予防がより重要となります。
顎骨嚢胞になりやすい人・予防の方法
顎骨嚢胞は、歯の健康状態が悪い方に発生しやすい傾向があります。むし歯や歯周病が進んでいる方、歯の根の部分に炎症が長く続いている方は、歯根嚢胞ができやすいです。
また、親知らずなど、顎の骨の中に埋まったままの歯がある方は、含歯性嚢胞ができる可能性があります。さらに、副鼻腔の手術を受けたことのある方は、何年も経ってから顎骨嚢胞ができることがあるため、注意が必要です。
予防のためには、定期的な歯科検診を受けることが大切です。歯に痛みや違和感を感じたときは、早めに歯科医院を受診しましょう。また、むし歯や歯周病をきちんと予防・治療することで、歯根嚢胞になるリスクを減らせます。
参考文献