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バッド・キアリ症候群
稲葉 龍之介

監修医師
稲葉 龍之介(医師)

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福井大学医学部医学科卒業。福井県済生会病院 臨床研修医、浜松医科大学医学部付属病院 内科専攻医、聖隷三方原病院 呼吸器センター内科 医員、磐田市立総合病院 呼吸器内科 医長などで経験を積む。現在は、聖隷三方原病院 呼吸器センター内科 医員。日本内科学会 総合内科専門医、日本呼吸器学会 呼吸器専門医、日本感染症学会 感染症専門医 、日本呼吸器内視鏡学会 気管支鏡専門医。日本内科学会認定内科救急・ICLS講習会(JMECC)修了。多数傷病者への対応標準化トレーニングコース(標準コース)修了。がん診療に携わる医師に対する緩和ケア研修会修了。身体障害者福祉法第15条第1項に規定する診断医師。

バッド・キアリ症候群の概要

バッド・キアリ症候群とは、肝臓への血流が停滞することでさまざまな症状や臓器障害を起こす病気です。 胃や腸などの消化管から肝臓へ血液を運ぶ血管は門脈(もんみゃく)と呼ばれ、肝臓で処理される栄養素や毒素を運んでいます。 肝臓の血管にはほかにも、心臓から血液を運ぶ肝動脈と肝臓から血液を送り出す肝静脈があります。

バッド・キアリ症候群では、肝静脈や、その先の心臓へと連なっている肝部下大静脈が閉塞・狭窄しています。 その結果、肝臓から送り出される血液の流れが悪くなり、門脈内の血流が停滞することで門脈の圧力が高まります。 この状態を門脈圧亢進症といい、さまざまな症状や臓器障害が現れます。 このバッド・キアリ症候群という病名は、イギリスの内科医であるGeorge Buddと、ドイツの病理学者のHans Chiariの両名に由来します。

バッド・キアリ症候群はその経過速度によって急性型と慢性型に分けられます。 一般的に急性型は重症で、腹痛、嘔吐、腹水、急速な肝臓の腫れなどの症状が見られます。 症状の出現から1ヶ月ほどで肝不全へと進行し、死に至ることもあります。 一方で慢性型は、初期の段階では無症状であることが多いとされます。 時間経過とともに膝から足首までのむくみ、腹水、お腹の皮膚に血管が浮き出る(腹壁静脈怒張)などの症状が現れます。 急性型は欧米に多く、慢性型はアジアに多い傾向があります。 日本国内でバッド・キアリ症候群を発症する患者さんの多くは慢性型であるとされています。

バッド・キアリ症候群の原因

バッド・キアリ症候群の原因として、肝静脈あるいは肝部下大静脈の先天的な血管の形成異常や、何らかの後天的な要因による血栓の発生などが考えられています。 しかしながら、約70%においてその原因が不明であり、はっきりした発症のメカニズムは解明されていません。 このため、日本では難病として認定されています。 また、血液疾患や炎症性腸疾患、妊娠、経口避妊薬の服用などにより血液が凝固しやすくなって発症する場合もあります。 近年では、血液の凝固異常をもたらす遺伝子変異について研究が進められています。

バッド・キアリ症候群の前兆や初期症状について

腹痛、嘔吐、急激な肝機能低下、腹水が溜まってきたなどの症状が現れた場合には急性型のバッド・キアリ症候群の可能性があります。 日本人に多い慢性型では、疲労感、倦怠感、肝臓の腫れなどが現れることがあります。 しかし初期の段階では無症状であることも多く、明確な前兆や初期症状がつかめないケースも少なくありません。

バッド・キアリ症候群によって門脈圧亢進症が悪化すると、本来は門脈を通って肝臓へ流れるはずの血液の一部が、ほかの臓器へ流れるようになります。 その過程で側副血行路と呼ばれる新しい血液の迂回路が発生します。 この側副血行路が原因となり、腹水、食道・胃静脈瘤、腹壁静脈怒張、脾臓の増大などが引き起こされます。 初期段階の食道・胃静脈瘤は無症状ですが、破裂すると吐血や下血などの症状が現れます。 脾臓が腫大すると、過剰に機能するようになります。 つまり、脾臓には古くなった血球を破壊する働きがあるため、過剰に血球を破壊することで、貧血や血小板の減少をおこします。 これらの症状はほかの病気が原因である場合もあるため、正しく原因を突き止めて適切な治療を受けるために消化器内科を受診してください。

バッド・キアリ症候群の検査・診断

バッド・キアリ症候群の診断のために行われる検査には、血液検査、内視鏡検査、腹部超音波(エコー)検査、腹部CT検査などがあります。 血液検査では脾機能亢進症や出血に伴う白血球の減少・貧血・血小板の減少がないか、肝機能異常がないかを調べます。 内視鏡検査では食道・胃静脈瘤を始めとした静脈瘤がないか確認します。 超音波検査、CT検査では肝静脈あるいは肝部下大静動脈の閉塞や狭窄がないか、脾臓の腫大や肝臓の腫大がないかを確認します。

これらの検査でバッド・キアリ症候群の可能性があると判断された場合は、より詳しい検査を行い、診断を確定させます。 具体的には、カテーテルを用いた血管状態の評価と、肝臓の組織の一部を採取する生検が行われます。 カテーテル検査では肝静脈あるいは肝部下大静脈の閉塞・狭窄や、門脈圧亢進症による側副血行路が認められます。 また肝部下大静脈圧・肝静脈圧上昇を確認することもできます。 肝臓の組織標本では主にうっ血性と、うっ血に伴う線維化がみられます。

なお、バッド・キアリ症候群の重症度は以下のとおりです。
病期分類 症状
1期 通常の身体活動が可能で、消化管静脈瘤、腹水、出血傾向、下腿浮腫、下肢静脈瘤、慢性肝不全症状のいずれも認めない。
2期 通常の身体活動が可能で、消化管静脈瘤を有するものの、易出血性所見はない。 腹水、下腿浮腫、下肢静脈瘤を認めるが、内科的治療により制御可能である。 出血傾向、慢性肝不全症状は認めない。
3期 内科的治療により制御が不良な腹水、下腿浮腫、下肢静脈瘤を認め、軽度の身体活動の制限が必要である。 易出血性所見のある消化管静脈瘤を認める。 出血傾向、慢性肝不全症状は認めない。
4期 出血性消化管静脈瘤に対する緊急処置を要する。 あるいは、出血傾向、慢性肝不全症状のため、身体活動の制限を要する。
5期 急性の発症を呈し、急性肝不全症状を認める。

重症度 症状
1 バッド・キアリ症候群と診断可能だが、静脈瘤や門脈圧亢進症所見は認めない。
2 静脈瘤もしくは門脈圧亢進症所見を認めるものの、治療を要しない。
3 静脈瘤もしくは門脈圧亢進症所見を認め、治療を要する。
4 身体活動が制限され、介護も含めた治療を要する。
5 肝不全ないしは消化管出血を認め、集中治療を要する。

バッド・キアリ症候群の治療

肝静脈あるいは肝部下大静脈の閉塞や狭窄による症状や、門脈圧亢進症による症状を改善することを目的とした治療が行われます。 具体的には、カテーテルによる血管開通術、拡張術、ステント留置あるいは閉塞・狭窄を直接解除する手術や、閉塞・狭窄部上下の静脈のシャント手術が行われます。 また、急性型で肝静脈末梢まで血栓により閉塞している場合は、手術が検討されます。

また、門脈圧亢進症による症状が強い場合は食道・胃静脈瘤に対する治療を行います。出血していない場合には、内視鏡的治療・手術が考慮されます。静脈瘤の破裂による出血が起きた場合には、まずはバルーンタンポナーデ法、ピトレッシン点滴静注などで対症的に管理し、すみやかに内視鏡的治療(内視鏡的硬化療法、静脈瘤結紮術)を行います。止血した後は内視鏡的治療の継続または待機手術が考慮されます。 このほか、肝機能が著しく低下している患者さんに対しては肝移植が検討されます。

バッド・キアリ症候群になりやすい人・予防の方法

バッド・キアリ症候群は多くの場合で原因が不明であり、予防法もはっきりとはわかっていません。原則として家族間で遺伝はしないと考えられていますが、患者さんの一部では先天的な素因の関与が疑われることもあります。

また、血液疾患、腹腔内感染、血管炎、血液凝固異常などによって血栓が作られることでバッド・キアリ症候群を起こす方もいます。この場合には基礎疾患を治療して、血栓形成を予防することが重要となります。比較してバッド・キアリ症候群の罹患リスクが高まる可能性があります。

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